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All About 身辺雑事

『ぼくのおじさん』鑑賞

ぼくのおじさん [DVD]

松田龍平,真木よう子,大西利空(子役),戸次重幸,寺島しのぶ/TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)

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私が敬愛する作家である北杜夫氏の同名の小説の映画化作品。原作の方は読んだ記憶があります。もう微かにしか記憶には残っていませんが…。

この小説の主人公は小学生の春山雪男。この少年の目を通して、父親の弟である風変わりな叔父さんの行動を描く、という体で物語は進みます。今時、兄の家族と同居するような弟、というような存在は稀有だと思いますが、これは大家族が当たり前であった北氏の幼少時代が投影された設定でしょう。北氏は実際に叔父や叔母などとの同居を経験していますし、映画の中のおじさんのモデルは米国(よねくに)さんという実在の人物です。ただし、その人物像には北氏本人のキャラクターがかなり色濃く反映されているようですね。ご自身がエッセイなどで書いている、ご自身の日常のエピソードがそのまま描かれていたりもします。

ちなみに米国さんというおじさんは少々変わり者ではあったようです。ただ、この方の奇行に関してはすでに私の記憶からは抜け落ちており、太平洋戦争の際に「米国」という名前が敵国と同じなので、色々とトラブルがあったというエピソードが少々引っかかっている程度です。

物語そのものは、大学に哲学の非常勤講師としての職を得てはいるものの、それ以外は常に部屋でごろ寝し、甥っ子が購読している少年漫画誌を読むのが最大の娯楽で運動神経も微塵もないおじさんがトリックスターとして様々な騒動を巻き起こすというもの。真木よう子演じるヒロインに一目惚れしてハワイまで追いかけては行ったものの、そこでもいいところを見せるどころかドジばかりという展開で少々笑わせた後に、最後は結構格好良く、少し切ない感情を観るものに惹起させるという、日本で一番ウケる筋立て(要するに寅さんパターン)です。

ええ?こんな話だったっけ?というのが鑑賞後の感想。人物像のへんてこりんさを表すエピソードについてはそれなりに覚えていたのですが、こんな「ユーモアとペーソス」を打ち出した物語って印象はありませんでしたね…。読んだのがすでに30年近く前ですから、結末については記憶の片隅にも残っていませんでした。

おじさんを演じた松田龍平はなかなかいい味出していたと思います。ただちょっと格好良すぎるかな。実際にどうかはともかく、運動神経が全く発達していない、という設定の役には少々違和感があるんですよね。今まで結構派手な役をやってきていただけに…。まあ、不恰好さをうまく演じていたとは思いますが。

思わぬ形で北氏にスポットライトが当たったのは喜ばしいことではありますが、これをもって北氏の小説を代表していると思われるとちょっとそれは違うよ、と言いたくなる映像化作品ではありました。ユーモア物なら『高みの見物』あたりが代表ではないかと思いますが、今のご時世で映画にはしにくい作品でしょうね。






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# by lemgmnsc-bara | 2018-02-04 18:33 | エンターテインメント | Comments(0)

『岳飛伝 13 蒼風の章』を読んだ

岳飛伝 十三 蒼波の章 (集英社文庫)

北方 謙三/集英社

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北方謙三氏の「大水滸伝シリーズ」のシーズン3である岳飛伝も13巻目。このシリーズは18巻までだそうですから、標題の書を入れて残り6巻。物語の収束に向けて、登場人物たちの動きが活発化してきました。

自由主義経済を基盤に現代の民主主義国家に近い民のあり方を模索する梁山泊第二世代と、旧宋国の栄華を取り戻そうとする南宋、そして長年の念願であった中間への進出を目論む金国の三勢力の直接対決が本格化してきました。

南宋は軍事部門の第一人者辛晃が、岳飛・秦容の連合軍に倒され、拠点となっていた景朧も同連合軍に占領されてしまったため、南アジアへの進出を一旦ストップし、改めて軍制を編成し直そうとしていますが、そこに金国が攻め込んできます。

しかしながら金国の王海陵王は、野心だけがでかい暗愚な君主でした。自らが出陣した戦いで、南宋軍に散々に打ち破られ、大河を渡る退却戦を強いられることとなります。ここで海陵王を救うのは叔父でもある将軍兀朮。兀朮は戦いこそが自分の求めるものだと宣言し、国の存続よりも戦いが優先するという自らの価値観をもって海陵王を突き放します。現代で言えば、本業を忘れて、いろんなことに手を出しまくっては失敗している若社長を、一言で黙らせてしまう創業者一族の傍流である専務といった役回りでしょうか。南宋、梁山泊(岳飛軍との連合軍含む)との戦いが厳しいことを承知して、おそらく自分はその戦いの中で命を落とすだろう、と予測し、しかもそれを望んでいるようです。

死に場所を探しているのは梁山泊第一世代の李俊と史進。李俊は南宋海軍の拠点である島を攻めている際に間一髪で生還し、相変わらず第二世代の人物たちへの思いと、梁山泊結成の際の志を強く意識し続けています。史進は相変わらず超人的な強さを誇ります。南宋にも金軍にも彼を打ち取れそうな人物はいません。コロリと病気で死んじゃうような退場のさせ方はして欲しくないのですがね。兀朮との直接対決を期待しましょう。

主人公岳飛は、秦容とともに甘藷糖を産物とする産業立国を着々と築き上げ、様々な地域との貿易で国を富ませていきます。軍を精強なものにする軍人としてだけでなく、為政者として、民の生活を安定させ、一人一人が自分の才覚で自由に生きられる世を作る、という志を小規模ながら実現しています。彼がもし中国の広大な土地を支配して、いまと同じような施策を打っていたらどのような国が出来上がるのかを見てみたい気もしますが、史実からいうと、そんな国は実現されていません。しばらくは他勢力との様々な分野での戦いが描かれることになるのでしょう。事態はますます混迷を深めるばかり。

次巻が待ち遠しいというのは毎回読後に最初に感じることなのですが、あと5冊でこの物語が終わってしまうのは惜しいという気持ちもだんだん「具体的」になってきましたね。






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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-25 15:34 | 読んだ本 | Comments(0)

『ねじ曲げられた「イタリア料理」』を読んだ

ねじ曲げられた「イタリア料理」 (光文社新書)

ファブリツィオ・グラッセッリ/光文社

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数年前にイタリア旅行に行って以来、当家は彼の国のファンとなりました。歴史上、世界に冠たる大国だった時代もあれば、ルネサンスという一大文化ムーヴメントを起こした国でもあります。現代においてもファッションを中心に様々な分野で世界をリードする国の一つですね。つい最近、サッカーW杯の連続出場記録が途切れて話題にもなりました。

そんなイタリアが、世界に対し大きな影響力を持つのが料理の世界。一般に世界団大料理といえば、フランス料理、中華料理、トルコ料理と言われていますが、人によってはその中の一つとイタリア料理を取り替えてしまう場合もあります(和食も同様の場合がありますね)。三大料理云々は別にしても、現在のフランス料理に対してイタリア料理が与えた影響というのが非常に大きいことは料理界の常識です。

ところで、イタリア料理といって思い浮かべるモノは一体どんなモノでしょうか?まずは多種多菜(あえて菜の字を使っています)なパスタ、同じくピザ、基本的な食材だとトマトにオリーブオイルってなところではないでしょうか。

表題の書の著者、ファブリツィオ・グラッセッリ氏は、これらの食材や料理は他国のものであり、「イタリア料理」として定着したのはほんの数十年ほどの間の出来事だ、という衝撃の事実を実例を挙げながら示してくれています。

トマトの原産国は南米だし、ピザがブームを経て、もっともポピュラーなファストフードの一つに定着したのはアメリカの方が先だったそうです。

なるほどねぇ…。ピザ屋トマトに対する、他の国々の人々の感情を知ったら、日本人がどこかの国のスシバーで、海苔巻きに衣をつけて揚げたものにスパイシーなソースとマヨネーズをたっぷりかけて食って「スシは美味い!!」ってのたまう時に感じる違和感と同じような感覚を持つのではないでしょうか?

