2009年 09月 07日
プチ修学旅行(京都逍遥その2)
さて、当日は前回とは逆の駅の出口を出て、まず東寺に向かいます。これがなにしろしんどかった。行く途中に日陰というものが一切ないんです。アスファルトの照り返しに苛まれながら、予想よりはるかに遠い道のりをそれでも何とか歩き通しました。
というわけで、門です。
真言密教の京都での一大拠点。本院は当然高野山にあります。
門を入ってすぐの池では蓮の花が満開でした。しばし暑さを忘れて眺めていました。
大きなしだれ桜が一本。春はさぞかしきれいでしょうね。全体を収めようとしたので写真ではかなり小さく写っちゃってますが^^;
講堂です。中は当然撮ることが出来ませんが、お約束の大きな仏像が鎮座ましましておりました。
本堂です。ご本尊がなんの像だったかは忘れちゃいました^^;。罰が当たんなきゃいいんですがね…。
この寺のシンボル五重塔です。これはかなり遠くからでも目立ちますね。
真言密教と言えばついつい『孔雀王』を思い出し、厳しい修行に明け暮れる僧たちの姿を期待していたのですが、京都のど真ん中では修行もへったくれもありませんな^^;。ただの観光寺でした。
東寺を出た後は当初の目論見では一旦駅に戻って、バスで移動するつもりだったのですが、駅へ戻る途中にあった気温計の表示が「34℃」だったのを見て一挙に駅まで歩いて帰る気力が萎えてしまいました。目に付いたタクシーを止めて、次の目的地、清明神社へと向かいます。
タクシーの運転手氏によれば清明神社は安倍清明の邸宅があったところに建てられた非常にこじんまりとした神社だということでした。一時はオマジナイブームに乗って中学生が大挙して訪れていたそうです。「俺の興味の程度は中学生並かい?!」とセルフツッコミを入れながら清明神社に到着。なるほどこじんまりとした神社でした。
お参りする段になってはたと困ったのが礼拝方法。陰陽道の礼拝ってどうやるんだろう?と戸惑ったのですが、「神社」と名乗っているからには神道方式でいいんだろうということで二礼二拍手一礼。その後、「陰陽道グッズ」と銘打たれた中学生を当て込んだ売店で陰陽お守りと勝ち守りを買い求めます。
往時の一条戻り橋です。
夢枕獏氏の『陰陽師』シリーズには清明が使っている式神はこの橋の下に潜んでいることになっていますが、ずいぶんと小さな橋ですな。式神も窮屈な思いをしていたことでしょう。
神社から少し駅よりに戻ったところにある現在の一条戻り橋です。
こちらは車も通れる堂々とした橋になっていました。京都の交通の一端を担う立派な橋です。
清明神社の前から市バスに乗り、次の訪問地二条城へ。バス停にして3つか4つほどの距離だったと思います。
家康が上洛した際の居城としたのがこの城。時代を下って慶喜が大政奉還を決定したのもこの城です。
↑は国宝となっている二の丸への門です。建物の中は例によって撮影禁止。色あせてしまった襖絵や欄干の彫刻、将軍や女官を模した人形などを見物して回ります。途中にはボタンを押すとその場の解説をしてくれるガイドボックスがあったので、とりあえず全部聞きました^^。
城ですので一応本丸と呼ばれる建物もありました。勅使を迎えたり、実際に将軍が寝起きするための建物である二の丸と違い、質素な建物でした。神社の奥社にでも来たような風情でしたね。
この後、しばし城内をぶらつき駅へ向かうバスへと乗り込み、今回のプチ修学旅行は終了となりました。歩いて回れる場所はあらかた見尽くしたので、次回はバスやタクシー、地下鉄などを乗り継いでもっと遠くにも言ってみたいと思います。ま、次回がいつになるか、いまのところ予定はたっていないんですけどね^^;。歩いて回るには秋が最高のシーズンだとは思いますが、そうなると今度は修学旅行の生徒諸君と一緒になっちゃいますからね。観光都市というのも良し悪しですな。
by lemgmnsc-bara
| 2009-09-07 20:46
| 雑談