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『サウダージ』を読んだ

サウダージ

垣根 涼介 / 文藝春秋

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ここのところハマっている垣根涼介氏の『ヒートアイランド』シリーズ第3作目。今回はシリーズの主人公である柿沢、桃井の影が少々薄く、前作から仲間入りしたアキおよび、その昔仲間に入るための「教育」を受けながら、自身の持つ心の闇を理由に仲間に入ることが出来なかった関根という男を中心にストーリーが展開されます。

「サウダージ」という言葉はポルトガル語で一般には「郷愁」と訳される言葉ですが、一言では表せない複雑な感情を多々含んだ言葉のようです。ストーリー展開と登場人物たちの心の動きを見事に暗示したタイトルだと思います。

いまさらですが、このシリーズの設定を少々。柿沢、桃井、アキのトリオは賭博や麻薬取引のアガリなど表立って被害届の出せないヤバイ金を強奪することを生業にするグループです。成功すればまさに一攫千金ですし、必殺仕事人的な「悪をもって悪を制す」的なカタルシスも感じられる仕事ですが、失敗して正体がばれたら、警察より怖い犯罪者集団に、それこそ地の果てまで追いかけられて惨殺される危険性と常に背中合わせでもあります。そのため、細心の注意を払って仕事の準備をし、いざというときのためにカラダを鍛え、射撃やドライビングテクニックなどを日々磨いています。

関根という男は柿沢に見込まれて仕事に必要な技術を仕込まれたものの、過去に人を一人殺し、その殺した人物に成りすましており、その事実を柿沢たちに告げなかったことと、仕事の遂行に破綻を来たしかねない精神のゆがみを見抜かれて、結局仲間入りできずに放逐されます。放逐されて以降の関根は、時にはウラの金を強奪し、またあるときは犯罪となるような金の奪い方をしながらなんとか食いつないでいます。その関根が惚れてしまったのがコロンビアから不法入国している娼婦DD。容姿はハッとするほど美しいのですが、性格は破綻しているというキャラ設定。バカで気まぐれで感情の起伏が激しく、ところかまわずセックスを強要するという、およそ日本人には理解できない女です。まあ、民族性の違いもあるし、文化の違いもあるので、彼の国の人々に言わせれば、日本人の方が何を考えているかわからなくて不気味だ、といわれそうですがね^^。この辺は『ワイルドソウル』で南米に関する造詣の深さを披露した垣根氏ならではのキャラ設定ですな。

関根はDDの性格に辟易とし、また金のためならどの男とでも寝るDDを軽蔑しながらも別れることができません。DDの仲間のヒモとしてまとわりつき、終いには彼女ら文字通りがカラダを張って作った金を盗んだチンピラヤクザをなぶり殺しにします。義憤に駆られたわけではなく、このチンピラが金づく(それもDDから盗んだ金)でDDをもてあそんだことが許せなかったからです。ここで関根はこのチンピラからコカインの取引に関する情報を手に入れます。

自分ひとりでは手に負えないと悟った関根は、取引が高額であることをエサに柿沢たちに協力を要請するのですが…。

一方のアキは芸大を出た年上のインテリ女と初めて本気の恋愛感情を持つに至ります。渋谷でチーマーのヘッドを務めていたアキには行きずりの女との関係はあったものの、心のつながりを感じたことはなかったのでした。インテリ女と「普通」のデートを重ね、初めて男女間の機微を感じ、恋愛にまつわる喜びや悲しみを経験していくアキ。この辺のウエットさは『君たちに明日はない』シリーズを髣髴とさせましたね。ピカレスク小説でありながら、海外モノにみられる、おどろおどろしさやカラカラのドライ感がないのはアキの「恋愛物語」が巧みに盛り込まれているが故ですな。

関根の腹のウチをいまひとつ測りかねていた、柿沢たちですが、取引金額の魅力に最終的にはこのヤマを踏むことを決意します。ただこの辺はいつもの『ヒートアイランド』シリーズに比べるとリアリティーが不足している感じがしました、一介の下っ端チンピラの不確定な情報だけで、しっかりとしたウラもとらずに行動を起こしてしまうところが、いつものチームらしくないんですよね。まあ、今巻は関根の生き様(そして死に様)を描くことがテーマですから、あんまり細かいことは言わないほうがいいんでしょうけどね。

一味は首尾よく現金とコカイン占めて1億6千万ほどを手にするのですが…。ここからは意外な展開が待っています。どのように意表を突かれたかについては、お約束の逃げ口上を使わせていただきます。本文をお読みくださいm(_)m。

最後の最後、関根の行動はカッコイイ。『ワイルドソウル』とは、また別の手法で往年の日本政府が執った「棄民政策」の非を訴える作者の心情を象徴していました。「棄民政策」の被害者たちがどれほどの想いを持っていようとも、国会議事堂の門扉すら動かすことが出来ない、という苦々しさをも感じさせてくれるエンディングでした。

この『ヒートアイランド』シリーズ、今年第4作目が出たそうです。早いとこ文庫化にならないかなぁ、と今から心待ちにしております。
by lemgmnsc-bara | 2010-08-02 22:57 | 読んだ本

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