最近のイタリアでは「スローフード」という考え方が提唱され、それが世界の「意識の高い人」の間でじわじわと広がりつつありますね。広まり方の是非はともかく、その土地土地の気候風土にあった生物を材料に作られる食事こそがその土地に住む人々には一番適しているはずで、ヨソで余計なエネルギーをかけて大量生産された「工業製品」のような食物を、これまた余計なエネルギーをかけて運んでくるよりは、人体にとっても地球にとっても優しいことだというのは事実です。日本にも「身土不二」という概念がありますが、それを実践しているのがスローフード運動だと言えましょう。イタリア人が「イタリア本来の料理」を取り戻すためには文字通り足下を眺めることから始めなきゃならないようですね。まあ、これはイタリアに限った話ではなく、日本も全く同じです。






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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-25 14:40 | 読んだ本 | Comments(0)

『教団X』を読んだ

教団X (集英社文庫)

中村 文則/集英社

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中村文則氏による超大作。氏の作品を読むのは芥川賞受賞作『土の中の子供』以来となります。ふたつの対照的なカルト教団の教祖とその信者たちの姿を通じて、現代社会に生きるおそらく全ての人々が常々疑問に思いながらも見て見ぬフリをしている、大きな問題に鋭く切り込んでいます。

物語はある教団に入信したと思しき女性を探す男性の描写から始まります。男が最初に訪れたのは「教団」とは呼べないような、緩やかな宗教サークルとでもいうべき集まり。この集団はそのメンバーに献金やら献身を強要することなく、死期の迫った老「リーダー」の講話を皆で聴く、というのが主な活動です。どのような存在を信仰の対象とするかは別にして、こうした素朴な寄合こそが宗教の原始的な、それ故純粋な形ではないでしょうか?様々な悩みを抱えた一般人が教祖の言葉に耳を傾けて、心が洗われたように感じてそれぞれの生活に戻る…。そこには一切寄付や苦役やらは登場しません。ただひたすらに生きていることを肯定し、そこに生じる苦しみにいかに対処していくかを人智を超えた存在の導きによって知る。理想的ですねぇ。世界の宗教が皆この形であれば世界の平和は保たれたままなのだと思いますが…。

一方で、タイトルともなっている「教団X」はヤバい方の典型です。外観上は普通のマンションながら各種装備を備え、武器も備えた施設に信者を集め、教祖はそこで武装した男性信者に守られながら、ハーレムを作り、女性信者を集めて酒池肉林の生活を送っています。この教団Xの教祖、沢渡という人物は、上述した牧歌的な宗教サークルから、多数の信者を引き抜いて教団を創設したという設定です。

沢渡は紛争地域に医師として赴いた経験があり、そこで感じた、この世にはびこる様々な矛盾を正すべく立ち上がったということにもなっています。

人の命というものが、それこそ虫ケラのごとく扱われるような事態を引き起こしたのは一体誰なのでしょう?発展途上にある国々の人民や資源を搾取して富を得ているのは誰?そしてそんなシステムを作り上げたのは誰?

やや、ステレオタイプな疑問の提示の仕方ではありますが、実体験に基づいた沢渡のこの問題に対する答えは信者たちの心に突き刺さり、強烈な信仰心を生むとともに、かなり先鋭的な思想を持つ集団として成長し続けています。

こうなると行き着く先は一つ。現世界の破壊と新秩序の確立です。信者たちは周到な計画を練ってテロを実行しようとします。

果たしてこのテロは成功するのか?そして主人公たる男性の探し求める女性の行方は?次々とたたみかけてくる後半部分の展開にはすっかり引き込まれました。作品の世界に引き込まれてみたい方はぜひとも本文に当たってみてください。

世の中には勝ち組と負け組とが存在し、負け組の方は、大なり小なり世の中がひっくり返って欲しいという願望を持っていると思います。負け組の不満が爆発寸前にまで高まっているときに、着火剤のような役割を果たす、沢渡のような存在がもし現れたら…。ヒトラー然り、IS然り、オウム真理教然り。世界は少なからず混乱し、大きく傷つくこととなります。

こうした不満分子に対する「景気対策」などのガス抜きには短期的にはそれなりに効果があるでしょうが、最終的には物事の根本を全て変えてしまわない限り、いずれまた不満は溜まっていきます。どこかでこの悪しき循環というか、イタチごっこを解消しなければならないとは思いますが、では具体的に何をどうする?と問われても、私には答えは到底出せそうにありません。教祖になるだけのカリスマ性も知識もない私としては、せいぜい、世の風潮に流されないように、不貞腐れて世の中を眺めるくらいのことしかできませんね。








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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-25 11:04 | 読んだ本 | Comments(0)

『メジャーリーガーの女房〜ヨメだけが知る田口壮の挑戦、その舞台裏〜』を読んだ

メジャーリーガーの女房 ~ヨメだけが知る田口壮の挑戦、その舞台裏~ (マイコミ新書)

田口 恵美子/毎日コミュニケーションズ

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現在オリックスバファローズの二軍監督を務める田口壮氏の妻、恵美子氏のエッセイ集。題名通り、メジャーリーガーの妻としての日常を生き生きとした筆致で描き出しています。

壮氏はアメリカには渡ったものの、メジャーに完全に定着していたわけではなく、マイナーとの間を行ったり来たりする、日本で言うところの一軍半、あるいはエレベーター選手、という立場にいることが長かったですね。そしてその立場はまさに天国と地獄を行ったり来たりするようなもの。チャーター機を仕立てて移動するメジャーに対し、マイナーはオンボロのバスに揺られての長旅続きとなります。食事もメジャーなら専属のコックに豪華なものを用意させますが、マイナーは自費でハンバーガー程度のものを買うことができる程度。厳しい環境ですな〜。

選手もシンドイけどその家族もシンドイ。所属する球団や、グレードが変わるたび引越しを余儀無くされるし、その引越しの際の移動手段も大抵自分で運転する自動車。引越し先では住環境に慣れることから始まって、チームメイトの家族との人間関係なども一から全て再構築しなければならない。そんな事態が長くても数ヶ月に一度、短い場合は一月に満たない期間で発生したそうですから、その煩わしさたるや、考えるだに恐ろしい。

さらに、女房としては壮氏のコンディションづくりを第一に考えなければならないわ、一粒種の寛君を懐妊するわ、実父の死去も重なるわで、私なら到底耐えられなかったであろう日常です。

恵美子氏もある日突然カラダが全く動かなくなるという、典型的なうつ病に襲われてしまったそうです。彼女にとって幸いだったのは「真性うつ」であったこと。きちんと休養を摂って薬を飲んだことで症状は寛解に至ったそうです。現在でも薬は手放せないそうですが、壮氏をはじめとする家族の支えも大きな力になったでしょうし、メジャーリーガーの女房仲間からのサポートも強力だったようです。

異国の地で暮らす本音の厳しさとともに、日米の文化の差異がはっきりと感じられる見事な「比較文化論」になっていたと思います。日本の場合、記録のかかった試合や引退試合など、特別な場合にしか家族を球場に呼ぶようなことはありませんが、米では毎試合観戦して一緒に戦うのが当たり前。球場には選手の家族専用の託児所もあるし、家族用の観戦シートも常設されているそうです。そこで知り合った女房仲間とは独自のネットワークが形成され、選手が他球団にトレードされた際も、そのネットワークが様々に選手の家族をサポートする。多民族の集まった国家であり、またトレードが日常茶飯事である彼の国ならではでのシステムですね。

球界関係者だけでなく、今後海外で暮らす機会があると予想される人にとっても役に立ちそうな一冊であるように思います。






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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-21 10:08 | 読んだ本

『虎に食われた男』を読んだ

虎に食われた男

藤本義一/幻戯書房

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故藤本義一氏の阪神タイガース賛歌。日刊スポーツ紙上に連載されたものを単行本化したもの。どこかの大きな書店でバーゲンブックとして叩き売られていたものを「救出」。

