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All About 身辺雑事

’17〜’18シーズン観戦記2 サンゴリアスvsグリーンロケッツ(TV観戦)

今シーズンのラグビー観戦記其の二は遅ればせながら一ヶ月ほど前に行われたサンゴリアスvsグリーンロケッツの一戦。

ほぼベストメンバーのサンゴリアスに対し、グリーンロケッツは昨年のメンバーから日本代表経験のある田村、村田が抜け、かつ、キャプテンでムードメーカーである瀧澤を負傷で欠く状態。新外国人に有力な選手が多いとはいえ、サンゴリアス優位は動かないだろうというのが戦前の私の予想でした。

ところが案に反して序盤から攻め込んだのはグリーンロケッツ。サンゴリアスのお株を奪う波状攻撃でサンゴリアスのゴールラインに迫ります。攻めの勢いそのままに開始早々PGのチャンスを得ました。ここでグリーンロケッツが先制していれば面白かったのに、というのがこの試合最大のタラレバ。

グリーンロケッツのPG失敗後はサンゴリアスのアタックの時間が長く続きます。しかしながらこの日のグリーンロケッツのディフェンスは非常にしぶとかった。ワイルドナイツほどの力強さはないものの、接点でのファイトで互角に渡り合えていたため、サンゴリアスの攻撃陣になかなかゲインラインを切らせない展開が続きます。

実はグリーンロケッツはサンゴリアスにとっては苦手な部類の相手です。相撲でいうところの取り口の相性が悪いとでも言いましょうか、サンゴリアスの方が常にリーグの上位にはいるし、リーグ優勝も何度も果たしているのですが、トップリーグ発足後の17回の対戦成績はサンゴリアスの10勝6敗1引き分と、実績に比して思ったほどの勝敗差はありません。

グリーンロケッツは接点でとにかくしぶとくファイトしてサンゴリアスの攻撃を寸断し、あわよくば相手ボールを奪って逆襲するというのがその戦法です。ゆえに接点でのファイトで上回る場合はロースコアのゲームとなり、グリーンロケッツのペースに持ち込めるのです。例えばエディー・ジョーンズ監督の初年度には日本選手権を制したサンゴリアスをリーグ戦の直接対決で破っているし、’01年の日本選手権決勝ではグリーンロケッツ陣ゴール前の密集でサンゴリアスのボールを奪い、そのままトライを奪って優勝を果たしています。

この試合も、そうしたサンゴリアスの負け試合と同じような展開をたどっていました。攻めている時間は圧倒的に多いサンゴリアスですが、なかなか得点に結びつかないのです。サンゴリアスの方に細かいミスが少なからずあったというのも事実ですが、ミスにつながる焦りを誘発したのはグリーンロケッツの接点での飽くなきファイトだったように思います。

それでも前半はサンゴリアスのリードで終わりましたが、後半開始直後からはグリーンロケッツが試合の主導権を握り、いい流れでトライを奪いました。そのままの勢いでPGなども絡めて一時は1トライ1コンバージョン差まで迫りました。プレーのほんのちょっとしたアヤで勝敗の行方が左右される競った状態が長く続きました。

グリーンロケッツがついに最後まで追いつけなかったのは、ゴールキックの精度がやや低かったことと、肝心のポイントでミスが出たことです。守りに力を注いだ分、攻めに転じた時にスタミナ切れを起こしてしまうのか、ノックオン、スローフォワードなどのミスが続き、文字通りみすみすチャンスを自らの手で潰してしまっていました。プレッシャーのかかる場面でいかに正確にプレーするかはプレーヤーたちの永遠の課題であるが、その課題を解決できなかった典型的な一戦だったと思います。

サンゴリアスは苦しみながらも、勝ったことが大きい。この後のリーグ戦では神戸製鋼、東芝(どっちも本業が危ういですね 笑)といった強豪と当たりますが、この一戦の苦戦を糧に修正していっていただきたいものです。その先にはパナソニックとの対戦が控えています(いるはずです)。

パナソニックの守備はこのゲームのグリーンロケッツのそれをはるかに上回りますし、BKもグリーンロケッツにはかけていた決定力を持ち合わせています。そのディフェンスを打ち破ることなしには日本選手権を手にすることはできませんし、日本ラグビーの進化もありません。








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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-06 06:24 | ラグビー関連 | Comments(0)

『岳飛伝 12 飄風の章』を読んだ

岳飛伝 12 瓢風の章 (集英社文庫)

北方 謙三/集英社

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岳飛伝も全18巻の2/3となる12巻目に突入。今巻では復活を期す南宋と梁山泊・岳飛連合軍との直接のぶつかり合いが描かれます。

まずは海戦。新しい拠点から梁山泊の輸送船団を襲い続けていた韓世忠と、本来の水滸伝の続編、水滸後伝では主人公となる李俊との文字通りの直接対決が描かれます。軍全体の指揮官から水軍の一将校に降格されたことにより傷ついたプライドと意地をぶつけてくる韓世忠と、後継者が続々と育っていくことに喜びを覚えながらも、自らの肉体の衰えといまだに達成できていない「替天行道」の志に関して忸怩たる思いを抱いている李俊との屈折対決が前半最大の読みどころ。結果は書きませんよ、本文を読んで欲しいから(笑)。

後半は小梁山の指導者秦容と岳飛の連合軍対第一人者辛晃率いる南宋軍との激突。景朧という要衝地の城砦をめぐって、両軍が総力戦を繰り広げます。久々に北方氏の描く、血の臭いまでが漂ってくるような戦闘シーンが堪能できます。

中でも小梁山のリーダーとして「政治」に携わり続けてきた秦容の「軍人返り」とでも言うべき活躍が凄まじい。父秦明から受け継いだ狼牙棍を手にするや、まさしく鬼神の如く敵中に突進してあっという間に数十人の敵兵を血の海に沈める大立ち回りを見せつけます。ワンマンアーミーというか、リーサルウエポンというか、彼一人が敵陣に突っ込むだけで戦況がガラリと変わってしまう鬼神のような荒武者ぶり。

こんな奴を敵に回す戦いをせざるを得ない南宋軍に同情せざるを得ないほどの描かれ方です。

この戦いによって主力軍の兵数を大きく損じ、また有力な武将を数々討ち取られ、要衝である景朧を抑えられた南宋は今後どうなっていくのか?梁山泊の快進撃は続くのか?今巻ではおとなしかった金国の動向は?そして主人公岳飛の命運は?ますます興味の尽きない展開です。毎度のことながら次巻が待ち遠しい。







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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-04 07:13 | 読んだ本 | Comments(0)

『死小説』を読んだ

死小説 (幻冬舎文庫)

福澤 徹三/幻冬舎

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恐怖をテーマにした作品の多い福澤徹三氏の短編集。タイトル通り「死」を扱った作品ばかりが収められています。

人はいつか必ず死を迎えますが、その死に様は人それぞれ。事故や急病で突然の死を迎えることもあれば、植物で、長く「生かされている」ケースもある。美人薄命、憎まれっ子世に憚るなんて言葉もありますし、自ら死を選ぶ人の数が長い間3万人を超え続け、社会問題化したなんてこともありました。

医学的、法学的には脳死や心臓死なんて分け方もありますし、倫理的、哲学的には認知症にかかって「ワケがわからん」状態になってしまった人も固有の人格としては「死んでしまった」状態と言えるかもしれません。

いずれにせよ、死とは生命活動が停止し、それまで意思を持っていた「人間」がただの物質に変化してしまった状態であると言えます。

しかしながら、果たして今の今まで、その人の「人格」として存在していたモノはきれいさっぱりと消えてしまうものなのでしょうか?

