『ザ・ギフト』鑑賞

ザ・ギフト[Blu-ray]

ジェイソン・ベイトマン,レベッカ・ホール/バップ

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人は一人も死なないし、血もほとんど流れないサイコサスペンスホラー。

サイモンとロビンの夫婦はサイモンの郷里の街にシカゴから引っ越してきました。引越し先は大きくて豪華な邸宅。サイモンの収入が高いことが示されます。

ショッピングセンターで買い物をしていた二人の前に現れ、サイモンに声をかけてきたのはゴードという男性。サイモンは最初誰だかわかりませんでしたが、やがてゴードが高校時代の友人であることに気づきます。親しげな会話を交わした二人は再会を約して別れますが、ゴードはすぐさま引っ越し祝いのワインを持参して夫妻の家を訪問します。ワインのお礼にとロビンはゴートを夕食に招待しますが、サイモンはあまりいい顔をしません。

その翌日、玄関先には何故か魚の餌が…。いぶかしがる二人ですが、邸宅の池には立派な鯉が何匹も放たれていました。この辺で少々不気味さが漂います。このゴードという男が、映画の題名どおり、次々と一方的に贈り物を贈りつけてきて、拒否したとたん、一気に憎悪の塊となって、夫妻に襲い掛かる、というストーリーを予想したのですが、その予想は完全に裏切られます。もっともっと話は複雑でした。

ゴードはロビンが一人でいる時に頻繁に家に出入りするようになります。ここでサイモンはゴードの狙いがロビンにあるのではないかと疑いを持ち始めます。ゴードは次に夫妻を夕食に招待します。せっかく招待したにもかかわらず、いきなり、急な電話がかかってきたという理由でゴードは外出してしまいます。この不可解な行動に際し、サイモンは高校時代にゴードは「不気味のゴード」というあだ名で呼ばれていたということを思い出します。普通は最初にそういうあだ名から思い出すんじゃねーのかよ?というツッコミを入れたくなるのですが、まあ、ここはゴードの不気味さを高める演出だと理解しておきましょう。戻ってきたゴードにサイモンは二度と夫妻に近づくな、という警告を発してゴード家を後にします。しかしゴードからの贈り物攻撃は止みませんでした。

たまりかねて、招待された家に乗り込んでゴードとサシで話をつけようとしたサイモンですが、その家はゴードのものではなく、別の夫婦のものでした。さらに、池の鯉がすべて死んだり、夫妻の飼い犬が行方不明になったり、ロビンがいきなり意識不明になったり・・・。いかにもゴードがサイコパスなんじゃないか、って思わせる作りなんですが、繰り返し言います。お話はそんなに単純じゃありません。

サイモンのゴードに対する態度に不信感を抱いたロビンはゴードについて調べ始めます。するとそこには驚愕の事実が。ゴードは高校時代に上級生から性的暴行を受けたという事実無根のうわさをサイモンに流され、そのことが原因で、その後の人生がめちゃくちゃになってしまっていたのでした。いかにも、な展開を一気に逆転するストーリー展開にはうならされましたね。映画の中でも語られる箴言に「君は過去を忘れるが、過去は君を忘れない」というのがありましたが、その通り。自分自身はたいしたことのないおふざけをやったつもりしかなくても、それを仕掛けられた本人には重大な結果をもたらしていて、しかもそのことに仕掛けた本人はまったく気づいていない。わが身を振り返って考えてみても、こういうことで、知らぬは本人ばかりなりという恨みを買っている可能性は多々あります。心当たりがありすぎて見当がつきません…。これがこの映画を観て感じる最大の恐怖でした。

さて、ストーリーは実は本当の悪人はサイモンだ、という論調で後半部分が進んでいきます。ロビンからゴードへの謝罪を求められていながら、実際には謝るどころが暴行を加えてみたり、会社では、出世争いのライバルの不正をでっち上げて蹴落とそうとしてみたり・・・。こんなサイモンに愛想をつかしたロビンは、子供を生んだ後にサイモンとは別の道を歩もうと決意します。