藤本氏といえば、私にとっては作家というよりは『11PM』の司会者という印象が強い方です。中学生当時、親が起きてくるのを警戒しながらエッチな画面にドキドキワクワクしていた身としてはどうしてもイヤラシイおじさまというイメージを持ってしまいましたが、実は私は藤本氏の作品を読んだことがありませんでした。

藤本氏初体験のこの作品の主人公は、阪神タイガース私設応援団の創設に深く関わり、その団長を務めたこともある松林豊氏。この方、タイガースを応援するためなら全国どこにでも行くという筋金入りのトラキチで、そのために安定した公務員という職を捨て、順調に拡大しつつあった事業も手放したという人物です。

ストーリーは連載当時、低迷を極めていたタイガースの実像にちらりと触れてから、終戦直後のダイナマイト打線の回顧へと進んでいきます。ちなみに、私が敬愛する北杜夫氏も熱烈な阪神ファンでしたが、彼が阪神ファンとなったのはこのダイナマイト打線に魅せられたからだそうです。

リアルタイムと過去を行き来しながら、タイガースという球団がどのような性格を持ち、どのように変貌して来たのかを描き、同時にトラキチである松林氏の生き様と、日本社会全体の戦後からの復興と平成の世に入ってからの動向を描いています。一つの球団を物語の核に据え、人間の人生と社会の変遷を描いた見事な「時代小説」と言って良いと思います。

オハナシの最後は昭和60年、超強力打線を有したタイガースが日本一の栄冠をつかんだところで終わっています。バース、掛布、岡田の甲子園バックスクリーン3連発はもはや伝説と化していますね。この三人に、俊足と長打力を兼ね備えたリードオフマンの真弓を加えた打線は、日本球界の歴史の中でも屈指の存在でした。日本シリーズの相手は全盛期の西武ライオンズでしたが、管理野球だの戦術だのといった、小やたら難しい野球を強力打線で粉砕してつかんだ日本一は、野球の面白さの一つの原点でしたね。四の五の言おうが、どんな小細工をしようが、最終的に良いバッターが額面通りに打てば勝つんだよ、という野村克也氏あたりが聞いたら卒倒しそうな世界観の野球を実現しちゃいましたからね。

さて、平成の世も末となった先シーズン、タイガースファンの多くは歯がすり減ってしまうくらい歯噛みしたのではないかと思います。大差をつけられてリーグ優勝には届かず、本拠地甲子園でのクライマックスシリーズでDeNAに下克上を許してしまいましたからね。最後の最後で詰めが甘い、という体質だけは確かに継承されているようです。






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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-13 07:40 | 読んだ本 | Comments(0)

『劇場版 お前はまだグンマを知らない』鑑賞

劇場版「お前はまだグンマを知らない」[DVD]

間宮祥太朗,吉村界人,馬場ふみか/バップ

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私が高校生くらいの頃、とあるラジオのクイズ番組でとあるタレントに「群馬県の県庁所在地はどこ?」という問題が出されました。そのタレントは自信満々で「宇都宮!」と絶叫し、私は吉本新喜劇ばりに思いっきり椅子の上から滑り落ちたのを覚えています。おそらくその時群馬でその番組を聴取していた家々では口々に「前橋だんべに!」「何言ってんだんべか、このバカは!!」「常識の問題だいね!!!」みたいな言葉が飛びかっていたと思います。

この傾向は今に至るまで変わりません。少し前まで群馬県は日本の都道府県の中で最下位の認知度を誇っていました。それに比例して人気度もワースト。近年ようやく茨城県にワーストの地位を譲り渡すことができましたが、お世辞にも人気が高い県とは言えない順位に甘んじています。のみならず、ネット上では日本最大の秘境として全国津々浦々からからかわれる始末。ま、愛情の反対は憎しみではなく無関心だということですから、まだ関心を持ってもらっているだけマシなんでしょうけど(苦笑)。

手前味噌になりますが、群馬っていいところなんですよ。米も麦も穫れるし、絹糸や絹織物といった、一時は日本を代表する輸出品の一大生産地でもありました。草津、伊香保、四万など有名な温泉も多いし、首相だって四人も輩出している。多少風が強くて乾燥度合いは高いですが、平野部の冬は雪も降らないし、それほど寒いわけでもない。雪の深い山沿いは温泉とセットになった有名なスキー場もたくさんある。東京の奥座敷的な機能を十分に果たしこそすれ、からかわれるいわれはないんですけどね…。

さて、標題の作品はからかわれる存在としてのグンマを逆手にとってヒットしたコミックをドラマ化したものの劇場版です。元々がギャグマンガだけにかなり大げさにデフォルメされてはいますが、概ね群馬県人の特質は描けていると思います。上毛かるたの条りなんかはゲラゲラ笑っちゃいました。両名ともにグンマネイティブの当家は、例えばドライブ中の眠気防止の策として上毛かるたを「あ」から順に言っていく、という遊びをやったりします。思い出せそうで思い出せないフレーズに当たったときのもどかしさと言ったら…。大抵は「○農船津伝次平」って句で落としちゃいますが…。ちなみに正しくは「老農船津伝次平」という句で、絵柄はこんな感じです。
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伝統的な農法に西洋式の農法を取り入れた「混合農法」の第一人者として、東京帝大で教鞭を執ったこともあったそうです。へぇ〜、そんな優秀な人だったんだ、初めて知ったな(笑)。単純に絵柄と「老農」などという耳慣れない言葉のインパクトで百人一首における蝉丸禅師的な扱いをしてました。何度この句で落としても笑っちゃえるんですよね。この辺はグンマネイティブでないとわかりづらい感覚かもしれません。

ネイティブグンマーとしては世間の人々の目に映っているグンマと実像とのギャップを楽しめた作品だったように思います。

一つだけ新しい発見が。主人公は高校生で、千葉から転校してきたという設定なのですが、高校の授業で「群馬の3B」というのが紹介されてました。BOØWY、BUCK-TICK、Back Numberというのがその3Bたちなのですが、最近結構目にすることの多いBack Numberというバンドが群馬出身者たちだというのを初めて知りました。ちなみにBUCK-TICKのリーダー今井氏の父君と私の父親は高校の同級生だったりします。






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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-06 10:55 | エンターテインメント | Comments(0)

『拝み屋怪談 逆さ稲荷』を読んだ

拝み屋怪談 逆さ稲荷 (角川ホラー文庫)

郷内 心瞳/KADOKAWA/角川書店

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宮城県で「拝み屋」を営む郷内心瞳氏の「ライジング」編。郷内氏が幼少期から体験してきた様々な怪奇現象を中心に紹介するとともに、なぜに氏がこの道を選んだのかについて書かれています。

氏はひい婆様、父方の祖父母、両親、本人と弟と妹が一人づつの計8人の家族でした。このひい婆様は一風変わった方で、神仏を一切信じないばかりか、仏壇や神棚を他の家族が拝んでいるとその側で聞こえよがしに神仏を罵倒するという奇行に及びます。

普通は歳をとればとるほど信心深くなると思うのですが、この方は全く逆。そしてこのひい婆様によって起こされた怪異も多々あったそうです。そして最後の最後に非常に君の悪い事態がこの家族を襲います。その怪異の中心人物はやっぱりこのひい婆様でした。

氏は、ひい婆様が引き起こした怪異を取り除いた拝み屋に師事し、拝み屋としての修行を積むこととなります。

私は本書も含め氏の作品は二作しか読んだことがないので、彼の拝み屋としての活躍については詳しくは知りません。まあ、私はどこに行こうと霊とか狐狸妖怪の類を「感じた」ことは一切ありません。感じなきゃ感じないままの方が幸せなのかもしれませんね。知らないうちに祟られているのでは?という恐怖は感じざるを得ませんが、これは何もあやかしの皆様に限ったことではありません。

拝んでもらったら鬱が治るっていうのならすぐにでもすっ飛んでいきたいと思いますが、まあ今後とも氏に拝んでもらうような事態は発生しないだろうと高を括っております。






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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-06 09:46 | 読んだ本 | Comments(0)