そんな素朴かつ強力な疑問により、死および死後の世界というものは常に強く意識され、様々な想像から様々な物語が描かれてきました。

残念ながら私にはまだ死を強烈に意識するような出来事は起こっていません。父や祖母、大叔母などの葬式の際にはそれなりの感慨と悲しみはありましたが、それだけ。いわゆる霊感とか言われるものも持ち合わせておらず、それゆえ幽霊にも出くわしたことはありません。もっとも、現在の私の身の周りの状況が何らかの存在による祟りだと言われてしまえばコロッと信じてしまうかもしれません(笑)。

本文に関係なく、自分自身の「死」というものに対しての印象をずらずらと並べてしまいましたが、読み手に「死」というものの実感と得体の知れなさを強く意識させることには成功していた一冊であったように思います。霊魂やら妖怪の実在を信じるまでには至りませんでしたがね。






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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-03 17:26 | 読んだ本 | Comments(0)

『会津春秋』を読んだ

会津春秋 (集英社文庫)

清水義範/集英社

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ブロ友の皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

新年一発目の投稿は、昨年読んでおいたものの感想から。パスティーシュ小説の第一人者にして、教育関連の本も多い清水義範氏のど真ん中の時代小説です。幕末に生きた二人の武士の姿を通じて、人間の運命の不安定さと、その中でも変わらぬものがあるということを描いた、青春小説としての一面も持ち合わせた作品です。

主人公は会津藩士、秋月新之助。彼は後年京都守護職となる松平容保の近習として、その幼少時から生活をともにしてきたという設定になっています。17歳の彼は佐久間象山が主宰する軍事教育の学校に通っているのですが、そこで知り合うのが終生の友となる橋口八郎太。彼は薩摩藩士で、新之助とはお互いに数学が苦手であることから意気投合。その親は徐々に厚い厚い友情へと変化していきます。

数学ができないもの同士、慰めあったり、同じ女性を好きになってみたり。舞台をそのまま現在に持ってきても十分通用する高校生の青春小説そのものです。そして江戸の世がそのまま続いていれば、二人はそのまま親友として生きていけたことでしょう。

ところが時代は幕末です。昨日勤王、今日佐幕。時代の波のうねりは二人のみならず日本の国民全体に大きく影響を及ぼしましたね。

最初は長州という共通の敵を撃退するために手を組んだ会津、薩摩の両藩ですが、世間の情勢が刻々と変わる中、坂本龍馬(彼もこの二人の同窓生として物語中に登場します)らの奔走により、薩長同盟が成り立った後は、会津藩は薩摩のみならず日本全国を敵に回す賊軍となってしまいました。

維新後、旧薩摩藩の有力人物西郷隆盛を担ぐ人々が起こした西南の役では八郎太が朝敵となり、新政府で警官となっていた新之助はその征伐に参加することとなります。地震や津波が人々の暮らしの全てを猫すぎ奪ってしまうのと同様、世の中の大きな動きってやつも、個人の価値観など軽々と凌駕し、それを根底からひっくり返してしまいます。

そんな、まさに一寸先は闇の時代の流れの中にあっても二人の友情は変わりません。お互いに、敵陣に変装して乗り込み、友としての関係に変わりがないことを確かめ合うエピソードが描かれています。人の心は強いようで弱いし、弱いようで強い。

今の自分に命を賭してまで会いにきてくれる友がいるだろうか?あるいは自分が命を賭けて会いに行きたい友はいるだろうか?単なる青春小説の枠には止まらない、深い深い命題が読み手の前に突きつけられます。その問いに関する答えを見つける、あるいは見つけようと考えてみることこそがこの本の本当の味わいなのではないでしょうか。





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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-03 08:09 | 読んだ本 | Comments(0)

2017年私的十大ニュース+漢字1文字

毎年恒例のこのネタ、本来はもっと早く投稿しようと思っていたのですが、年の瀬のどん詰まりまで引っ張ってしまいました。ひとえに怠惰のなせるわざです。言い訳はランキングの中でたっぷりとさせていただきますので、早速カウントダウン方式で行ってみたいと思います。

第10位 新技術につぎつぎ触れる
現在、車両関係の仕事をしており、その関係で、様々な自動車会社及び関連企業と取引をしたり、提案を受けたりしています。で、今年は自動ブレーキと水素自動車を実体験しました。自動ブレーキについては、助手席に乗っていだだけですの、今ひとつ実感に欠けました。結局は自動で止まったのか、運転者がブレーキをかけたのかがわからないままなので、テストコースに出て、障害物の前でブレーキテストをしたのと変わりません。こればっかりは自分が運転席に座らないと実感できませんね。水素自動車の方は、エンジン音が全くしないのでこちらも運転しているという実感が湧きません。まあ、普通の車を運転しているのと全く変わらないので、今の所は高い金を出して買うほどの価値があるとは思えませんね。燃料の補給インフラも整っていない状態ですから。

第9位 ジャイアンツ不振
今年は何と言っても13連敗が全て。原因はとにかく打てないこと。阿部自身がシーズン後のインタビューでも語っていた通り、彼がいまだに四番を打っている打線は明らかに迫力不足。阿部を6番とか代打の切り札として取っておくくらいの余裕がないといかにも苦しい。とはいえ若手は伸びてこない現状では、外国人か、FAでの補強に頼るしか即効性はありません。とりあえず、来シーズンはゲレーロに頑張ってもらって、その間に岡本と吉川にレギュラーの座をつかんでほしいと思います。あとは不祥事しか目立たなかった山口俊にもしっかり実績で償ってほしいところです。

第8位 断捨離進行中
今年は発想を変えて、捨てるものを決めるのではなく、取っておくものを決めて、それ以外は全て捨てる(売る)ことにしました。この方針転換により、まず本棚の本がかなり減りました。服も同様の方針で臨みはしたのですが、ラグビージャージの類がどうしても捨てられないし、ついつい衝動買いまでして増やしてしまう始末。まだまだ道はなかばです。最近最も熱心に取り組んでいるのはDVDやBlu-Rayに録画した映像のH D Dへの移行。こちらもまず目先の番組を録画する方に重心が置かれてしまうので、歩みはのろいのですが、それでも100枚以上はディスクを処分しました。でもまだ「在庫」は数百枚はあります…。

第7位 無理矢理な衆議院選挙強行さる
どう考えても安倍首相のスキャンダル隠しのための無理矢理総選挙。そこにつけ込めない野党は自民党以上に情けない。何がどうなったのかよくわからない「好景気」でまだまだ安倍一強は続きそうな気配ではあります。すっかりモリカケ問題はどこかに飛んじゃいましたね。

第6位 金正男暗殺事件
私はこの方に外見がよく似ていると言われました。実際にちょっと眩しそうな目をして少し首をひねった顔(東京ディズニーランドに密入国して捕まったときに取られた映像としてよく使われてたやつです)は自分でもよく似てると思います。そんなわけで、親しみを感じざるを得なかったこの方の暗殺による死去は少々ショックでした。身近な邪魔者をどんどん粛清している変な髪型の独裁者氏は数カ月ごとに花火を打ち上げては世間の耳目を集める「かまってちゃん」ぶりを遺憾無く発揮してますな。

第5位 二十四時間のジムへ鞍替え
会社の法人契約の関係で、今までメインに通っていたジムが使えなくなったので、個人的に某二十四時間営業のジムに鞍替えしました。これだと、早朝や深夜など従来は利用できなかった時間にも利用できるので、大いに活用しようと思ったのですが、後述する怪我や体調不良などのせいでそのアドバンテージを十分に活用できているとは言い難い状況です。特に年末の二ヶ月は週一もいけてない状態。金の無駄遣いになっちゃってます…

第4位 ジャパンvsアイルランドのテストマッチを生観戦
6/24に味スタで生観戦しました。東京都の招待企画に応募したら運良く当たったんです。もしかすると、これで、今年の運は全て使い切ってしまったのかも…。試合は典型的なジャパンの負けパターン。速さで相手を崩せず、相手には個々のフィジカルの強さで前進を許すという展開に終始しての敗戦。2019年に向けての不安材料を露呈しました。その後秋のテストマッチではトンガに勝ち、フランスとは史上初の引き分けに持ち込むなど、進歩の跡はうかがえるかな、という一年でした。