で、ここに最後の、恐怖に満ちた謎が発生します。そしてその謎の答えは示されません。消化不良というべきか、後々まで残る余韻というべきか…。私は後者を採りたいと思います。もっとも愛した人間と愛するはずだった人間を疑わなければならないという情況こそ人間にとってもっとも恐怖すべき情況ではないでしょうか?期待せずに観た作品ですが、なかなかいろいろ考えさせられました。佳作です。

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by lemgmnsc-bara | 2017-07-22 09:24 | エンターテインメント | Comments(0)

6才のボクが、大人になるまで。 [DVD]

パトリシア・アークエット,イーサン・ホーク,エラー・コルトレーン,ローレライ・リンクレイター/NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

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一人の少年の6才から18才までの姿を描いた作品。
主人公の少年をはじめとする出演者が、実際に12年間断続的に撮影したことで話題になりました。さすがに「変化の過程」はリアルそのもの。可愛らしい少年がいっちょまえのオトコになっていく姿は自分自身のことを思い出させてくれる「あるある」の宝庫。12年の歳月ってのは大きいですね。特に少年から青年に移り変わる期間は。40過ぎると大して変わりばえしませんけど(笑)。

アメリカ映画では、こういう、家族の情愛がテーマの作品の場合、大抵は親同士の折り合いが悪いですね。それだけ、家庭の崩壊ってのがありふれていながら、かつ深刻な問題なんでしょう。複数回結婚離婚を繰り返すのが「普通」と化しているところが今ひとつピンときません。

幼い少年は、自分自身の生き方を追求したい母親の意向に翻弄されます。住み慣れた家に親友達を根こそぎ奪われる形で引っ越し。母親の再婚相手のDV、そして時折現れる実の父親と過ごす束の間の時間。二度目の離婚と三度目の父親との微妙な関係。「普通」に暮らしていてさえ、少年期から青年期には様々な葛藤を生むのに、これだけ色々な環境の変化に襲われたら…。私ならグレちゃう可能性大です。

この少年は道を外れることなく、きちんと高校を卒業して大学に進学することとなります。彼女もゲットし、「大人」になる場面も描かれます。すべての人間にはそれぞれの道があり、その道を突き進む権利がある。配偶者がいても子供がいてもその道を諦めない。最近はこういう人物も増えてはきましたが、まだまだ日本人にはハードルの高い生き方ですね。子供のために、とか家族のためにとかいう理由で自分が本当に突き進みたい道を断念する方の方が多いと思います。もっとも最近注目されているアドラーによれば、自分の生き方を追求しない人というのは、実は追求することが怖いが故に「家族がある」という理由を付けて逃げているのだ、と解釈されてしまうようですが…。

とりたてて、ドラマティックな展開がある訳ではありませんでしたが、日々のほんの小さなことの積み重ねによって、人間が一人出来上がって行く、という真理を見事に浮き彫りにした一作だったと思います。



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by lemgmnsc-bara | 2016-01-10 17:56 | エンターテインメント | Comments(0)

『ザ・ベイ』鑑賞

ザ・ベイ ブルーレイ&DVDセット(初回限定生産/2枚組) [Blu-ray]

ウィル・ロジャース,クリステン・コノリー,ケッテル・ドナヒュー,フランク・ディール,スティーヴン・クンケン/ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント

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アメリカの田舎町で得体の知れない現象が起こったという設定のパニック映画。こういう架空の設定をモキュメンタリー、未公開の映像を集めて編集した、という体裁をとる表現形式をファウンド・フッテージと言うそうです。いや、勉強になりました。

映像はとある年の独立記念日の小さな港町クラリッジの様子を語る若い女性レポーター、ドナの独白から始まります。彼女の回想によって描かれるのは、日差しに満ちた街を、祭りに浮かれた人々が楽しそうに行き交う姿。町特産のカニの大食い大会や海辺をはじめとして水と戯れる多くの人々。自信に満ちた町長、幸せ一杯の若い夫婦、はしゃぎまわる子供たち、祭りのマスコットガールとして様々な場所に引っ張りだされるミス・クラリッジ…。アメリカの一般ピープルが思い描く「平和な風景」がそこにはあります。

