『暴力団』を読んだ

暴力団 (新潮新書)

溝口 敦/新潮社

undefined


いわゆる、社会のアウトローたちの姿を描き出すことをメインテーマに作品を発表しているライター溝口敦氏のど真ん中のルポルタージュ。題名どおり現在は反社会的集団といういかめしい名称に変わりつつあるアウトロー中のアウトロー「暴力団」の現在の姿と、その歴史について詳説してくれています。氏自らが前書きで語っている通り暴力団に対する「入門書」という趣のある一冊です。

バブル華やかなりし頃、私の職場は新宿にありました。飲みに行くのは歌舞伎町で、本を買うのは紀伊国屋、服を買うのは伊勢丹のデブ専バーゲンって決まっていました。歌舞伎町の毒々しくも賑々しい佇まいは否応無しに毎日見物させられてましたね。そんな街のケバケバしさの陰に蠢いていたのが、件の暴力団の皆さまでした。当時、すでに風営法が施行されていて、往時を知る人々からは「歌舞伎町からは怪しげなスポットは随分減った」と言われていましたが、それでもちょっと脇道に逸れると少々怖さを感じる街ではありました。その怖さを演出していたのが誰あろう暴力団の皆様だったのです。ポン引きから、裏ビデオに裏本といった、いわゆるいかがわしいモノゴトについて声をかけて来る方々というのはいかにもそれっぽいって方々ばかりでした。一度など、ちょっとした裏路地の暗がりで怪しさをそのまま包んだような、新聞紙の包みが怪しい風体の人甲から、同乙に手渡されている現場に出くわしてしまったことがありました。関わり合いになると、下手すると翌朝東京湾に浮かんでいるかも知れない、という恐怖が襲ってきて、急いで本来は通るはずでなかった路地に逃げ込んで、ここぞとばかりに腕を引っ張らんばかりに寄り付いて来ようとするポン引きたちをステップを切ってかわしながら(当時はそういうことができたんです)足早に立ち去った覚えがあります。

現在は石原都政の数少ない功績の一環で、少なくとも表通りはかなり浄化され、歌舞伎町は随分と健全な顔を見せていますが、それでもこの街に事務所を構えている、その筋の方は多く、1000人以上もの方々が、いまだに跳梁跋扈しているそうです。うっかりすれ違いに肩もぶつけられない街だってことです。

歌舞伎町の例は少々極端で、その筋の方々の絶対数は減少の一途をたどってはいるそうです。新暴対法が施行されて、シノギの方法が大幅に減少したことも大きな要因の一つですが、一番は若者の意識の変化だそうです。この世界は俗に「親が黒と言ったら白いものでも黒」と言われるような、絶対的な封建制がいまだに幅を利かせています。そもそも食って行くことすらおぼつかないのに、その上、理不尽な「身分制度」に拘束されなきゃならないとしたら、今の若者にはウケるはずがありません。以前ならボーダーラインにいてちょっとしたきっかけで悪の道の方に転んでいった人間が、せいぜいかなり色の薄いグレーゾーンをちょっと体験してマトモな人間の方に戻って行く。どこかのスポーツ界と同じような構造が出来上がってますね。

こうした人々の減少は喜ばしいkじょとではあるのですが、一方で溝口氏は、グレーゾーンの減少もしくは消失に対して警鐘を鳴らしてもいます。良くも悪しくも日本人の特質であるのが曖昧さ。白黒はっきりつけられないもめごとが日々起こっており、そこに介入して「調整機能」を担ってきたのがこうした方々なのですが、こうした曖昧さがなくなってしまうと、妥協点を探ることがなくなり、交渉決裂、即戦争、勝っても負けてもお互いが膨大な血を流し、後に残るは遺恨ばかりなりという事態が出来するのではないか、というのです。

溝口氏はこの事態をヤクザのマフィア化と呼んでいます。四の五の言わずにすぐにドンパチやって決着をつけるような集団が横行したら、日本は平和国家だなどとは口が裂けても言えない状態に陥ってしまいますね。

彼らを必要悪として残すのか、それとも文字通り根絶やしにするのか?石川五右衛門ではありませんが、「世にトラブルのタネはつきまじ」、トラブルの影には暗躍するものありです。叩いても叩いても、こうした「調整機能」を担う集団はどこからか現れてくるのでしょう。



[PR]
by lemgmnsc-bara | 2018-03-31 18:16 | 読んだ本 | Comments(0)

なんだかんだで読んだ本のことばっかり書いてます。たまに映画、時々食い物とドライブとラグビー観戦。
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30