第3位 TMS治療と11月からの体調不良
男性更年期なのか、何か内臓系に疾患でもあるのか、11月中頃から、体調がぐずぐずと悪い状態です。体調が悪いと、気力も湧かないので、前述した通りトレーニングにはいけないわ、文章の方の活動もさっぱり進まないわ、会社の仕事には前にも増してやる気が起きないわで、それらを総合して自己嫌悪に陥っては、さらに心身の状況が悪化するという悪循環にハマっております。以前に飲んでいたサプリを復活させたり、キョーレオピンを飲んでみたり、ニンニク注射を初体験してみたり、と色々試してはいますが、今ひとつパッとしません。夏頃はTMS治療という頭蓋骨に電磁波を当てる治療法でそこそこココロの方は元気ではあったのですがね。TMS療法は保険が効かないので費用が馬鹿高い。夏季のボーナスの半分がこいつのために吹っ飛びましたが、それだけの金をかけてもこの程度じゃねぇ…ってな感じで終わりましたかね。

第2位 シニアチーム本格参戦後初のシーズン
こちらも夏頃まではそこそこ参加できていたのですが、10月の天候不順でかなり試合が中止になり、ようやく試合ができた11月には古傷である左膝にダメージを受け、残りシーズンは全休という状況。整体に通ったりはしてますが、完調には程遠く、まだ試合ができる状態ではありません。しばらくはトレーニングもできない状態だったりもしました。そろそろリハビリを兼ねて、軽いトレーニングは始めなきゃ、と思いながらもなかなか果たせずにいます。

第1位 初めて『第9』を歌う
ひょんなことから女房殿と一緒に第9を歌う催しに参加しました。私は第一テナーを志願したのですが、いや、この曲非常に難しい。メロディーラインもドイツ語もとにかく難しく、本番までになんとか覚えて無理矢理歌いきったという感じでしたね。でもさすがはベートーベン。メロディーはしっかり頭に残り、また別の催しに参加することにもなっちゃいました。来年2月の本番に向け鋭意練習中です、と言いたいところですが、結構サボっちゃってますね、公式練習。長い年月、人々に受け入れられ続けている作品の凄みみたいなものを垣間見られたいい機会でした。古典というもに改めて向き合ってみたいと感じさせられた出来事でもありました。

今年の漢字は『滞』です。何しろ、いろんなことが前に進んでいません。特に健康な体作りと文章書きは早急に取り組まねばならない課題です。

来年はなんとか全てが進む年にしたいものです。

ブロ友の皆様、今年も色々とお世話になりました。来年もどうでもいいお話をつらつらと書き記していく所存でございますので、よろしくおつきあいのほどお願い申し上げます。良いお年を。







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# by lemgmnsc-bara | 2017-12-31 08:21 | 雑談 | Comments(2)

『はじめての古寺歩き』を読んだ

はじめての古寺歩き (角川文庫)

井沢 元彦/KADOKAWA

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歴史に関する著述の第一人者の一人である井沢元彦氏による古寺巡りのガイド本。歴史と宗教の関わりをメインテーマにしている井沢氏の寺に関する知識を惜しげも無く提供してくれています。

拝観のポイントはズバリ三つ。仏像、建築、庭園だそうです。

恥ずかしながら、私はこの本を読むまで、仏の名称による違いを全く分かっておりませんでした。

仏は如来、菩薩、明王、天の四種類あるそうです。

如来は、仏教の中では全能の神たる最高の存在。薬師如来や阿弥陀如来なんてのが思い浮かびますね。その中でも至高の存在が大日如来。原語では大きく光り輝く仏という意味となり、それを意訳したものが大日如来となるわけです。太陽信仰にも結びつきがあるような気がしますね。いやー知らなかったなぁ。

菩薩は如来を目指して修行中の仏であり、人間と如来の中間という概念の存在です。如来よりも人間に近い分、人間の悩みや苦しみに寄り添うことができるという性格を付与されています。観音菩薩が代表的ですね。

明王と天というのは、元々ヒンドゥー教の神だったものを仏教に取り込み、守護神という性格を付与されたもの。明王といえば何と言っても不動明王がまず思い浮かびますが、この不動明王というのは大日如来が悪を懲らしめるために姿を変えて出現した姿と解釈されているそうです。なるほど、仏像で表されているのは憤怒の形相とスーパーマッチョな体型に、炎を纏いつかせた姿です。悪魔ならずとも近寄りがたい雰囲気ですね。

天は、寅さんの口上にも出て来る柴又の帝釈天がおそらく一番有名でしょう。その他には七福神の一人として人口に膾炙している弁財天も代表的な天ですね。

まずはこの基本的な知識を得られただけで、かなり満足。

お次は建築物。イタリア旅行の際、ガイドさんから教会内の施設は、ステンドグラスを始めとして、文盲の多かった当時の人々に教義をダイレクトにわかりやすく伝えるために作られている、という説明を受けましたが、日本の寺院の建物も仏教の世界観を表したつくりになっているそうです。もっとも日本の場合は、権力の象徴となっていた場合も多いようですが。わかりやすいのは鳳凰で、この飾りが屋根に付いている場合は、そこが最高権力者の住処であることを示すそうです。古寺の多くは平安時代からのものですが、当時の最高権力者といえば天皇であるはずが、天皇の住処以外の寺にこの鳳凰が据え付けられていることも多々あるそうです。いやはや。

庭園も、仏教の世界観を表したもの。代表的なのは龍安寺の石庭ですかね。見る人が見れば、あの石と砂だけの小さな庭園が無限の宇宙を表すように見えるそうですが、当然のことながら私にはそこまでの見識はありません。

この本を読んでから、古寺巡りをしたら、今までよりより踏み込んだ見方ができるようになるのは事実です。巻末に井沢氏オススメの寺院のリストが都府県別についているのも嬉しいところ。なかなかお買得な一冊でした。






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# by lemgmnsc-bara | 2017-12-24 15:45 | 読んだ本 | Comments(0)

『死と呪いの島で、僕らは』を読んだ

死と呪いの島で、僕らは (角川ホラー文庫)

雪富 千晶紀/KADOKAWA

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角川ホラー大賞で然るべき賞を受賞した作品。この企画で何らかの賞を得た作品は、一定水準のエンターテインメントに仕上がっているという経験則があるので、本屋の店頭で見かけて衝動買いしたのだと思います。

物語は、日本の端っこで「絶海の孤島」と称されるにふさわしい小島が舞台。主人公はその島に暮らす高校生白浪杜弥。現村長の次男で、その後継者と目されています。長男である兄は病弱であるために跡を継がずに裏方に専念する予定、という設定になっています。

さて、お年頃の杜弥にはきになる存在の女子がいました。打保椰々子という同級生なのですが、椰々子は島に流れ着いた孤児で、育ての親であるイタコの婆さんが死んでからは、何故か村の人々からつき合いを断たれています。高校にも通ってはいますが、クラスの人間からは「いないもの」とされている状態です。

普通の高校ならイジメと認定され、本人が退学するか、転校するなどの措置が取られると思いますが、椰々子にはそうした対策を講じる身寄りはありませんし、島の外に出ることも禁じられています。高校の修学旅行にすら連れて行ってもらえないという徹底ぶり。それには当然理由があるのですが、その理由は読み進めるうちにわかって来ますので、ぜひ本文に当たってみてください。

さて、島に、かなり以前にアメリカの沿岸で沈んだはずの巨大客船が流れ着いたことから物語はスタートします。そこから島には様々な怪事件が起こり、たくさんの血が流れることとなります。で、最後には全ての謎が解けてメデタシメデタシになるというのが味も素っ気もないストーリー紹介になります。

ただし、ハッピーエンドに至るまでには、文化人類学的な見地から見たこの島の意味合いや、ラヴクラウトの作品に出て来るような奇っ怪な存在が登場し、物語は思いっきり膨らみます。この辺の話の膨らまし方が巧みだし、また一番の味わいどころでもあります。とにかく本文に当たってくださいとしか言いようがありません。

人間が世界の支配者としてデカイ面をしている陰で、その横暴さに対して恨みを募らせている他の生物たちの怒りが爆発したらどうなるのか、という壮大なテーマが見事に描かれています。ゴジラが自然災害の恐怖や核開発の恐怖の代弁者であったように、現在発生している様々な天変地異はもしかしたらそうした、生物たちの怒りの発露なのかもしれない、と考えさせられました。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-12-16 15:51 | 読んだ本 | Comments(0)

『10-ten-』を読んだ

10 -ten- (実業之日本社文庫)