『審判は見た!』を読んだ

審判は見た!(新潮新書)

織田淳太郎/新潮社

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スポーツライター織田淳太郎氏によるプロ野球審判のルポルタージュ集。

野球というスポーツにはルールが存在し、そのルールに照らして様々な判定を行うのが審判員。目立たないというより、目立ってはいけない存在ですが、彼らがゲームに及ぼす影響は大きいですね。小はボールストライクの判定から、大はホームランか否かの判定まで。塁上のクロスプレーあり、非合法すれすれのプレーあり、コースギリギリを変化してかすめるボールあり。千変万化の状況下で正しい判断を下さねばならず、しかも正しく判定することが最低条件で、ミスジャッジでもしようものなら、不利な判定をされたチームの選手、監督、コーチはもとより応援団やマスコミからも叩かれまくります。本書の冒頭には判定に激怒し暴徒化したファンに追い詰められ、とっさの機転で文字通り命からがら球場から逃れたエピソードが紹介されています。珍プレー好プレーを紹介するTV番組などでは監督やコーチが審判に詰め寄ったり、ひどい時には暴行を受けやりするシーンまでがコミカルに特集されたりしますが、本人たちにとっては笑い事ではすみませんね。

本書では球史に残る名(迷?)判定の数々を取り上げ、それに携わった審判員たちを描くとともに、判定によって起こった騒動前後のエピソードや、審判員の「人気度」、年収など様々なウンチクが散りばめられています。

中でも強く私の印象に残っているのは、1978年の阪急vsヤクルトの日本シリーズ第七戦、大杉選手の打球のジャッジを巡る騒動ですね。ファールを主張した阪急上田監督の抗議は1時間19分もの中断を招き、時のプロ野球コミッショナーまでが説得に出張るという大混乱を巻き起こしました。結局判定は覆らず、ヤクルトは初の日本一という栄冠を手にします。文字通り球史に残る疑惑の判定でした。

常に過度の緊張下に置かれる審判員は胃を中心とした内臓系の重篤な病に犯されることが多いようで、数多の方々が「えっ?そんな年で??」と驚かされるような若さで亡くなっています。ビデオ判定が導入されたり、コリジョンルールなんてものが出現したりで審判の判定がしやすくなるのか、それともより混沌の度合いを深めるのかわからない状況下にあります。彼らのストレスは軽くなるどころか、ますます重くなっていきそうですね。






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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-06 08:03 | 読んだ本 | Comments(0)

’17〜’18シーズン観戦記2 サンゴリアスvsグリーンロケッツ(TV観戦)

今シーズンのラグビー観戦記其の二は遅ればせながら一ヶ月ほど前に行われたサンゴリアスvsグリーンロケッツの一戦。

ほぼベストメンバーのサンゴリアスに対し、グリーンロケッツは昨年のメンバーから日本代表経験のある田村、村田が抜け、かつ、キャプテンでムードメーカーである瀧澤を負傷で欠く状態。新外国人に有力な選手が多いとはいえ、サンゴリアス優位は動かないだろうというのが戦前の私の予想でした。

ところが案に反して序盤から攻め込んだのはグリーンロケッツ。サンゴリアスのお株を奪う波状攻撃でサンゴリアスのゴールラインに迫ります。攻めの勢いそのままに開始早々PGのチャンスを得ました。ここでグリーンロケッツが先制していれば面白かったのに、というのがこの試合最大のタラレバ。

グリーンロケッツのPG失敗後はサンゴリアスのアタックの時間が長く続きます。しかしながらこの日のグリーンロケッツのディフェンスは非常にしぶとかった。ワイルドナイツほどの力強さはないものの、接点でのファイトで互角に渡り合えていたため、サンゴリアスの攻撃陣になかなかゲインラインを切らせない展開が続きます。

実はグリーンロケッツはサンゴリアスにとっては苦手な部類の相手です。相撲でいうところの取り口の相性が悪いとでも言いましょうか、サンゴリアスの方が常にリーグの上位にはいるし、リーグ優勝も何度も果たしているのですが、トップリーグ発足後の17回の対戦成績はサンゴリアスの10勝6敗1引き分と、実績に比して思ったほどの勝敗差はありません。

グリーンロケッツは接点でとにかくしぶとくファイトしてサンゴリアスの攻撃を寸断し、あわよくば相手ボールを奪って逆襲するというのがその戦法です。ゆえに接点でのファイトで上回る場合はロースコアのゲームとなり、グリーンロケッツのペースに持ち込めるのです。例えばエディー・ジョーンズ監督の初年度には日本選手権を制したサンゴリアスをリーグ戦の直接対決で破っているし、’01年の日本選手権決勝ではグリーンロケッツ陣ゴール前の密集でサンゴリアスのボールを奪い、そのままトライを奪って優勝を果たしています。

この試合も、そうしたサンゴリアスの負け試合と同じような展開をたどっていました。攻めている時間は圧倒的に多いサンゴリアスですが、なかなか得点に結びつかないのです。サンゴリアスの方に細かいミスが少なからずあったというのも事実ですが、ミスにつながる焦りを誘発したのはグリーンロケッツの接点での飽くなきファイトだったように思います。

それでも前半はサンゴリアスのリードで終わりましたが、後半開始直後からはグリーンロケッツが試合の主導権を握り、いい流れでトライを奪いました。そのままの勢いでPGなども絡めて一時は1トライ1コンバージョン差まで迫りました。プレーのほんのちょっとしたアヤで勝敗の行方が左右される競った状態が長く続きました。

グリーンロケッツがついに最後まで追いつけなかったのは、ゴールキックの精度がやや低かったことと、肝心のポイントでミスが出たことです。守りに力を注いだ分、攻めに転じた時にスタミナ切れを起こしてしまうのか、ノックオン、スローフォワードなどのミスが続き、文字通りみすみすチャンスを自らの手で潰してしまっていました。プレッシャーのかかる場面でいかに正確にプレーするかはプレーヤーたちの永遠の課題であるが、その課題を解決できなかった典型的な一戦だったと思います。

サンゴリアスは苦しみながらも、勝ったことが大きい。この後のリーグ戦では神戸製鋼、東芝(どっちも本業が危ういですね 笑)といった強豪と当たりますが、この一戦の苦戦を糧に修正していっていただきたいものです。その先にはパナソニックとの対戦が控えています(いるはずです)。

パナソニックの守備はこのゲームのグリーンロケッツのそれをはるかに上回りますし、BKもグリーンロケッツにはかけていた決定力を持ち合わせています。そのディフェンスを打ち破ることなしには日本選手権を手にすることはできませんし、日本ラグビーの進化もありません。








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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-06 06:24 | ラグビー関連 | Comments(0)

『岳飛伝 12 飄風の章』を読んだ

岳飛伝 12 瓢風の章 (集英社文庫)

北方 謙三/集英社

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岳飛伝も全18巻の2/3となる12巻目に突入。今巻では復活を期す南宋と梁山泊・岳飛連合軍との直接のぶつかり合いが描かれます。

まずは海戦。新しい拠点から梁山泊の輸送船団を襲い続けていた韓世忠と、本来の水滸伝の続編、水滸後伝では主人公となる李俊との文字通りの直接対決が描かれます。軍全体の指揮官から水軍の一将校に降格されたことにより傷ついたプライドと意地をぶつけてくる韓世忠と、後継者が続々と育っていくことに喜びを覚えながらも、自らの肉体の衰えといまだに達成できていない「替天行道」の志に関して忸怩たる思いを抱いている李俊との屈折対決が前半最大の読みどころ。結果は書きませんよ、本文を読んで欲しいから(笑)。

後半は小梁山の指導者秦容と岳飛の連合軍対第一人者辛晃率いる南宋軍との激突。景朧という要衝地の城砦をめぐって、両軍が総力戦を繰り広げます。久々に北方氏の描く、血の臭いまでが漂ってくるような戦闘シーンが堪能できます。

