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『近大マグロの奇跡: 完全養殖成功への32年 』を読んだ

近大マグロの奇跡: 完全養殖成功への32年 (新潮文庫)

林 宏樹 / 新潮社

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ここ数年、クロマグロの漁獲については世界で様々に議論がなされていますね。最大の消費国である日本の消費量は微増くらいですが、富裕層が激増し、流通体制も整えた爆食国家、中国での需要がまさにうなぎのぼり。結果として資源の枯渇が危惧されるほどの「乱獲」に陥ってしまっているから、というのがその理由です。

同じような経過をたどったクジラの二の舞にならなければいいな、と感じます。少なくとも私個人の食生活にはクジラとは比較にならないくらいマグロはなじんでいます。マグロ抜きの寿司なんか考えられないですね。

さて、その資源枯渇解消の有力な手段の一つが養殖。いまや、ハマチやタイなんかは養殖物の方がポピュラーだったりしますね。私は浅学にして知りませんでしたが、近畿大学の水産学部というのは養殖が難しいとされていたさまざまな魚を養殖する事に成功し、養殖漁業には大変貢献しているそうです。養殖した魚を市場に出荷して利益を得る事で、研究に必要な費用を得、そして新しい魚を養殖のターゲットとする。「実学」のひとつの理想的な姿だと思いますが、学会ではこうした仕組みについて批判的な見方が強かったようです。研究者はカネの事なんか考えずに純粋に研究に打ち込んでおけ、っていう日本独特の「清貧信仰」ですね。まあ、研究者の皆様は納期と費用でがちがちに縛られてますからやっかみも半分入っているのだとは思いますが…。それからもう一つ。近畿大学は私学ということで学会でも一段低くみられていて、研究成果を発表してもあまり大した反響は呼ばなかったそうです。こんなところで学歴差別かよ?学問の根本は人間の生活に進歩と快適をもたらすのが目的のはず。だとしたら小難しい理屈をこねるより、マグロを一尾育てた方が勝ちです。ましてや「実学」の分野なのですから。

閑話休題。

食卓ではおなじみのマグロですが、その生態についてはまだまだ謎が多いそうです。稚魚を捕らえる事すら困難を極めます。マグロの稚魚は人の手で触れただけで致命的な打撃になってしまうほど皮膚が弱いのだそうです。我々の目に触れ、食卓まで登ってくるマグロはそれだけで「奇跡の存在」だと言えるほど。

その他にも、飼育場のそばを通る車のヘッドライトでパニックとなり飼育網に突進して死亡してしまう、食べ残した生き餌によりプランクトンが大量発生して水の中の酸素が不足して窒息死するなど、様々な困難が襲いかかります。11年もの間産卵がないなどの苦難もありました。

まさにトライ&エラー。一つ一つの現象の原因を解析し、障害を取り除くために気の遠くなるような時間と手間をかけ、一歩一歩完全養殖への道を歩んでいく近大のチーム。「実学」の研究とはこうでなければいけない、という見本のような学部です。なによりきちんとマグロが育っているのですから、理屈好きの学者先生方もグウの音も出ないってところですね。

現在、近大マグロは一つのブランドとして、関西地区の有名百貨店で販売され、また直営のレストランで味わう事も出来るそうです。つい最近、東京の銀座にも直営レストランが開店したとの事。折をみて一度近大を「卒業」したマグロを味わいにいってみたいと思います。
by lemgmnsc-bara | 2013-12-21 06:35 | 読んだ本

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