堂場 瞬一/実業之日本社

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長距離ランナーの姿と、その集合体である駅伝チームの姿を描いた『チーム』、『ヒート』という作品が印象的な堂場瞬一氏のラグビー小説。大学ラグビーの強豪チームの姿を描いています。

主人公は所属するリーグ戦で4連覇を果たしている強豪城陽大ラグビー部キャプテンにして題名ともなった背番号「10」を背負い、試合の中で司令塔の役割を担うスタンドオフをポジションとする進藤と監督の七瀬。七瀬はその年の4月に、チームにヘッドコーチとして招かれたばかり。スタンドオフ進藤の父親でもあった前監督がリーグ戦第1戦後、急逝してしまったために急遽抜擢されたという設定です。七瀬は、進藤父が監督をしていた高校のラグビー部の教え子ではありますが、城陽大のOBではなく、城陽の一番のライバルチームである天聖大の出身という設定ともなっています。考えるだに色々と火種のありそうな前提ですね。明大ラグビー部の監督を早大出身者が務めるようなもんですから、現実にはほぼありえない状況です。まあ、日体大出の監督は結構各大学にいたりしますがね(帝京大の岩出監督などが該当します)。

城陽大はFWを全面に押し出し、手堅く手堅く攻めてペナルティーゴールやドロップゴールを狙い得点を重ねる、というのを伝統的な戦法とするチーム。この戦法は進藤父の徹底指導の下に築き上げられた「作品」で、監督が七瀬に代わっても選手たちは当然のことながらこの戦法を突き詰めて勝ちに行こうとします。しかし、この戦法では所属するリーグ戦は制することはできても大学選手権の覇権を握るまでには至りませんでした。七瀬は、進藤父の戦法に疑問を持ちながらも、学生たちが選んだことだとして口出しをせず、学生たちに「こんなラグビーで楽しいのか?こんな戦法で本当に大学日本一を掴めるのか?」を「自分たちで考えろ」と突き放します。両者の溝は埋まらないままにリーグ戦は進んで行き…というのがストーリー。さてさて勝負の行方は?というところであらすじの紹介はやめておきます。

先にも書いた通り、題名となっている「10」は背番号でポジションが決まっているラグビーではスタンドオフというポジションの選手が背負うもので、スタンドオフの選手はゲームの行方を左右する重要なポジションを任されることになります。それゆえ、良きにつけ悪しきにつけ目立つポジションでもあります。スター選手も数多いますが、ゲームの勝敗の責任を一身に背負わなければいけないキツいポジションなのです。私に然るべき体格と才能があったらぜひやってみたいポジションです。もっとも今の気持ちのままなら、ボールを持ったら全て自分が突っ込んじゃいそうな気がしますけどね(苦笑)。

さて、城陽大はいわゆる「伝統校」と言われている大学チームの悪い面を全て兼ね備えた存在として描かれています。カリスマ的な指導者と、伝統という言い訳を用意されたアナクロな戦法、余計なことに口出しして来る元スター選手のOB。城陽大はアップアンドアンダーを得意技とする「テンマンラグビー(FW8人とSH、SOの2名、計10人しかプレーに参加しないような戦法を揶揄するような表現)」を真骨頂とするチームとして描かれていますが、流石にこの戦法はアナクロ過ぎ。現在の日本でこの戦法を採用しているチームは少なくとも有名なチームでは皆無です。現在は総じて、どのポジションのプレーヤーでも、それなりのワークレートでフィールドプレーに参加することを求められるプレースタイルで、走り勝つことを目的とするプレースタイルのチームが多いようですね。しかしながら縦の明治に横の早稲田などという言葉もしっかり残っています。最近では帝京大の強さが群を抜いているため、明治も早稲田もないって状態が続いてますけどね。

今までのスタイルを踏襲してもそれなりには勝ち上がることはできるが、さらに一歩進むにはどうしたら良いか?プレーしている選手が本当に楽しさを感じるラグビーとは一体どういうものなのか?この物語で示される問いは、そのままいまのジャパンに対する問いでもあります。ティア2上位からティア1(世界のベスト8以上)にステップアップするためにはどこをどう改革するのか?この物語の中では、城陽大のチームは最終戦の後半40分で生まれ変わろうとします。ジャパンにはもっと時間があるのですから、2019年の本番までにしっかりと進化させてほしいものですね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-12-01 11:13 | 読んだ本 | Comments(0)

『世界性生活大全「愛」と「欲望」と「快楽」の宴』を読んだ

世界性生活大全 「愛」と「欲望」と「快楽」の宴 桐生操の世界大全

桐生 操/文藝春秋

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世界の歴史上の著名人の下ネタ事情に詳しい桐生操氏の、ど真ん中のウンチク本。題名の通り、主に古代から中世の性生活について様々なエピソードを取り上げてくれています。

まあ、この本に関しては新しい発見はありませんでした。今までに上梓された本のダイジェスト版といった趣でしょうか。下ネタOKの飲み会の前に読んでおくと重宝しそうではありますがね…。

にんげん、金にせよ、地位にせよ「力」を得てしまうと、何故か「三大欲求」を過度に充実させる方向に目が向きますね。そのうち睡眠に関しては金も手間もあまりいりませんす、食欲に関しても、いかに食うことに執着があろうとも、一度に1tの食物を食うわけにはいきませんし、いかに珍味佳肴を集めてもいずれは限界がきます。何よりこの二つは個人で完結できる欲望です。

対して性欲だけは少なくとも自分の他に一人の人間は必要ですね。と、ここでセルフ突っ込みを二つほど。自慰と獣姦は「一人」で済むだろ?でも前者は実際の行為は一人で行うものですが、イメージの中では他者の存在を思い浮かべているはずですので完全に個で完結というわけではありませんし、後者は人間ではないとはいえ「他者」が必要となりますので、やはり個で完結するわけではありませんね。

世の「力」持ちたちは性欲だけは無尽蔵であり、それを満たすために貪欲になります。何しろ世界に異性は、「35億人よ」(byブルゾンちえみ)、同性愛者だって同じく35億人、バイセクシャルなら70億人の欲望の対象が存在するのですから。

私自身のことを鑑みても、単なる安サラリーマンではなく、例えば一国の王だったりしたら、性欲の充足のためにいろんなことを繰り広げてしまいそうな気がします。アタマの中で、ハーレムを持って選りすぐりの美女を取っ替え引っ替えしたいみたいな妄想を巡らしたことのない男はいないでしょうし、イケメンアイドルと自分が結ばれると夢想したことのない女子もいないでしょう。

性は結局のところ、自分のDNAを未来に残したいという欲求です。その欲求のためにいろんなことを発達させ、様々な制度を作ったり、争いを起こしたりと、文化だの文明だのを作り上げた人間という存在は、愚かで、賢い生物なんでしょうね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-29 09:25 | 読んだ本 | Comments(0)

『鞄屋の娘』を読んだ

鞄屋の娘 (光文社文庫)

前川 麻子/光文社

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劇作家、演出家、女優として活躍する傍ら、作家としても数々の話題作を上梓している前川麻子氏の「出世作」。小説新潮長編小説新人賞受賞作です。

私はこの方と一度酒席を共にさせていただいたことがありますが、非常にサバサバとした方で、割と重たい話をサラリと話していたことが印象に残っています。ちょうどその時、演出していた芝居の出演者のオジサンたちについて、「何度注意してもできない、体が動かせてない」というようなお話をされており、その際は「まあ、そういう人もいるんだろうな」くらいに思っていたのですが、自分自身が50歳を迎えてみると、カラダもアタマも自分自身で思っているほどには働いていないな、と痛感させられることが多くなり、老いを迎えた人間の避けえぬ宿命なのだと、変なところで彼女の言葉を思い返しております。

さて、物語は帆布を使った鞄の制作者である父を持つ娘麻子が主人公。解説で主人公のなを「麻子」としたところにこの作品が作者自身の自伝的意味合いを持つ、と書かれていましたが、だとすると、かなり複雑な要素のカラミあった家庭環境の下で成長してきたことになります。父はもともと麻子の母以外の女性と結婚して一男を設けていましたが、その家庭と同時に麻子の母と男女の関係となり、先に作った家庭から飛び出す形で、麻子の母と結婚。そして麻子がまだ幼い時分には、また若い女と関係し家を出て行ってしまいます。父が鞄作りに使っていたミシンが部屋から運び出されることで、麻子はこの家庭が二度と修復できないものとなったことを悟ります。

