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『新釈四谷怪談』を読んだ

新釈四谷怪談 (集英社新書)

小林 恭二 / 集英社

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日本の怨霊の「第一人者」お岩様がいかにして、史上最大、最凶の怨霊となるに至ったかを解説したのが標題の書。小説家にして、歌舞伎への造詣の深い小林恭二氏の著作です。

強い恨みを持ったままなくなった人物を神として祀り上げ、信仰の対象としてそこからご利益を貰おうというのは日本人のお家芸。菅原道真(天神)しかり、平将門(神田明神)しかり。出雲大社だって、国津神の代表であった大黒を「正式な神」として祀り上げていますね。祀り上げられた瞬間、今までの祟りはどこへやら、学問の神様になってみたり、東京の守護神になってしまったりしますが、お岩様だけはいまだに祟り神として、特に演劇の関係者には恐れられていますね。私も「無許可」でこんなブログを書いたらお岩様に祟られるかもしれませんね。くわばらくわばら。

閑話休題。小林氏は鶴屋南北が書き上げた傑作歌舞伎『東海道四谷怪談』の筋を紹介しながら、何故、この演目が大当たりを取り、日本の怪談話の代表作にまで上り詰めたのか、そしてお岩様を史上最凶の怨霊たらしめているのは何故かについて、当時の社会状況や、民間信仰などを引っ張ってきて詳細に解説しています。

この物語が成立した江戸後期の文化文政期は、幕府による治世が崩壊し始め、江戸の町人たちに「市民意識」が芽生え始めた時代だったそうです。実はこの時代になってようやく共通言語としての江戸弁が出来、ようやくコミュニケーションが成立するようになったそうです。また、実は御家人という存在は武士階級でありながら、その収入はほとんど最下層の人間に近いものだったそうです。いまでいう典型的なワーキング・プアってやつですな。

こうした混沌を背景に、鶴屋南北は民間伝承や、歌舞伎の大演目『仮名手本忠臣蔵』などのエッセンスをおりこみ、旧来の支配階層が新しい勢力にとって代わられるという価値観の逆転を描いた物語が『東海道四谷怪談』だ、と結論付けています。稲川淳二の怪談は、エンターテインメントとして優れてはいるものの語られたその場で消えていってしまいますが、『四谷怪談』がいつまでも連綿と受け継がれているのはこうしたサイドストーリーを内包して、一種の神話に近いものになっているという解説はなかなか興味深い分析でした。これから四谷を通る時はお岩様への畏敬の念を忘れないようにしたいと思います。
by lemgmnsc-bara | 2011-05-29 16:55 | 読んだ本

映画、演劇、お笑い、あまり肩の凝らない小説等々…、基本的にエンターテインメント系に特化したブログにします。

by 黄昏ラガーマン
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