その平和な風景が暗転し始めるのは、カニの大食い大会の参加者が嘔吐し始めること。最初は食い過ぎを苦笑まじりに眺める、という雰囲気だったものが、参加者が次々と嘔吐することにより、人々が異常に気づき始める、というプロローグは、「いかにも」という描写ながら、なかなかうまい引きつけ方法でした。

そして次は夫を捜して泣き叫ぶ中年女性の姿。彼女は上半身から血をながしています。さらには異様な発疹が体中に生じて病院に担ぎ込まれる人が続出。突然のことに感染症の管理部門に連絡を取る医師。現場の混乱をまったく実感できない「役人」の姿の描き方もややステレオタイプではありますが、「いざというときには国の助けは当てにならない」という皮肉な見方をしっかりと提示してくれています。

その次はカラダの各所を食い破られた遺体として発見された海洋学者二名。彼らが海上での研究を記録した映像はこの後も度々登場して、謎解きに一役買っていきます。当初彼らはサメに襲われたとされるのですが…。やがて町にはカラダの各所から血を流して倒れる人々が続出していきます。

当然巻き起こるパニックと、この町から脱出しようとする人々。しかし、政府は正体不明の感染症を疑い、町を封鎖します。物理的に町の外に出られない上に、外に情報が漏れるのを防ぐために、携帯電話の電波まで切られてしまい、ますますパニックに陥る人々…。改めて、東日本大震災の時の被災地の人々の不安を思わされましたね。

そして、徐々に明かされていく「感染症」の原因。そのものズバリを書いてしまってはネタバレになってしまいますので、ちょこっとだけ。クラリッジの主要産業である養鶏と「諸悪の根源」地球温暖化が関わっています。

非常にわかりやすく、いろいろな問題点を指摘した作品だったとは言えると思います。自然を破壊すると思わぬ形で報いを受けること、国民の安全を守るという名の下に、小さな町くらいなら平気で切り捨てる国の冷酷さ、絶望に教われた人間の突発的な行動…。非常に大掛かりな「あるある」といってしまえばそれまでですが、それなりにリアルな作りであったとは思います。

結末がやや尻切れとんぼ。なんらの解決を示さないまま、現象は唐突に終息してしまいます。まあ、この辺もまずは対症療法的に対策を講じて、原因の本格的追求は後回しにせざるを得ない、という「現実」を描いたものと考えれば納得できます。原因の追及が曖昧なままに終わるであろうことを暗示しているところも現実的(笑)。いい意味で期待を裏切ってくれた一作でした。





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by lemgmnsc-bara | 2015-03-08 06:17 | エンターテインメント | Comments(0)

『RED リターンズ』鑑賞

REDリターンズ [DVD]

ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社

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引退したエージェント達が世界を転覆させるような大事件に巻き込まれ、自らの奮闘により事件を解決する物語の二作目。ブルース・ウィリス、ジョン・マルコビッチ、イ・ビョンホン、ヘレン・ミレンのおなじみのメンバーに加え、敵役として「ハンニバル・レクター」アンソニー・ホプキンスが登場し、いい味を出しています。

ヒット作の二作目というのは、大概文字通りの二番煎じとなってしまいパワーが落ちるのですが、この作品は二作目の方が面白かったような気がします。それは一にも二にもアンソニー・ホプキンスの怪演によるもの。彼の役は、表面上は発明にしか興味のない半ばボケかけたジイサン研究者ベイリー。しかし、このジイサン、実はしっかりと冴えた頭で世界の転覆を狙っています。そんな大それたことを考える事自体、すでに狂っている、というツッコミもあろうかと思いますが、まあその辺は「ハンニバル・レクター」の興味の対象が個人の肉体から世界全体に広がったとでも考えておいて下さい(笑)。

ベイリーの切り札となるのは、第二次大戦中に自らが発明した大量破壊兵器。イギリスの監獄に幽閉されていたベイリーは実に巧妙な手口で、REDのメンバー達を巻き込んでいきます。