こうして父性が欠如した環境化で育った麻子は、高校卒業後スタイリストとしての職を得、若いカメラマンと同棲しながら、同時にデザイナーとも付き合い、どちらの種なのだかわからない子供を身ごもります。父親不在の家庭に育った娘は男性という存在に対しての距離感がわからずに、様々な男性とすぐに深い仲になったり、あっさり切れたりするのだ、みたいな安っぽい心理分析のテキストみたいなことは書きたくありません。家族という体験が乏しいが故に知識や習慣に縛られることなく、自由で柔軟な関係性を築いたのだということにしておきます。

やがて男児を出産し、それと共に麻子はカメラマンと結婚し、一応「家族」としての体裁は整うのですが、さてこの「家族」はこのままの形をとり続けるのか、ということについては疑問符がついたままです。愛というものは強そうで脆いし、脆そうで強い。我が命を投げ出して家族を守ることもあれば、魅力的な人物に参ってコロリと全てを捨て去ってしまうこともあります。どっちに転ぶかは局面局面で変化し続けます。そして何が正解なのかについては誰もわかりません。当たり前だと思っている環境が実は非常に危ういバランスの上に成り立っているのだということを改めて気づかせてくれた一冊でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-25 10:16 | 読んだ本 | Comments(0)

『陰陽師 平成講釈 安倍清明伝』を読んだ

陰陽師 平成講釈 安倍晴明伝 (文春文庫)

夢枕 獏/文藝春秋

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安倍晴明がいかにしてこの世に生を受け、どのようにして陰陽師として世に知られることとなったかを描いた「安倍晴明ライジング」とでもいうべき作品。

寄席などの場で講談として語られた演目を文字で残した本が何冊が現存するそうで、そのうちの主に3冊ほどを種本としてまとめています。題目に「講釈」とある通り、作者本人が物語を講じる、という体で書かれており、「ライブ感」を出すために作者が執筆に取り掛かっている際の身辺の状況やら、直前に観た芝居やらをオハナシのマクラに持ってきて、本筋とは関係ないそれらをひとしきり語った後に、ストーリーが始まるという仕掛けも施されています。作者のエンターテインメント性が遺憾なく発揮された一冊であると言ってよいでしょう。

オハナシは遣唐使として名高い阿倍仲麻呂に関する記述から始まります。元来はもちろん日本人だった仲麻呂は『金烏玉兎集』、『ホキ内伝(ホキはきちんとした漢字があるのですが、変換するのが非常に面倒なため片仮名で表記しておきます)』の二冊を日本に持って帰ることを期待されて唐に派遣されますが、その二冊は当時としては国家の最高機密が書かれてある書であったため、時の中国皇帝はこれを渡したくないが故に、様々な難題を仲麻呂に吹っかけて書を渡さないよう目論むのですが、仲麻呂はその難題をどんどん解決してしまいます。困った皇帝は仲麻呂を無理矢理唐の要職に任命してしまいます。二冊の書の内容もさることながら、こんなに優秀な仲麻呂が日本に帰ったら日本が強敵になってしまうかも知れないと危ぶんだからです。仲麻呂についてはこの後やはり高名な吉備真備などとのカラミも描かれるのですが、まあこれはそこまでにしておきましょう。要するにそれだけの能力を持った人物の末裔であるとされる晴明は生まれながらに大変なポテンシャルを持っていたと言いたいがための前フリです。もっともそもそも阿倍仲麻呂と安倍晴明が演者であるとする説はかなり眉唾物なのだそうですが、面白くなればそれでいい、というのが講談の大原則。私もそれには賛同します。

で、話は飛んで少年に成長した晴明は都へと登ってきます。そこで時の帝が病に臥せっていることを聞きつけ、その病の平癒のための調伏を行うこととなります。そこで終生のライバルとでもいうべき、蘆屋道満と術比べをするという展開になるのです。元々が講談ですから道満側には九尾の狐までが味方して、想像するだにおどろおどろしい呪術で天皇を亡き者にしようという陰謀を巡らせます。

結果もし道満側が勝っていれば、日本はおそらく悪が栄える恐怖の国となり、今頃は半島北部の変な髪型の独裁者みたいな人物に牛耳られるか、あるいは他国に蹂躙されまくって分割されて国としての体をなしていなかったことでしょう。故にそんな危機から日本を救った晴明は空前絶後のスーパーヒーローだ、というわけです。

同じ名字のアベさんにも見習ってほしいものですが、どうも現実社会のアベさんは晴明より道満の方に近いような気がしますね…。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-25 09:25 | 読んだ本 | Comments(0)

『Number甲子園ベストセレクション 9人の怪物をめぐる物語』を読んだ

Number 甲子園ベストセレクションI 9人の怪物を巡る物語

スポーツグラフィックナンバー(編集)/文藝春秋

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スポーツライターにとっては、これに掲載されれば、まず食いっぱぐれはなくなると言われている一流スポーツ専門誌『Number』の記事のより抜き板。題名の通り甲子園を沸かせた9人の怪物たちについてのルポルタージュをたっぷりと収録しています。

まあ、それぞれの時代にそれぞれ怪物というのはいるものなのですね。マスコミの取材の方法から、報道の仕方までを変えたと言われた江川卓氏をはじめとして、PLのKKコンビ、5打席連続敬遠を食らったゴジラ松井秀喜、数々の激戦を制し決勝戦でノーヒットノーランを達成した松坂大輔、そして今年のドラフトの目玉だった清宮幸太郎まで。

個人的な思い入れの強さで言えば、やはり同世代である、桑田、清原のKKコンビになりますかね。その大会の優勝候補の筆頭だった、やまびこ打線の池田高校を圧倒した1年夏の甲子園準決勝から始まって、三年生最後となる夏の大会で優勝して見せた涙、明暗分かれたドラフトにそれぞれのプロ野球界での活躍。引退後の清原氏の騒動まで含めて散々酒の肴にさせてもらったような気がします。

松井の5打席連続敬遠はちょうど中継を最初から最後まで観てました。この試合ののちに一斉に巻き起こった明徳義塾へのバッシングに対し、当時「ルールの中で取り得る最良の作戦をとったまでの話で、全然責められる必要はない。正々堂々勝負することが高校生らしい、などという教育的見地などというやつが一番胡散臭いわ!!」という感想を持ったことを覚えています。これも随分と酒の肴にさせてもらいましたね。

私が高校野球に興味を多少なりとも持っていたのは松井の時代まで。故に松坂の快投も、ダルビッシュの奔放さも、大谷の球速もニュースで観た程度。清宮選手に関してもまだプロに入ってプレーしたわけでもないのに騒ぎすぎじゃね?ってな感想しか持てませんね。大器だ、怪物だと騒がれてプロ入りしたものの、鳴かず飛ばずに終わった選手なんぞ、それこそ掃いて捨てるほどいますからね。まあ、清宮選手がそんな有象無象の一人でないことを祈りましょう。

あとは、郷里群馬の代表校に注目するくらいですかね。特に近年躍進著しい健大高崎と同校の出身選手は気になっています。今年のシーズン後にロッテから自由契約となった種本選手の行方なんかは特に気になってはいますね。

今後、この本に載った人物たちを凌駕するような選手が出てくる可能性も大いにありますから、そうなったらまたTVにかじりつくかもしれません。10年後にこの本が、10人の、いや20人の怪物たちにバージョンアップされたら、野球というスポーツも往年の輝きを取り戻すのではないでしょうかね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-25 08:50 | 読んだ本 | Comments(2)

『シャッター通りの死にぞこない』を読んだ

シャッター通りの死にぞこない (双葉文庫)

福澤 徹三/双葉社

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怪談のコレクターにして、ヤクザや半グレなど社会のアウトローを題材にした作品の多い福澤徹三氏によるコメディー作品。