中でも小梁山のリーダーとして「政治」に携わり続けてきた秦容の「軍人返り」とでも言うべき活躍が凄まじい。父秦明から受け継いだ狼牙棍を手にするや、まさしく鬼神の如く敵中に突進してあっという間に数十人の敵兵を血の海に沈める大立ち回りを見せつけます。ワンマンアーミーというか、リーサルウエポンというか、彼一人が敵陣に突っ込むだけで戦況がガラリと変わってしまう鬼神のような荒武者ぶり。

こんな奴を敵に回す戦いをせざるを得ない南宋軍に同情せざるを得ないほどの描かれ方です。

この戦いによって主力軍の兵数を大きく損じ、また有力な武将を数々討ち取られ、要衝である景朧を抑えられた南宋は今後どうなっていくのか?梁山泊の快進撃は続くのか?今巻ではおとなしかった金国の動向は?そして主人公岳飛の命運は?ますます興味の尽きない展開です。毎度のことながら次巻が待ち遠しい。







第2回プラチナブロガーコンテスト



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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-04 07:13 | 読んだ本 | Comments(0)

『死小説』を読んだ

死小説 (幻冬舎文庫)

福澤 徹三/幻冬舎

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恐怖をテーマにした作品の多い福澤徹三氏の短編集。タイトル通り「死」を扱った作品ばかりが収められています。

人はいつか必ず死を迎えますが、その死に様は人それぞれ。事故や急病で突然の死を迎えることもあれば、植物で、長く「生かされている」ケースもある。美人薄命、憎まれっ子世に憚るなんて言葉もありますし、自ら死を選ぶ人の数が長い間3万人を超え続け、社会問題化したなんてこともありました。

医学的、法学的には脳死や心臓死なんて分け方もありますし、倫理的、哲学的には認知症にかかって「ワケがわからん」状態になってしまった人も固有の人格としては「死んでしまった」状態と言えるかもしれません。

いずれにせよ、死とは生命活動が停止し、それまで意思を持っていた「人間」がただの物質に変化してしまった状態であると言えます。

しかしながら、果たして今の今まで、その人の「人格」として存在していたモノはきれいさっぱりと消えてしまうものなのでしょうか?

そんな素朴かつ強力な疑問により、死および死後の世界というものは常に強く意識され、様々な想像から様々な物語が描かれてきました。

残念ながら私にはまだ死を強烈に意識するような出来事は起こっていません。父や祖母、大叔母などの葬式の際にはそれなりの感慨と悲しみはありましたが、それだけ。いわゆる霊感とか言われるものも持ち合わせておらず、それゆえ幽霊にも出くわしたことはありません。もっとも、現在の私の身の周りの状況が何らかの存在による祟りだと言われてしまえばコロッと信じてしまうかもしれません(笑)。

本文に関係なく、自分自身の「死」というものに対しての印象をずらずらと並べてしまいましたが、読み手に「死」というものの実感と得体の知れなさを強く意識させることには成功していた一冊であったように思います。霊魂やら妖怪の実在を信じるまでには至りませんでしたがね。






第2回プラチナブロガーコンテスト



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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-03 17:26 | 読んだ本 | Comments(0)

『会津春秋』を読んだ

会津春秋 (集英社文庫)

清水義範/集英社

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ブロ友の皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

新年一発目の投稿は、昨年読んでおいたものの感想から。パスティーシュ小説の第一人者にして、教育関連の本も多い清水義範氏のど真ん中の時代小説です。幕末に生きた二人の武士の姿を通じて、人間の運命の不安定さと、その中でも変わらぬものがあるということを描いた、青春小説としての一面も持ち合わせた作品です。

主人公は会津藩士、秋月新之助。彼は後年京都守護職となる松平容保の近習として、その幼少時から生活をともにしてきたという設定になっています。17歳の彼は佐久間象山が主宰する軍事教育の学校に通っているのですが、そこで知り合うのが終生の友となる橋口八郎太。彼は薩摩藩士で、新之助とはお互いに数学が苦手であることから意気投合。その親は徐々に厚い厚い友情へと変化していきます。

数学ができないもの同士、慰めあったり、同じ女性を好きになってみたり。舞台をそのまま現在に持ってきても十分通用する高校生の青春小説そのものです。そして江戸の世がそのまま続いていれば、二人はそのまま親友として生きていけたことでしょう。

ところが時代は幕末です。昨日勤王、今日佐幕。時代の波のうねりは二人のみならず日本の国民全体に大きく影響を及ぼしましたね。

最初は長州という共通の敵を撃退するために手を組んだ会津、薩摩の両藩ですが、世間の情勢が刻々と変わる中、坂本龍馬(彼もこの二人の同窓生として物語中に登場します)らの奔走により、薩長同盟が成り立った後は、会津藩は薩摩のみならず日本全国を敵に回す賊軍となってしまいました。

維新後、旧薩摩藩の有力人物西郷隆盛を担ぐ人々が起こした西南の役では八郎太が朝敵となり、新政府で警官となっていた新之助はその征伐に参加することとなります。地震や津波が人々の暮らしの全てを猫すぎ奪ってしまうのと同様、世の中の大きな動きってやつも、個人の価値観など軽々と凌駕し、それを根底からひっくり返してしまいます。

そんな、まさに一寸先は闇の時代の流れの中にあっても二人の友情は変わりません。お互いに、敵陣に変装して乗り込み、友としての関係に変わりがないことを確かめ合うエピソードが描かれています。人の心は強いようで弱いし、弱いようで強い。

今の自分に命を賭してまで会いにきてくれる友がいるだろうか?あるいは自分が命を賭けて会いに行きたい友はいるだろうか?単なる青春小説の枠には止まらない、深い深い命題が読み手の前に突きつけられます。その問いに関する答えを見つける、あるいは見つけようと考えてみることこそがこの本の本当の味わいなのではないでしょうか。





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# by lemgmnsc-bara | 2018-01-03 08:09 | 読んだ本 | Comments(0)

2017年私的十大ニュース+漢字1文字

毎年恒例のこのネタ、本来はもっと早く投稿しようと思っていたのですが、年の瀬のどん詰まりまで引っ張ってしまいました。ひとえに怠惰のなせるわざです。言い訳はランキングの中でたっぷりとさせていただきますので、早速カウントダウン方式で行ってみたいと思います。

第10位 新技術につぎつぎ触れる
現在、車両関係の仕事をしており、その関係で、様々な自動車会社及び関連企業と取引をしたり、提案を受けたりしています。で、今年は自動ブレーキと水素自動車を実体験しました。自動ブレーキについては、助手席に乗っていだだけですの、今ひとつ実感に欠けました。結局は自動で止まったのか、運転者がブレーキをかけたのかがわからないままなので、テストコースに出て、障害物の前でブレーキテストをしたのと変わりません。こればっかりは自分が運転席に座らないと実感できませんね。水素自動車の方は、エンジン音が全くしないのでこちらも運転しているという実感が湧きません。まあ、普通の車を運転しているのと全く変わらないので、今の所は高い金を出して買うほどの価値があるとは思えませんね。燃料の補給インフラも整っていない状態ですから。

第9位 ジャイアンツ不振
今年は何と言っても13連敗が全て。原因はとにかく打てないこと。阿部自身がシーズン後のインタビューでも語っていた通り、彼がいまだに四番を打っている打線は明らかに迫力不足。阿部を6番とか代打の切り札として取っておくくらいの余裕がないといかにも苦しい。とはいえ若手は伸びてこない現状では、外国人か、FAでの補強に頼るしか即効性はありません。とりあえず、来シーズンはゲレーロに頑張ってもらって、その間に岡本と吉川にレギュラーの座をつかんでほしいと思います。あとは不祥事しか目立たなかった山口俊にもしっかり実績で償ってほしいところです。