巻き込まれ方は巧妙なんですが、その兵器の隠し場所と奪回方法についてはちょいと現実味が薄い。いやしくも「大国」と言われている国の中心施設にしちゃ警備が杜撰過ぎ。あの程度の警備なら中国の赤サンゴ密漁船だって破っちゃうぜ、ってなイージーさ。REDのメンバーは危険を冒す度胸と手腕はあっても、細かく気を使うことは苦手、っていう設定なのはわかるんですがね…。

ベイリーが最終的な逃亡先としてイランを選ぶところなんかはいかにもアメリカ映画っぽい。どうせなら、イスラム国と組んじゃうっていう設定でも良かったかも。でもまだ、この映画の製作当時はイスラム国は今ほどネームバリューがなかったから仕方ないか。

とにかくこの作品はアンソニー・ホプキンスに尽きます。若干キャラがかぶってしまっている、ジョン・マルコビッチには気の毒でしたがね。
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by lemgmnsc-bara | 2014-11-17 18:36 | エンターテインメント | Comments(2)

バチカンで逢いましょう [DVD]

ポニーキャニオン

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近所のTSUTAYAのオススメコーナーにあった作品。舞台はローマで制作もイタリアですが、作品中では、ドイツ語、英語、イタリア語が入り乱れて飛び交うトリリンガル状態。

夫に先立たれたマルガレーテは娘のマリーから同居を勧められ、マリー一家に引っ越しますが、やはり、娘の家族との同居は気詰まり。しかも引っ越しに多額の費用がかかったことを理由に家族でいくはずだったローマ旅行を中止にされてしまいます。

敬虔なカソリック信者であるマルガレーテはどうしてもローマ法王に直接会って懺悔し、祝福を与えられたいという強い思いがありました。何故彼女は法王に会うことを熱望しているのでしょうか?当初私は勝手に、日本人には理解し難い宗教的な動機に突き動かされたものと単純に考えていたのですが、どっこいこの切望には大きな理由がありました。この作品の根幹をなす要素ですので、詳説は控えさせていただきます(笑)。

どうしてもローマに行きたいマルガレーテは、美術を学ぶためにローマに留学している孫娘マルティナを頼りに、単身ローマに向かいます。

ところが美術を学んでいるはずのマルティナはロックミュージシャンの彼氏と同棲中だった上、怪しげなバーで働いていました。後にこの事実を知ったマリーはそれこそ激怒してローマに乗り込んで来ることになるのですが、マルガレーテは特に孫娘の不道徳な暮らしをとがめ立てしません。

マルガリーテは法王に謁見するため即座にバチカンに向かうのですが、「一見さん」があっさりと会えるほどローマ法王庁の敷居は低くありません。なんとか会いたいと願うマルガリーテはローマで知り合ったロレンツォという老人の伝手を頼って法王の前に進むのですが…。ここで大騒ぎが勃発してしまいます。このシーンはこの作品での一番の笑いどころであるとともに、最後の最後にローマ法王が発するジョークにつながってきます。このジョークにも笑わせてもらいました。実にエスプリの利いた、上品な笑いです。たまにはこういう笑いも悪くないですね。

先にも述べた通り、居ても立ってもいられなくなったマリーは飛行機嫌いにも関わらずローマにすっ飛んできます。言い忘れましたが、マリー一家はカナダに住んでいます。マルティナの生活ぶりと、マルガレーテのドタバタぶりに振り回されるマリーは正に半狂乱。そこでマルガレーテはマリーに自分自身の重大な秘密を明かします…。なんだよ、この女三代は?とんでもねー女ばっかりじゃねーか、って突っ込んじゃいました。

最終的には皆が皆、新しい人生を見つけてハッピーエンド。無理な筋立てでもなく、誰も傷つかないほのぼのとしたエンディングは昭和40年代くらいの日本のホームドラマを思わせるものでした。まあ、たまにはこういうほのぼのとした世界を味わうのもいいかも知れません。
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by lemgmnsc-bara | 2014-11-12 19:51 | エンターテインメント | Comments(0)

