2011年 10月 15日
『空白の桶狭間』を読んだ
「信長三部作」で世に出た歴史ミステリー作家、加藤廣氏の作。
「信長三部作」は、本能寺の変前後の織田家の家臣たちの人間模様に、巧みに氏独自の考察を絡めた佳作でしたが、信長が天下に覇を唱えるきっかけとなった桶狭間の戦いを題材に取った本書も、なかなかの力作でした。
桶狭間の戦い。歴史の授業では、隘路に差し掛かった今川軍を、地の利を活かして寡勢である織田軍が打ち破った戦いだと習いました。ところが近年、今川義元は隘路にいる時に襲われたのではなく、小高い丘の上で休息を取っている時に襲われたとか、それこそ忍びの者に寝首を掻かれたとかいろいろな説が飛び交っています。加藤氏はここで独自の視点でストーリーを展開させます。話の流れそのものをつまびらかにしてしまうのは本投稿の本意ではありませんので、詳しくは書きませんが、こういう解釈のしかたもありだな、というリアリティーはきちんと保たれていたように思います。
もう一つ印象的だったのは加藤氏が信長嫌いであるということ。「嫌い」と言ってしまうのはちょっと語弊があるかもしれませんが、少なくともある種の「信長信者」のように絶対的に崇拝しているということはないようです。
例えば信長の先進的な施策とされる「楽市楽座」。これについても信長が全く無の状態から作り上げたシステムではなく、自然要件から桑の木の栽培に適していた尾張国では養蚕業が盛んで、領内には絹織物があふれており、それを当時の最大消費地である京の都へと「輸出」するための措置だったという支店から描かれています。まあ、存在する問題をきちんと把握し、その解決のための方策をきちんと講じた、というところがすでに非凡であったとも言えるのですがね…。
それから、人物としてあまり魅力的な描かれ方をされていません。どちらかと言えば、癇癖の強い、あんまり友達にも上司にもしたくない人物がイメージされちゃいますね。
その他、「信長三部作」ではそれなりの重役を担った清玉和尚が登場しているのにはちょっとニヤリとさせられました。
短いながら、読み応えのある作品でしたね。
by lemgmnsc-bara
| 2011-10-15 08:49
| 読んだ本