第8位 断捨離進行中
今年は発想を変えて、捨てるものを決めるのではなく、取っておくものを決めて、それ以外は全て捨てる(売る)ことにしました。この方針転換により、まず本棚の本がかなり減りました。服も同様の方針で臨みはしたのですが、ラグビージャージの類がどうしても捨てられないし、ついつい衝動買いまでして増やしてしまう始末。まだまだ道はなかばです。最近最も熱心に取り組んでいるのはDVDやBlu-Rayに録画した映像のH D Dへの移行。こちらもまず目先の番組を録画する方に重心が置かれてしまうので、歩みはのろいのですが、それでも100枚以上はディスクを処分しました。でもまだ「在庫」は数百枚はあります…。

第7位 無理矢理な衆議院選挙強行さる
どう考えても安倍首相のスキャンダル隠しのための無理矢理総選挙。そこにつけ込めない野党は自民党以上に情けない。何がどうなったのかよくわからない「好景気」でまだまだ安倍一強は続きそうな気配ではあります。すっかりモリカケ問題はどこかに飛んじゃいましたね。

第6位 金正男暗殺事件
私はこの方に外見がよく似ていると言われました。実際にちょっと眩しそうな目をして少し首をひねった顔(東京ディズニーランドに密入国して捕まったときに取られた映像としてよく使われてたやつです)は自分でもよく似てると思います。そんなわけで、親しみを感じざるを得なかったこの方の暗殺による死去は少々ショックでした。身近な邪魔者をどんどん粛清している変な髪型の独裁者氏は数カ月ごとに花火を打ち上げては世間の耳目を集める「かまってちゃん」ぶりを遺憾無く発揮してますな。

第5位 二十四時間のジムへ鞍替え
会社の法人契約の関係で、今までメインに通っていたジムが使えなくなったので、個人的に某二十四時間営業のジムに鞍替えしました。これだと、早朝や深夜など従来は利用できなかった時間にも利用できるので、大いに活用しようと思ったのですが、後述する怪我や体調不良などのせいでそのアドバンテージを十分に活用できているとは言い難い状況です。特に年末の二ヶ月は週一もいけてない状態。金の無駄遣いになっちゃってます…

第4位 ジャパンvsアイルランドのテストマッチを生観戦
6/24に味スタで生観戦しました。東京都の招待企画に応募したら運良く当たったんです。もしかすると、これで、今年の運は全て使い切ってしまったのかも…。試合は典型的なジャパンの負けパターン。速さで相手を崩せず、相手には個々のフィジカルの強さで前進を許すという展開に終始しての敗戦。2019年に向けての不安材料を露呈しました。その後秋のテストマッチではトンガに勝ち、フランスとは史上初の引き分けに持ち込むなど、進歩の跡はうかがえるかな、という一年でした。

第3位 TMS治療と11月からの体調不良
男性更年期なのか、何か内臓系に疾患でもあるのか、11月中頃から、体調がぐずぐずと悪い状態です。体調が悪いと、気力も湧かないので、前述した通りトレーニングにはいけないわ、文章の方の活動もさっぱり進まないわ、会社の仕事には前にも増してやる気が起きないわで、それらを総合して自己嫌悪に陥っては、さらに心身の状況が悪化するという悪循環にハマっております。以前に飲んでいたサプリを復活させたり、キョーレオピンを飲んでみたり、ニンニク注射を初体験してみたり、と色々試してはいますが、今ひとつパッとしません。夏頃はTMS治療という頭蓋骨に電磁波を当てる治療法でそこそこココロの方は元気ではあったのですがね。TMS療法は保険が効かないので費用が馬鹿高い。夏季のボーナスの半分がこいつのために吹っ飛びましたが、それだけの金をかけてもこの程度じゃねぇ…ってな感じで終わりましたかね。

第2位 シニアチーム本格参戦後初のシーズン
こちらも夏頃まではそこそこ参加できていたのですが、10月の天候不順でかなり試合が中止になり、ようやく試合ができた11月には古傷である左膝にダメージを受け、残りシーズンは全休という状況。整体に通ったりはしてますが、完調には程遠く、まだ試合ができる状態ではありません。しばらくはトレーニングもできない状態だったりもしました。そろそろリハビリを兼ねて、軽いトレーニングは始めなきゃ、と思いながらもなかなか果たせずにいます。

第1位 初めて『第9』を歌う
ひょんなことから女房殿と一緒に第9を歌う催しに参加しました。私は第一テナーを志願したのですが、いや、この曲非常に難しい。メロディーラインもドイツ語もとにかく難しく、本番までになんとか覚えて無理矢理歌いきったという感じでしたね。でもさすがはベートーベン。メロディーはしっかり頭に残り、また別の催しに参加することにもなっちゃいました。来年2月の本番に向け鋭意練習中です、と言いたいところですが、結構サボっちゃってますね、公式練習。長い年月、人々に受け入れられ続けている作品の凄みみたいなものを垣間見られたいい機会でした。古典というもに改めて向き合ってみたいと感じさせられた出来事でもありました。

今年の漢字は『滞』です。何しろ、いろんなことが前に進んでいません。特に健康な体作りと文章書きは早急に取り組まねばならない課題です。

来年はなんとか全てが進む年にしたいものです。

ブロ友の皆様、今年も色々とお世話になりました。来年もどうでもいいお話をつらつらと書き記していく所存でございますので、よろしくおつきあいのほどお願い申し上げます。良いお年を。







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# by lemgmnsc-bara | 2017-12-31 08:21 | 雑談 | Comments(2)

『はじめての古寺歩き』を読んだ

はじめての古寺歩き (角川文庫)

井沢 元彦/KADOKAWA

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歴史に関する著述の第一人者の一人である井沢元彦氏による古寺巡りのガイド本。歴史と宗教の関わりをメインテーマにしている井沢氏の寺に関する知識を惜しげも無く提供してくれています。

拝観のポイントはズバリ三つ。仏像、建築、庭園だそうです。

恥ずかしながら、私はこの本を読むまで、仏の名称による違いを全く分かっておりませんでした。

仏は如来、菩薩、明王、天の四種類あるそうです。

如来は、仏教の中では全能の神たる最高の存在。薬師如来や阿弥陀如来なんてのが思い浮かびますね。その中でも至高の存在が大日如来。原語では大きく光り輝く仏という意味となり、それを意訳したものが大日如来となるわけです。太陽信仰にも結びつきがあるような気がしますね。いやー知らなかったなぁ。

菩薩は如来を目指して修行中の仏であり、人間と如来の中間という概念の存在です。如来よりも人間に近い分、人間の悩みや苦しみに寄り添うことができるという性格を付与されています。観音菩薩が代表的ですね。

明王と天というのは、元々ヒンドゥー教の神だったものを仏教に取り込み、守護神という性格を付与されたもの。明王といえば何と言っても不動明王がまず思い浮かびますが、この不動明王というのは大日如来が悪を懲らしめるために姿を変えて出現した姿と解釈されているそうです。なるほど、仏像で表されているのは憤怒の形相とスーパーマッチョな体型に、炎を纏いつかせた姿です。悪魔ならずとも近寄りがたい雰囲気ですね。

天は、寅さんの口上にも出て来る柴又の帝釈天がおそらく一番有名でしょう。その他には七福神の一人として人口に膾炙している弁財天も代表的な天ですね。

まずはこの基本的な知識を得られただけで、かなり満足。

お次は建築物。イタリア旅行の際、ガイドさんから教会内の施設は、ステンドグラスを始めとして、文盲の多かった当時の人々に教義をダイレクトにわかりやすく伝えるために作られている、という説明を受けましたが、日本の寺院の建物も仏教の世界観を表したつくりになっているそうです。もっとも日本の場合は、権力の象徴となっていた場合も多いようですが。わかりやすいのは鳳凰で、この飾りが屋根に付いている場合は、そこが最高権力者の住処であることを示すそうです。古寺の多くは平安時代からのものですが、当時の最高権力者といえば天皇であるはずが、天皇の住処以外の寺にこの鳳凰が据え付けられていることも多々あるそうです。いやはや。

庭園も、仏教の世界観を表したもの。代表的なのは龍安寺の石庭ですかね。見る人が見れば、あの石と砂だけの小さな庭園が無限の宇宙を表すように見えるそうですが、当然のことながら私にはそこまでの見識はありません。