大統領の執事の涙 [DVD]

KADOKAWA / 角川書店

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ここのところ、アメリカの人種差別をプロットに織り込んだ作品を借りて来ることが多くなりました。単にパッと見で借りて来た結果としてそうなっただけですので、特に人権問題について目覚めたという訳ではありません(笑)。アメリカにとっては古くて新しい問題なのでしょう。有色人種であるオバマ氏が大統領になっても、依然として差別の問題は根強く問題として存在しているようですね。

さて先日紹介した『42』につづく人種差別問題シリーズ第二弾は標題の作。実在の人物の自伝に触発された作品で、ホワイトハウスで執事として34年間働いた執事の姿を描きます。

主人公セシルは農園で働く黒人夫婦の子供として生を受け、長じてその両親とともに同じ農園で働いていました。ある日、農園の主に母が暴行され、そのことに抗議した父は農場主に射殺されてしまいます。セシルをあわれに思った農場主の祖母はセシルを野外での作業から室内で農場主たちの世話をする「ハウス・ニガー」に「昇格」させます。そこでセシルは執事としての仕事の基礎を学びます。それはまた人間としての感情を捨てて白人たちの下僕となることに甘んじるということでもありました。

やがて青年期を迎えたセシルは農場を離れるのですが、農場の外にはより過酷な「現実」が待っていました。まともな職もないセシルはほとんど浮浪者と化して街を徘徊する毎日。そんなある日、空腹に耐えかねたセシルは衝動的にショーウインドーをたたき壊し、中にあったケーキを貪り食ってしまいます。その後に殺されるであろうことを覚悟したセシルはその場に座り込んだままでした。そこに現れたのはホテルのボーイ長の黒人。ここでセシルはボーイ見習いの職に就き。そこで頭角を現して、ホワイトハウスに引き抜かれ、当時の黒人としては恵まれた裕福な身分となります。

結婚して二人の息子を授かったセシルですが、大学に進んだ長男ルイスは黒人差別の廃止を訴える社会運動に身を投じます。白人の社会に己を殺してとけ込むことを選んだセシルと、人間としての尊厳を求めて戦い続けるルイスは真正面から対立し、両者の間には深い溝が生じます。また次男のチャーリーはベトナム戦争に志願兵として参加し、戦死してしまいます。

自分が信じ、尽くして来たアメリカの社会から受けた仕打ちに愕然とするセシル。なんだか、一生懸命尽くして来た会社から「リストラ」の一言であっさりクビにされるサラリーマンの悲哀とかぶるものがありますね。もちろんセシルの悲しみや絶望、諦念の方が深いんですが、人種差別に直面することの少ない日本人である私としては、「類似」の感情を引っ張りだそうとするとこんな例しか思い浮かびませんでした。

セシルの「歴史」は現在にまでつながります。有色人種初の大統領オバマの誕生に涙するセシル。時代の変化を目の当たりにしたセシルはようやく人間らしい感情を取り戻すことになります。

見終わった後に、ほのぼのとした感情の残る佳作だったと思います。もちろんセシルのような幸せな生活を手に入れられた黒人ばかりではなく、悲惨な生涯を送った黒人たちが多々いたことも、まだまだ差別されて苦しんでいる人々がいることも忘れてはならないんですけどね…。
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by lemgmnsc-bara | 2014-10-29 17:48 | エンターテインメント | Comments(0)

ペコロスの母に会いに行く 通常版 [DVD]

TCエンタテインメント

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イラストレーター岡野雄一氏が、認知症に罹ってしまった実母みつえさんとの日常を描いた作品の映画化。みつえ役の赤木春恵氏の好演が光る作品です。

認知症に罹った人々は、それぞれの人生をリアルタイムで生きています。ただ、時系列が混乱したり、記憶が抜け落ちたりして、普通の人間では考えられない行動を取るので、まわりにいる人々が本人以上に混乱したり疲弊したりするので無理心中などの悲劇を招くことが多いんですよね。