主人公「影山清(偽名)」は表向きは街金で本業は闇金というヤバい金貸しの取り立て屋。

ある日、仲間とともに債務者である町工場に乗り込んだ影山。元利含めての一千万円を取り立てたまでは良かったのですが、仲間がその一千万円を持ち逃げしてしまいます。影山はその責任を問われ、保険金をかけられた上で、アル中で死亡という体裁を取り繕うために、監視付きで毎日強い酒をそれこそ浴びるように飲まされます。そしていよいよ最期の時も近いという状態になった際に、せめても苦痛を軽減させるために、と監視役の一人に覚せい剤の注射を願います。渋々ながらこれに応じる監視役。しかしこの覚せい剤は影山に思わぬ超人的な力を与え、影山は監視役の二人をなぎ倒して逃亡、勢いをかって、闇金の社長の元に乗り込んで、社長を半殺しの目に合わせた上でそこにあった三千万円を奪って逃亡。

で、しばらく身を隠そうとたどり着いたのは、東京から電車で二時間というロケーションを設定された、子鹿町という寂れた田舎町。駅前には題名にもなったシャッター通りが鎮座ましまし、座して死を待つばかりという風情です。

影山はほんの気まぐれで立ち寄ったこの街で、訳のわからない連中に絡まれているうちに、虎の子の三千万円を紛失してしまいます。で、この三千万円を取り戻すためにこの街に止まらざるを得なくなったのですが、自分の身分を広告会社の社長と偽ったおかげで、この死にかけの商店街の町おこしを手伝わされることとなります。そこで巻き起こるドタバタがこの作品の味わいです。

読み進めるうち、私の郷里の二つの街を思い浮かばされました。我が郷里群馬の県庁所在地である前橋市などは典型的なシャッター通り商店街が軒を連ねています。目抜き通りだったアーケード街の一角を占めていた店の一階部分がさびた鉄骨の骨組みだけを残して駐車場になっている光景などは、寂しさを通り越して恐怖感すら感じるほどです。私のホームタウンである高崎もしかり。私が若かりし頃は、高崎の柳川町といえば、群馬一の繁華街であり、結構有名な歌手がクラブ巡りに来ていたものですが、今やアーケード街の明かりすらケチっている有様で、昼でも薄暗い。人が来るわけありません。中心地である前橋、高崎にしてこの体たらくではその他の街は推して知るべし。栄えるのはイオンモールばかりなり。風情も個性もヘッタクレもない状態です…。

私の故郷のオハナシはさておき、ストーリーは意外な出来事の連鎖により、大逆転が起き、最終的に小鹿町は新しい繁華街として見事に生まれ変わることとなります。しかしながら、主人公影山の未来は明るいとはいえないものとなっています。途中から登場した古いタイプの侠客であるアサカツこと朝尾勝太郎氏が物語を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、最後のオチまでさらってしまうのです。

このアサカツ氏は、自分が厄介者であるという自覚が全くなく、己の信念のみに従って行動し、結果として周りの人間全てが酷い目にあう、という役回りを見事に演じています。実写化すると仮定して、故横山やすし氏あたりに演じさせたら、ピッタリハマったのではないかと思いました。ちなみに主人公影山は阿部サダヲ氏あたりが適役かな、と思います。

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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-18 08:25 | 読んだ本 | Comments(0)

『岳飛伝 十一 烽燧の章』を読んだ

岳飛伝 十一 烽燧の章 (集英社文庫)

北方謙三/集英社

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岳飛伝も巻を重ねること11冊目。いよいよ本格的な戦闘シーンが描かれることとなります。

とはいえ、作者が文中の登場人物に吐かせるセリフに「もはや、戦いの勝ち負けだけで世の中が変わる時代ではなくなった」という主旨のものがある通り、武力に優れた勢力が勝って「国」を名乗ったとしても、その治世は長くは続かないだろう、という思想が暗示されています。梁山泊軍が陰に陽に発達させたモノの流れを背景にした貨幣経済が民の意識までをも変革させてしまったからです。

史実としてはこの後、元が出現し、中国のみならず、欧州近辺までその勢力を拡大し、占領した都市では、人間のみならず、勝っていた小鳥までをも皆殺しにしたなどと伝えられるような「力の時代」が出来して、民の意識はもう一度大きく古代に戻ることになるんですけどね。

さて、今巻のハイライトは呼延凌率いる梁山泊軍の本軍と、金国の主力軍とのぶつかり合いです。お互いの大将同士が一騎打ちに近い形で切り結んだ激戦は、決着を見ないままに一旦終結。当然リターンマッチはあるでしょうし、金国との連携を保ちながら、一方で二つの勢力の力が弱まることによる漁夫の利を得ようとする南宋の動きからも目を離せません。

王清、秦容などのメインキャラたちの人間的成長(武や商いだけに生きてきた若者が好きな人にきちんと好きだと伝え、妻にするなど)が描かれる一方で、「主人公」岳飛は自分の子(現妻の連れ子も含む)の成長を目の当たりにし、自分の人生が後半戦に入ったことを徐々に思い知らされていきます。そんな日々の中、岳飛は南宋内に居残った旧岳飛軍三千人の潜伏先を全て訪ね歩き、来るべき大きな戦いへの準備を進めていきます。

最終的には兵力で一番劣る、梁山泊軍・岳飛軍の連合軍が、南宋、金国の二大勢力を相手にどこまで食い下がり、彼らが戦う根底をなす志をどこまで実現できるのか、という展開になりそうですが、まだまだ波乱は起きそうですね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-18 07:39 | 読んだ本 | Comments(0)

『よもつひらさか往還』を読んだ

よもつひらさか往還 (講談社文庫)

倉橋 由美子/講談社

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実社会のすぐ近くにありそうで、かつ普通の人間にはなかなか気づくことのできない異界や、あやかしの類を描いた作品で知られる倉橋由美子氏の、作風ど真ん中の連作短編集。

主人公は慧君という若者。この「慧」という字を使われてしまうと、最近バラエティー番組で売れっ子になっている某アイドルグループの一員を思い出してしまうのですが、主人公の方の慧君は、現実の慧君と、美形の優男というイメージはカブるものの、もう少し繊細で、特に和歌に造詣が深く巨額な資産を持つ人物の孫という設定となっています。もし実写化するとしても、現実の慧君をそのまま主人公に据えたのでは、少々イメージが違う、というオハナシになってしまうと思います。

さて、作中の慧君は祖父から、とあるクラブを譲り受けます。金持ち同士が社交場とするための贅沢な建物。物語が進んでいく中で、立派な庭園があったり、プールがあったりということも描かれます。そしてそのクラブの中にあるバーに慧君は入り浸ることとなります。お金の心配なく、昼間からお酒(それも焼酎とか第三ビールみたいなしみったれたものでない、おしゃれで高価そうなお酒)をかっ喰らえるだけでも、すでにして異界の住人である資格は十分にありますが、バーテンダー九鬼氏からサーヴされるカクテルを飲むことで、さらなる異空間へと慧君はさまよい出ていくことになるのです。

そしてそれぞれのカクテルにちなんだ異空間の中で、様々な女性と束の間の逢瀬を楽しむこととなります。

中でも極めつきなのは、髑髏と化した女性との逢瀬です。舌だけは生々しい桃色のものを持つ、この髑髏女性は懇ろになった慧君の前で、日毎に実体化していきます。全身の骨格が揃い、その骨に肉をまとい始め、ついには人間の老女として蘇ります。そしてその肉体はどんどん若くなっていき、妙齢の女性から幼児をへて、ついには新生児の状態にまでたどり着きます。さて、この恋の行方やいかに?

