『我が道 松尾雄治』を読んだ

「我が道」松尾雄治

スポーツニッポン新聞社(編集)/スポーツニッポン新聞社

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1980年代前半の日本ラグビー界に絶対的な王者として君臨していたのが新日鉄釜石(現釜石シーウエイブス)。寡黙な「北の鉄人」たちを率いて日本選手権7連覇という前人未到の偉業を成し遂げた司令塔が松尾雄治氏。スポニチ紙上で一ヶ月にわたり連載された松尾氏の半生記を一冊にまとめたものが表題の書です。

松尾氏は釜石の司令塔であるとともに、日本代表(以下ジャパン)の司令塔をも長年務めました。レッドドラゴンと呼ばれ、当時世界最強の名を恣にしたウエールズを相手に演じた24-29の大接戦をはじめ、数多の国際試合にも出場し、現在に到るまで、ジャパン史上最高のスタンドオフ(異論も多々ありますが…)と語り継がれています。

そんな松尾氏を作り上げたのは、練習。中学、高校、大学、社会人、ジャパン、どのステージにおいてもとにかく練習したそうです。現役時代のプレーには、攻撃が鮮やかである反面、守備が弱い(つまりガツンガツンとタックルに行くことが少ない)というイメージがあったのですが、ラグビーというスポーツの性質上、一定レベルに達するまでにはどうしても高強度の練習はついて回ってきます。どんなにセンスが良くても、どんなにパスが上手くても、まずは走れて、最低限一試合に数回は相手のラッシュを受けても耐えうるフィジカルの強さがなければ、選手として大成することはできません。強力なFWがいた明治大学、釜石出会ってもそれは一緒。松尾氏はどちらかといえば優男の部類に入る体型ですが、体の芯を強くするための鍛錬は油断なくしっかりやったんでしょうね。とはいえ、現代の、BKにはパワーランナーを揃え、かつFWのライン参加が多数発生するようなラグビーにはちょっと不向きだとは思います。

現役を退いてからは、持ち前の明るさと、機転の利いたトークで、一時期はスポーツ番組を中心にタレントとしても活躍していました。このことは「ラグビーで得た名声をタレント活動に利用している」として、ラグビー協会のお偉方たちの覚えを悪くしたようです。本来なら、平尾氏や向井氏の世代がジャパンの監督を務める前に彼が務めるべきだったように思いますがね…。そんなことを思っているうちに高額の金額をかけた賭博が発覚して、一気にマスコミから干されちゃいました。そのことに触れたのはほんの数行でしたね。本人にとってはあまり触れたくないおハナシなんでしょう。ちなみにこのことで明治大学のラグビー部のOB会からは除名もしくはそれと同じ程度の重い処分がくだったはずです。結果明治大学の監督になる道も閉ざされちゃいました。彼が、ラグビー界の中心にいたら、もっと今回のW杯の盛り上げ役として活躍したであろうと思うと残念な限りです。彼の「軽さ」が悪い方に転んでしまった最大の例でしょう。

最近、ビートたけし氏のオフィス北野退所に際し、いち早く自身の脱退を表明したことでちょっと話題になりましたが、現役時代に比べれば随分としみったれた扱いしか受けていません。自業自得と言ってしまえばそれまでですが、彼の才能を活かす場がないというのは返す返すも残念です。



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by lemgmnsc-bara | 2018-04-24 17:05 | 読んだ本 | Comments(0)

なんだかんだで読んだ本のことばっかり書いてます。たまに映画、時々食い物とドライブとラグビー観戦。
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