この本を読んでから、古寺巡りをしたら、今までよりより踏み込んだ見方ができるようになるのは事実です。巻末に井沢氏オススメの寺院のリストが都府県別についているのも嬉しいところ。なかなかお買得な一冊でした。






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# by lemgmnsc-bara | 2017-12-24 15:45 | 読んだ本 | Comments(0)

『死と呪いの島で、僕らは』を読んだ

死と呪いの島で、僕らは (角川ホラー文庫)

雪富 千晶紀/KADOKAWA

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角川ホラー大賞で然るべき賞を受賞した作品。この企画で何らかの賞を得た作品は、一定水準のエンターテインメントに仕上がっているという経験則があるので、本屋の店頭で見かけて衝動買いしたのだと思います。

物語は、日本の端っこで「絶海の孤島」と称されるにふさわしい小島が舞台。主人公はその島に暮らす高校生白浪杜弥。現村長の次男で、その後継者と目されています。長男である兄は病弱であるために跡を継がずに裏方に専念する予定、という設定になっています。

さて、お年頃の杜弥にはきになる存在の女子がいました。打保椰々子という同級生なのですが、椰々子は島に流れ着いた孤児で、育ての親であるイタコの婆さんが死んでからは、何故か村の人々からつき合いを断たれています。高校にも通ってはいますが、クラスの人間からは「いないもの」とされている状態です。

普通の高校ならイジメと認定され、本人が退学するか、転校するなどの措置が取られると思いますが、椰々子にはそうした対策を講じる身寄りはありませんし、島の外に出ることも禁じられています。高校の修学旅行にすら連れて行ってもらえないという徹底ぶり。それには当然理由があるのですが、その理由は読み進めるうちにわかって来ますので、ぜひ本文に当たってみてください。

さて、島に、かなり以前にアメリカの沿岸で沈んだはずの巨大客船が流れ着いたことから物語はスタートします。そこから島には様々な怪事件が起こり、たくさんの血が流れることとなります。で、最後には全ての謎が解けてメデタシメデタシになるというのが味も素っ気もないストーリー紹介になります。

ただし、ハッピーエンドに至るまでには、文化人類学的な見地から見たこの島の意味合いや、ラヴクラウトの作品に出て来るような奇っ怪な存在が登場し、物語は思いっきり膨らみます。この辺の話の膨らまし方が巧みだし、また一番の味わいどころでもあります。とにかく本文に当たってくださいとしか言いようがありません。

人間が世界の支配者としてデカイ面をしている陰で、その横暴さに対して恨みを募らせている他の生物たちの怒りが爆発したらどうなるのか、という壮大なテーマが見事に描かれています。ゴジラが自然災害の恐怖や核開発の恐怖の代弁者であったように、現在発生している様々な天変地異はもしかしたらそうした、生物たちの怒りの発露なのかもしれない、と考えさせられました。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-12-16 15:51 | 読んだ本 | Comments(0)

『10-ten-』を読んだ

10 -ten- (実業之日本社文庫)

堂場 瞬一/実業之日本社

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長距離ランナーの姿と、その集合体である駅伝チームの姿を描いた『チーム』、『ヒート』という作品が印象的な堂場瞬一氏のラグビー小説。大学ラグビーの強豪チームの姿を描いています。

主人公は所属するリーグ戦で4連覇を果たしている強豪城陽大ラグビー部キャプテンにして題名ともなった背番号「10」を背負い、試合の中で司令塔の役割を担うスタンドオフをポジションとする進藤と監督の七瀬。七瀬はその年の4月に、チームにヘッドコーチとして招かれたばかり。スタンドオフ進藤の父親でもあった前監督がリーグ戦第1戦後、急逝してしまったために急遽抜擢されたという設定です。七瀬は、進藤父が監督をしていた高校のラグビー部の教え子ではありますが、城陽大のOBではなく、城陽の一番のライバルチームである天聖大の出身という設定ともなっています。考えるだに色々と火種のありそうな前提ですね。明大ラグビー部の監督を早大出身者が務めるようなもんですから、現実にはほぼありえない状況です。まあ、日体大出の監督は結構各大学にいたりしますがね(帝京大の岩出監督などが該当します)。

城陽大はFWを全面に押し出し、手堅く手堅く攻めてペナルティーゴールやドロップゴールを狙い得点を重ねる、というのを伝統的な戦法とするチーム。この戦法は進藤父の徹底指導の下に築き上げられた「作品」で、監督が七瀬に代わっても選手たちは当然のことながらこの戦法を突き詰めて勝ちに行こうとします。しかし、この戦法では所属するリーグ戦は制することはできても大学選手権の覇権を握るまでには至りませんでした。七瀬は、進藤父の戦法に疑問を持ちながらも、学生たちが選んだことだとして口出しをせず、学生たちに「こんなラグビーで楽しいのか?こんな戦法で本当に大学日本一を掴めるのか?」を「自分たちで考えろ」と突き放します。両者の溝は埋まらないままにリーグ戦は進んで行き…というのがストーリー。さてさて勝負の行方は?というところであらすじの紹介はやめておきます。

先にも書いた通り、題名となっている「10」は背番号でポジションが決まっているラグビーではスタンドオフというポジションの選手が背負うもので、スタンドオフの選手はゲームの行方を左右する重要なポジションを任されることになります。それゆえ、良きにつけ悪しきにつけ目立つポジションでもあります。スター選手も数多いますが、ゲームの勝敗の責任を一身に背負わなければいけないキツいポジションなのです。私に然るべき体格と才能があったらぜひやってみたいポジションです。もっとも今の気持ちのままなら、ボールを持ったら全て自分が突っ込んじゃいそうな気がしますけどね(苦笑)。

さて、城陽大はいわゆる「伝統校」と言われている大学チームの悪い面を全て兼ね備えた存在として描かれています。カリスマ的な指導者と、伝統という言い訳を用意されたアナクロな戦法、余計なことに口出しして来る元スター選手のOB。城陽大はアップアンドアンダーを得意技とする「テンマンラグビー(FW8人とSH、SOの2名、計10人しかプレーに参加しないような戦法を揶揄するような表現)」を真骨頂とするチームとして描かれていますが、流石にこの戦法はアナクロ過ぎ。現在の日本でこの戦法を採用しているチームは少なくとも有名なチームでは皆無です。現在は総じて、どのポジションのプレーヤーでも、それなりのワークレートでフィールドプレーに参加することを求められるプレースタイルで、走り勝つことを目的とするプレースタイルのチームが多いようですね。しかしながら縦の明治に横の早稲田などという言葉もしっかり残っています。最近では帝京大の強さが群を抜いているため、明治も早稲田もないって状態が続いてますけどね。

今までのスタイルを踏襲してもそれなりには勝ち上がることはできるが、さらに一歩進むにはどうしたら良いか?プレーしている選手が本当に楽しさを感じるラグビーとは一体どういうものなのか?この物語で示される問いは、そのままいまのジャパンに対する問いでもあります。ティア2上位からティア1(世界のベスト8以上)にステップアップするためにはどこをどう改革するのか?この物語の中では、城陽大のチームは最終戦の後半40分で生まれ変わろうとします。ジャパンにはもっと時間があるのですから、2019年の本番までにしっかりと進化させてほしいものですね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-12-01 11:13 | 読んだ本 | Comments(0)

『世界性生活大全「愛」と「欲望」と「快楽」の宴』を読んだ

世界性生活大全 「愛」と「欲望」と「快楽」の宴 桐生操の世界大全

桐生 操/文藝春秋

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世界の歴史上の著名人の下ネタ事情に詳しい桐生操氏の、ど真ん中のウンチク本。題名の通り、主に古代から中世の性生活について様々なエピソードを取り上げてくれています。

まあ、この本に関しては新しい発見はありませんでした。今までに上梓された本のダイジェスト版といった趣でしょうか。下ネタOKの飲み会の前に読んでおくと重宝しそうではありますがね…。