ってな感じの奇妙なオハナシばかりが収められたこの一冊の題名は『よもつひらさか往還』、なるほどこの世と様々な「あの世」を行き来する慧君の存在をうまく表していますね。クラブハウスは黄泉路の門、九鬼氏はかなり融通のきくサエの神と言ったところでしょうか。物語としての類型はともかく、不思議な世界を楽しめた一冊でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-18 06:26 | 読んだ本 | Comments(0)

『暗くて静かでロックな娘』を読んだ

暗くて静かでロックな娘 (集英社文庫)

平山 夢明/集英社

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久々に読んだ「紙」に書いてあるエンターテインメント作品集。平岡氏の作品を読むのも『ダイナー』以来です。「本棚の片っ端から読んでいく作戦」の一環として、本当に本棚の一番隅から引っ張り出した一冊。

平岡氏は元々、階段を収集してそれも本にまとめることから出発した方で、のちに小説を書くようになってからは、バイオレンスとスプラッターな描写に満ち溢れながら、どこかユーモアとペーソスを感じさせる作品を書き続けていましたが、この短編集は恐怖やグロの要素よりも、むしろ哀愁漂う作品ばかりが収められています。

出てくるのは、紺の腰巻によれば「社会の鍋底」にいる人物たち。ゆくあてもなく、行き倒れかけていた男を自宅に連れ帰った、両親のいない幼い兄妹に、義理の父と実の母から虐待を受け続け、ついに死を迎えるも、実の母の方から「飼い犬が死んだときの方が、マジ泣けた」などと言われてしまう少女、自殺未遂を繰り返しては、怪しげなイタコに死んだ娘を憑依させ(もちろんイタコはインチキながら周到な演技で娘のフリをしているだけ)、その娘の世話を焼くことで、辛うじて精神の平静を保っている女等々…。

以前読んだ平岡氏の作品の世界が目の当たりに展開したとしたら、それは吐き気を催さざるを得ないグロな光景だったと思いますが、この作品集の描き出す世界は、極力血の流れる量を抑えつつ、実は登場人物たちの心の中ではそれこそ大量の血が流れています。人間らしい生き方だとか、人間の尊厳というお題目を唱えながら眺めれば、心の傷の方がより深刻だと言えるでしょうし、それこそが作者の意図したことなのだろうと勝手に推測しておきます。

で、登場人物たちが尊厳を捨てた生き方を選ばざるを得なかった背景には貧困というごく現実的な問題が横たわっています。そういう意味では、人間が一番恐怖すべきなのは貧困という状況なのかもしれません。金がありさえすれば、まともな家庭生活が営め、まともに成長できたであろう人物たちがどんどん壊れていく…。こういう光景は作り事の中にしか存在しないように思えて、実は我々のすぐ隣に存在しているオハナシです。ほんのちょっとしたひずみが人の生き方をも大きく変えてしまうという恐怖をしっかり味わわせていただきました。






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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-16 11:24 | 読んだ本 | Comments(0)

『グリーンルーム』鑑賞

グリーンルーム [Blu-ray]

アントン・イェルチン,イモージェン・プーツ,パトリック・スチュワート,メイコン・ブレア/Happinet

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主人公たちがどんどんドツボにハマっていくバイオレントなサスペンス。得体のしれない化物などは一切登場せず、戦いに関しては全くの素人であるパンクロッカーたちがヤバい「玄人」たちにどんどん追い詰められていくというストーリーです。

主人公たちは売れてないパンクバンドのメンバーたち。彼らはいつも経済的にかつかつの状態で、文字通り食うや食わずの生活を続けています。ある日のライブで客のあまりの少なさに、それこそ食い物を買う金すらなくなった彼らが、ど田舎のライブハウスに行って公演を行うことになった、といのが物語の発端。

ボーカルが「ネオナチF◯◯k!!」と絶叫するのを聴いている聴衆は全てネオナチの構成員という非常にお間抜けな状況はシュチュエーションとしては笑えます。毒蝮三太夫師匠が、お年寄りたちを前に「このくたばりぞこないども!!」って叫んでるのと同じですから。でも後者の心底にはお年寄りに対しての愛情があることがわかっているからこそ、ほのぼのとした笑いを生むのに対し、前者はただ反感を呼ぶだけ。しかもその反感は次第に殺意にまで高まってしまいます。

ライブ後、オンボロ車で次の公演地に向かおうとするメンバー。そこで一人の女性が携帯を楽屋(米のエンターテインメント業界では楽屋のことをグリーンルームと呼ぶそうで、それがこの映画の題名にもなっています)に忘れたことに気づき、取りに戻ったらそこで殺人事件が起こっていて、さあ大変。メンバーはネオナチの皆様にグリーンルームに監禁されることとなります。

さて、そこからは、ヤバいことを見られてしまったからには、見たやつは殺してしまおう、しかもこいつらは俺たちのことを散々罵倒しやがったしな、という獰猛なネオナチの皆様と、威勢良く演奏はするものの、どう考えてもケンカは弱そうなパンクスたちとの戦いが始まります。非常にひねくれた見方をすれば、見知らぬ土地で狭い部屋に閉じ込められて、しかも強面のオニイサン方に監視されているという、そのシュチュエーションそのものが一番怖かったという気がします。あとの戦闘シーンは単なる付け足しだったような気もしますね。

ともあれ、武器もほとんどなく、人数も圧倒的にネオナチの皆さんの方が多い。こんな絶望的な状況の中でパンクスたちがどのような戦いをみせ、どのように窮地を脱するのかが、ストーリーの中核です。どんな結末を迎えるのかについて、興味のある方は、是非とも本編をご覧ください。個人的には拍子抜け、としか形容できないような結末が待っています、とだけお伝えしておきます。

一つだけ、お間抜けポイントを指摘しておきます。ネオナチは犬を放ち、その犬はパンクスの一人の喉笛を噛みきって死に至らせてしまうのですが、この犬が全然凶暴そうに見えない。なんの変哲も無い中型犬がじゃれついているように見えただけ。制作費が安いのは良く理解してるけど、せめてもっと外見だけでも猛々しい大型犬を用意できなかったのかよ、って突っ込んじゃいました。まあ、私は犬の種類に詳しいわけでは無いので、例えば「中型犬だが気性は荒く、熊などの大きな動物にも襲い掛かることを厭わない性質を持つ」という犬種だったと無理やりこじつけられなくは無いのですがね。もっと素人目にも強そうな犬を用意しろい!!

もう一つ。これは作品どうこうというよりは、単に借りてきた作品を観た順番による偶然なのですが…。一つ前の投稿で紹介した『ローガン』でかつての大超能力者チャールズを演じたパトリック・スチュワートがこの作品ではネオナチの親玉を演じていて笑えました。大昔、ピンク映画四本立てを見に行った際に前の作品で極悪人の強姦魔を演じていた大杉蓮氏が次の作品で颯爽とした刑事役で出てきて大笑いした時以来のキャスト激変ぶりでしたね。さっきまで、ボケ老人だったのに、今は超能力こそ使えないものの、冷徹なネオナチのリーダーって…。悪くはなかった「おまけ」でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-16 09:48 | エンターテインメント | Comments(0)

『ローガン』鑑賞

LOGAN/ローガン 2枚組ブルーレイ&DVD [Blu-ray]

ヒュー・ジャックマン,パトリック・スチュワート,リチャード・E・グラント,ボイド・ホルブルック,スティーヴン・マーチャント/20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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XーMENシリーズの10作目。ヒュー・ジャックマンがウルヴァリンを演じるのはこれが最後だそうです。

時代設定は現在より10数年先という近未来。ウルヴァリンはリムジンカーの運転手として働き、かつての仲間であるプロフェッサーXとキャリバンを養っています。数々の地球の危機を救ってきたスーパーヒーロー、ウルヴァリンがなぜこんな落魄の生活を送っているのか?もう25年もの間、ミュータントが誕生していないからでした。悪事をなすミュータントがいなければ、ヒーローのミュータントだっていらない。まさに狡兎死して走狗烹らるというやつです。

ちょっとひねくれた見方をすると、現代の核武装の張り合いへの皮肉と取れなくもありません。敵が強力な核兵器を持てば持つほど、自分たちはもっと強力な核兵器を持ちたいという欲求が高まる。しかしながら、敵がいなくなれば、核兵器いや武器そのものが存在価値をなくしてしまうのです。核軍縮だなんだいって会議が開かれたりしてますが、そもそも超大国と言われている国々がまず自分たちの保有する核兵器を廃棄しようとしない。だからインドとパキスタンみたいな小競り合いは起こるし、とある半島の変な髪型をした独裁者みたいな狂人が現れたりするのです。

