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『ベルカント 囚われのアリア』鑑賞

1996年に起きた、ペルーの日本大使公邸人質籠城事件に着想を得た、作家アン・パチェットの小説の映画化作品。主役は歌姫コス役のジュリアン・ムーアですが、その相手役となる日本人実業家ホソカワを渡辺謙氏が、ホソカワの部下で3ヶ国語を操る通訳ワタナベ・ゲンを加瀬亮氏が演じています。

この作品、観る前から大体の予想はついていました。恐らくは、人質籠城事件下という特殊な状況における、人質とテロ組織のメンバーたちの交流が描かれるのだろう。そして、テロリストと人質はいつか友情に似た心の交流を持つようになり…、ってのが主なストーリーだろうというのがその内容。ま、いわゆる「ストックホルムシンドローム」ってやつの実例なんじゃないのかなぁ、と理屈をつけて観始めました。

この予想、半分は当たっていて、半分は外れていました。半分外れたのは、こういう状態を指し示す言葉を私が知らなかったことが主な原因です。ちょっとググって調べて観たら「ストックホルムシンドローム」というのは、人質となった人物たちがテロリストたちに共感を覚えていくという心理作用だそうです。この物語も人質とテロリストの交流を描くことが主な目的ではあったのですが、その「方向」が逆でした。人質にされた人物たちは、世界的な歌姫コスを始め、外国の大使や、一流のビジネスマンなど豊かな知性と教養を持ち合わせた人物たちでした。そうした知性や教養に触れることにより、テロリストの方から人質に、単なる抑圧者⇆被抑圧者という関係だけではない人的交流を求めるようになっていくのです。こうした心理作用は日本大使公邸人質籠城事件が起こった都市の名にちなみ「リマシンドローム」と呼ばれているそうです。

作中では、歌好きな青年が、歌姫コスに指導を仰ぐ場面も出てきますし、まだティーンエイジャーと言って良い年頃の女性テロリスト、カルメンは、英語とスペイン語(彼女は作品の舞台となった架空の国の少数民族の出で、その部族の言葉しか満足には操れないという設定です)をゲンに教えてもらおうと積極的にアプローチします。このアプローチは積極的にすぎて、ゲンと結ばれてしまっったりもするのですがね…。

テロリストたちの視点に立って考えれば、彼らが凶行に走ったのは現政権の失政が原因。政治がうまく回っていないから、教育や福祉に格差が生じ、その格差は再生産され、一度貧困層に転落してしまったら這い上がることは容易ではない。それでは、と政治運動を行えば反体制勢力として投獄される。投獄された仲間の釈放を求めることがこのテロの目的であって、テロリストたちも決して好んで人が死んだり傷ついたりするテロ行為を敢行したわけではない。それが証拠に、ハプニング的な殺人はあったものの、持病のある人や女性は(世界的有名人である歌姫コスは除く)はいち早く解放されているし、人質にも決して手荒なマネはしていない…。

ちょっとだけ世の中の流れが違えば、このテロリストたちは善良な一市民たちに違いなかったんだ、と思わせる演出がてんこ盛りでした。実際にその通りなのかもしれません。ほんのちょっとしたはずみ、タイミングのずれ、偶然、こんなものが積み重ねられれば、我々だってテロリストと化す恐れがあるし、アメリカが目の敵にしているISやアルカイーダの連中だって、敬虔なイスラム教徒として静かな一生を終えたかもしれないんです。ストーリーの展開はいかにもありがちでしたが、人生とか、周りを取り巻く環境とか、そういうものに対しての答えの出ない疑問が次々と湧いてくる作品ではありました。それにしても渡辺謙さんはこんな作品の中でもきちんと「不倫」してくれちゃう役柄になってます。おいおい…。

by lemgmnsc-bara | 2020-06-05 13:41 | エンターテインメント

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