にんげん、金にせよ、地位にせよ「力」を得てしまうと、何故か「三大欲求」を過度に充実させる方向に目が向きますね。そのうち睡眠に関しては金も手間もあまりいりませんす、食欲に関しても、いかに食うことに執着があろうとも、一度に1tの食物を食うわけにはいきませんし、いかに珍味佳肴を集めてもいずれは限界がきます。何よりこの二つは個人で完結できる欲望です。

対して性欲だけは少なくとも自分の他に一人の人間は必要ですね。と、ここでセルフ突っ込みを二つほど。自慰と獣姦は「一人」で済むだろ?でも前者は実際の行為は一人で行うものですが、イメージの中では他者の存在を思い浮かべているはずですので完全に個で完結というわけではありませんし、後者は人間ではないとはいえ「他者」が必要となりますので、やはり個で完結するわけではありませんね。

世の「力」持ちたちは性欲だけは無尽蔵であり、それを満たすために貪欲になります。何しろ世界に異性は、「35億人よ」(byブルゾンちえみ)、同性愛者だって同じく35億人、バイセクシャルなら70億人の欲望の対象が存在するのですから。

私自身のことを鑑みても、単なる安サラリーマンではなく、例えば一国の王だったりしたら、性欲の充足のためにいろんなことを繰り広げてしまいそうな気がします。アタマの中で、ハーレムを持って選りすぐりの美女を取っ替え引っ替えしたいみたいな妄想を巡らしたことのない男はいないでしょうし、イケメンアイドルと自分が結ばれると夢想したことのない女子もいないでしょう。

性は結局のところ、自分のDNAを未来に残したいという欲求です。その欲求のためにいろんなことを発達させ、様々な制度を作ったり、争いを起こしたりと、文化だの文明だのを作り上げた人間という存在は、愚かで、賢い生物なんでしょうね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-29 09:25 | 読んだ本 | Comments(0)

『鞄屋の娘』を読んだ

鞄屋の娘 (光文社文庫)

前川 麻子/光文社

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劇作家、演出家、女優として活躍する傍ら、作家としても数々の話題作を上梓している前川麻子氏の「出世作」。小説新潮長編小説新人賞受賞作です。

私はこの方と一度酒席を共にさせていただいたことがありますが、非常にサバサバとした方で、割と重たい話をサラリと話していたことが印象に残っています。ちょうどその時、演出していた芝居の出演者のオジサンたちについて、「何度注意してもできない、体が動かせてない」というようなお話をされており、その際は「まあ、そういう人もいるんだろうな」くらいに思っていたのですが、自分自身が50歳を迎えてみると、カラダもアタマも自分自身で思っているほどには働いていないな、と痛感させられることが多くなり、老いを迎えた人間の避けえぬ宿命なのだと、変なところで彼女の言葉を思い返しております。

さて、物語は帆布を使った鞄の制作者である父を持つ娘麻子が主人公。解説で主人公のなを「麻子」としたところにこの作品が作者自身の自伝的意味合いを持つ、と書かれていましたが、だとすると、かなり複雑な要素のカラミあった家庭環境の下で成長してきたことになります。父はもともと麻子の母以外の女性と結婚して一男を設けていましたが、その家庭と同時に麻子の母と男女の関係となり、先に作った家庭から飛び出す形で、麻子の母と結婚。そして麻子がまだ幼い時分には、また若い女と関係し家を出て行ってしまいます。父が鞄作りに使っていたミシンが部屋から運び出されることで、麻子はこの家庭が二度と修復できないものとなったことを悟ります。

こうして父性が欠如した環境化で育った麻子は、高校卒業後スタイリストとしての職を得、若いカメラマンと同棲しながら、同時にデザイナーとも付き合い、どちらの種なのだかわからない子供を身ごもります。父親不在の家庭に育った娘は男性という存在に対しての距離感がわからずに、様々な男性とすぐに深い仲になったり、あっさり切れたりするのだ、みたいな安っぽい心理分析のテキストみたいなことは書きたくありません。家族という体験が乏しいが故に知識や習慣に縛られることなく、自由で柔軟な関係性を築いたのだということにしておきます。

やがて男児を出産し、それと共に麻子はカメラマンと結婚し、一応「家族」としての体裁は整うのですが、さてこの「家族」はこのままの形をとり続けるのか、ということについては疑問符がついたままです。愛というものは強そうで脆いし、脆そうで強い。我が命を投げ出して家族を守ることもあれば、魅力的な人物に参ってコロリと全てを捨て去ってしまうこともあります。どっちに転ぶかは局面局面で変化し続けます。そして何が正解なのかについては誰もわかりません。当たり前だと思っている環境が実は非常に危ういバランスの上に成り立っているのだということを改めて気づかせてくれた一冊でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-25 10:16 | 読んだ本 | Comments(0)

『陰陽師 平成講釈 安倍清明伝』を読んだ

陰陽師 平成講釈 安倍晴明伝 (文春文庫)

夢枕 獏/文藝春秋

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安倍晴明がいかにしてこの世に生を受け、どのようにして陰陽師として世に知られることとなったかを描いた「安倍晴明ライジング」とでもいうべき作品。

寄席などの場で講談として語られた演目を文字で残した本が何冊が現存するそうで、そのうちの主に3冊ほどを種本としてまとめています。題目に「講釈」とある通り、作者本人が物語を講じる、という体で書かれており、「ライブ感」を出すために作者が執筆に取り掛かっている際の身辺の状況やら、直前に観た芝居やらをオハナシのマクラに持ってきて、本筋とは関係ないそれらをひとしきり語った後に、ストーリーが始まるという仕掛けも施されています。作者のエンターテインメント性が遺憾なく発揮された一冊であると言ってよいでしょう。

オハナシは遣唐使として名高い阿倍仲麻呂に関する記述から始まります。元来はもちろん日本人だった仲麻呂は『金烏玉兎集』、『ホキ内伝(ホキはきちんとした漢字があるのですが、変換するのが非常に面倒なため片仮名で表記しておきます)』の二冊を日本に持って帰ることを期待されて唐に派遣されますが、その二冊は当時としては国家の最高機密が書かれてある書であったため、時の中国皇帝はこれを渡したくないが故に、様々な難題を仲麻呂に吹っかけて書を渡さないよう目論むのですが、仲麻呂はその難題をどんどん解決してしまいます。困った皇帝は仲麻呂を無理矢理唐の要職に任命してしまいます。二冊の書の内容もさることながら、こんなに優秀な仲麻呂が日本に帰ったら日本が強敵になってしまうかも知れないと危ぶんだからです。仲麻呂についてはこの後やはり高名な吉備真備などとのカラミも描かれるのですが、まあこれはそこまでにしておきましょう。要するにそれだけの能力を持った人物の末裔であるとされる晴明は生まれながらに大変なポテンシャルを持っていたと言いたいがための前フリです。もっともそもそも阿倍仲麻呂と安倍晴明が演者であるとする説はかなり眉唾物なのだそうですが、面白くなればそれでいい、というのが講談の大原則。私もそれには賛同します。

で、話は飛んで少年に成長した晴明は都へと登ってきます。そこで時の帝が病に臥せっていることを聞きつけ、その病の平癒のための調伏を行うこととなります。そこで終生のライバルとでもいうべき、蘆屋道満と術比べをするという展開になるのです。元々が講談ですから道満側には九尾の狐までが味方して、想像するだにおどろおどろしい呪術で天皇を亡き者にしようという陰謀を巡らせます。

結果もし道満側が勝っていれば、日本はおそらく悪が栄える恐怖の国となり、今頃は半島北部の変な髪型の独裁者みたいな人物に牛耳られるか、あるいは他国に蹂躙されまくって分割されて国としての体をなしていなかったことでしょう。故にそんな危機から日本を救った晴明は空前絶後のスーパーヒーローだ、というわけです。

同じ名字のアベさんにも見習ってほしいものですが、どうも現実社会のアベさんは晴明より道満の方に近いような気がしますね…。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-25 09:25 | 読んだ本 | Comments(0)

なんだかんだで読んだ本のことばっかり書いてます。たまに映画、時々食い物とドライブとラグビー観戦。
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