話が逸れすぎました。存在意義を失ったミュータントたちは社会の隅でひっそり暮らすほど平和な状態だったのですが、その平和を喜ばない連中だってたくさんいます。この作品の場合それは軍需産業に従事する皆様です。彼らはかつてのミュータントたちの遺伝子を保存しておいて、人工的にその遺伝子を受け継ぐ子供を作り出し、殺人マシーンとしての教育まで施していたのでした。

で、ウルヴァリンは、その軍需産業の殺人マシーン養成施設から逃げ出してきたガブリエラという看護婦から、ローラという少女の保護を頼まれます。追いかけてくる軍需産業の殺し屋たちとウルヴァリンご一行との戦いがメインストーリー。

まあ、不利な状況の正義のヒーローが、苦戦を続け、仲間を次々と失いながらも最後には勝利するという古典的な勧善懲悪アクションヒーローものそのものです。その過程でローラがウルヴァリンの遺伝子を受け継ぐ「娘」であることが判明したり、ウルヴァリンをそのまま若い状態で再生したウルヴァリン2号が登場するなどのイベントが発生します。

この本家ウルヴァリンと、クローンウルヴァリンの戦いをもっと重点的に描いて欲しかった気がしますね。クローンウルヴァリンは、無理やり破壊衝動を埋め込まれて、命令通りに目の前の敵を殺戮しまくるだけ。これじゃターミネーターと変わりません。もっとクローンという特性上、遺伝子の作用をアヤにして別の展開を考えて欲しかった気がします。戦闘シーンそのものも短かったですしね…。

それに、ローラとその仲間たちが目指すエデンという楽園はコミック誌に掲載された架空の存在だったというのに、一般的常識を持っているはずの看護婦ガブリエラまでがその実在を信じて疑わなかったところがいかにも不自然でした。これも少々ひねくれて眺めると、逃げる際になんらかの希望を示してあげたかったからだ、と言えなくもありませんけどね。

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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-09 19:55 | エンターテインメント | Comments(0)

『恐怖・呪い面〜実話都市伝説』を読んだ

恐怖・呪い面~実話都市伝説 (TO文庫)

山口敏太郎/ティー・オーエンタテインメント

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都市伝説やら、怪談やら、UFOやら、世の中に跳梁跋扈する恐ろしくも不可思議な事象について数々の著作がある、山口敏太郎氏の怪異録。先日紹介した岩井志麻子氏の『現代百物語』などに比べると、より幽霊とか妖怪とか正体不明の存在寄りのオハナシが収められています。

山口氏は幼少の頃より、怪異現象に親しみ、小学生の時にはすでに「妖怪博士」というあだ名を奉られています。彼の元には様々な怪しいモノゴトが集まってきてしまうのです。通学途上の小川で死体を見つけて見たり(これは「実際の世界」の怖いお話ですがね)、銀色の大きな怪人に襲われてみたり、水洗便所から人の手首が出てきてみたり…。中学の時にはボーイスカウト活動の一環として参加したキャンプで、テントを張った河原で四国に広く伝わる「狗神」を作り出す際の残滓にまで遭遇したりします。

いやはや。私とこの方は同年代のはずなのですが、私自身は一度もこういう怪異に出くわしたことがありません。単純に暗闇が怖かった時代もありましたが、それも自分自身が勝手に恐怖していただけのこと。墓場の近くを通ろうが、廃屋の脇を通ろうが、怪しげな気配すら感じたことがないのです。幸運なのか、鈍感なのか?人々のココロに「恐怖」という感情を生じさせる過程や内容に非常に興味があるというのもおそらくは実体験がないからなのでしょう。

山口氏は某大手運送会社にも勤務していたことがあるそうで、その勤務先である支店には、建設の際に無理矢理移動させた稲荷の祠があったそうです。そして、その祠のすぐ脇には幹線道路が走っていたそうですが、よくこの祠のすぐ脇では事故が起こったそうです。その支店の場所というのは、以前当家が住んでいた場所のすぐ近くで、大体見当がつきます。私もよく自家用車でその近くを通った記憶がありますので、その話を読んだときは少し背筋がゾワゾワしましたが、結局その道路では私は事故を起こしていませんから、実害を受けてはいません。鈍感で助かることもあるんですね(苦笑)。ちなみにもう既に二度ゴールドで更新しています。全くのペーパーではなく、週に一度は必ず運転していますから、祟りを上回るドライビングセンスの持ち主なのだということにしておきましょう(笑)。

さて、この本の最大の怪異は標題ともなっている「呪い面」です。この面を人前に出そうとすると、必ずスタッフの縁者に大きな不幸が起こるのです。TV番組でも紹介され、その番組を観た小学生の間で「番組で呪い面を観た人物が次々死んでいく」という都市伝説が生まれ、恐怖を巻き起こしたそうです。

事実にせよ、偶然にせよ、単なる怪異現象の遭遇者であったはずの著者は怪異の「創造者」になってしまったというわけです。そうしたプロデュース力を買われ、青梅の妖怪町おこしや、柳ヶ瀬商店街のお化けイベントまで任されたりします。ついには怪しいものたちを利用して生きていくことになったわけで、一番怪しいのは山口氏自身なのかもしれませんね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-04 16:41 | 読んだ本 | Comments(0)

『現代百物語 不実』を読んだ

現代百物語 不実 (角川ホラー文庫)

岩井 志麻子/KADOKAWA

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イヤミスの第一人者であり、下ネタ連発のコメンテーターとしても名高い岩井志麻子氏の集めた怪異集。「不実」というサブタイトルがついた今巻はこのシリーズ9作目となるそうです。

ウソかマコトか、人外のバケモノか、それともバケモノと化した人間がなしたものなのか?人々の生活のスキマにポツリと発生した不可思議でちょっと背中がゾクッとするお話ばかり99編。題名は「百物語」ですが、100話全てを語り切ってしまうと、その後には必ずとてつもなく恐ろしいことが起こる、という伝承を踏まえ、話そのものは99編で止めた上で、最後は岩井氏のあとがきで締める、というのが定番の構成パターンになっています。

さて、このシリーズも9冊目ともなれば、明らかにパワーダウンしています。以前なら「あ、この話は本当に怖い」と思わせてくれるようなお話がいくつかは必ずあったのですが、今巻に関してはあっさりと最後まで読み進めてしまえた、という印象を持ちました。

一編、友人の彼氏と浮気してしまった女性が、その友人の追求をかわすために、苦し紛れに浮気相手はこんな女だと架空の人物像をでっち上げて友人に話したところ、そのでっち上げの人物像とぴったり合致する人物とその彼氏が本当に浮気をしており、友人はその女を殺してしまったというお話には興味を惹かれました。「科学的」に説明しようとすると、話の主は友人の彼氏から感じ取ったものを無意識のうちに蓄積していて、それを具象化した結果、実在の人物にぴったりとマッチしてしまったということになるのでしょう。自覚することのなかったストレスが、いつの間にか胃に穴を穿つように、男から感じ取った様々なものは話の主の中に静かに溜まっていき、具体的な像を結んでしまったということになります。

う〜ん、やっぱり不思議で怖いのは実在する人間ですね。

岩井氏はあとがきの中で、怪異が少しも怖くないという友人の話を取り上げています。その友人よると「所詮はワケのわからないものが物陰から覗いている程度のことで、実害はほとんどないんだから、怖がりようがない」そうです。これはまさに目から鱗が落ちる思いでした。そうそう、「不気味なもの」はそこら中に転がってはいますが、そのほとんどは無害なんですよね。たまたま、そういう不気味なものを感じることのできる人間が必要以上に想像力を膨らましてしまったために、聞いた人はその想像に対して恐怖してしまうのでしょう。更に言えば、聞いた人自身もその話に自分の中で勝手に尾ひれをつけて恐怖をことさらおおげさなものにしてしまっているだけです。「幽霊の正体みたり枯れ尾花」みたいなもんです。そう思ってしまいたい私がいるというのも事実なんですけどね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-10-28 17:00 | 読んだ本 | Comments(0)

なんだかんだで読んだ本のことばっかり書いてます。たまに映画、時々食い物とドライブとラグビー観戦。
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