私の亡父も晩年は完全な認知症でした。本人には悪気はなく、むしろ私を気遣ってくれているというのはよくわかるのですが、それでも自分の言ったことを言ったそばから忘れて「おめえ、風呂には入ったんか?」と何度も聞かれるとさすがに苛つきます。あまりにうるさいので「もう入ったよ!!うるせーなぁ」と怒鳴ってしまったこともありました。遠慮することのない親子だからということもありましたが、今から考えると、ずいぶんと酷いことをしてしまったな、という気がします。親父がボケてしまったという事実を認めたくなかったのかもしれません。

オハナシは、みつえさんと雄一氏の日常をユーモラスにそれでいて物悲しく語ります。そして、その背景には認知症の進行と、決して報われない介護を続けなければならない家族の過酷な現実があります。みつえさんが雄一氏を息子と認めず「知らない人が来た!!」と絶叫するので、帽子を脱いで見事な禿頭を見せた瞬間に「ああ、雄一か。よく来たね」という場面はユーモラスですが、笑えない真実を含んでいます。私の父もそうでした。父の頭の中には私の幼児期の面影しか残っていなかったらしく、現実の巨大な私を不審そうに見つめて「早く出て行け」と叫んでいたのを思い出しました。

自分の最も身近な、一時は畏怖し尊敬した人物の哀れな姿は、まさに見るに忍びありません。涙しながら演じなければならない喜劇です。

当家には子供はいませんが、最高権力者様に迷惑をかけないためにも、ピンピンコロリで死にたいなぁ、と思わせてくれる作品でした。
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by lemgmnsc-bara | 2014-07-22 20:29 | エンターテインメント | Comments(2)

『最強のふたり』観賞

TVとかで大々的に宣伝して、しかもヒットしているというのに、上映館が極端に少ないのが標題の作『最強のふたり』。都内の映画館は軒並み毎日立ち見が出るような状態。当家は先週末に栃木へドライブに行った際に、宇都宮のシネコンで観ましたが、開始30分前に行ったら、すでにスクリーンど真ん前の端っこしか席が空いていない状態でした。

物語は、頚椎損傷のため首から下がまったく動かないし、感覚もない富豪フィリップと黒人の青年ドリスが危険なドライブをしてパトカーから追いかけられるシーンから始まります。最終的に二台のパトカーにはさまれて万事休すとなったところで、フィリップの迫真の「演技」が二人を救います。この二人の関係は一体何?というところで場面が変わり、フィリップが自宅で秘書とともに介護人を面接する場面となります。自分の職務経験や、自分がいかに介護という仕事に情熱を持っているかを語る応募者たち。その中で一人異彩を放っていたのが、黒人のドリス。彼は失業保険の給付期間を延ばすために、面接者のサインだけが欲しくて、応募したのでした。この辺は、人種の坩堝と化している欧州にあってフランスもその例外ではなく、さらにいえば、あからさまな人種差別も根強く存在することがさりげなく語られた、なかなかいい出だしでした。欲を言えば、もう少しフィリップの気難しさの描写が欲しかったところ。

さて、ドリスは何故かフィリップに気に入られてしまいます。しかし、気に入ったフィリップにしてからが、ドリスは一週間も務まらないだろうという予想をたてています。ドリスの方も、複雑な家庭環境から家にいることができず、行くあてもないから住み込みで働ける職場はまさに渡りに船でした。

ところがこのコンビは予想外に気があってしまいます。ドリスは、介護に必要な知識を持っていなかったが故に、フィリップを障害者としてではなく、友人の一人として、健常者と同じように扱ったからでした。乙竹匡洋氏やホーキング青山氏が常々、「障害者だって通常の人間と同じように様々な欲望を持っている」と語っているように、フィリップも通常の人間と同じように欲望を感じており、その欲望を押さえつけるのではなく、発散させてくれるドリスは次第にフィリップにとっては介護人ではなく、心の底から語り合うことの出来る友人に変化して行ったのでした。

しかし、ドリスは家族を守るために追い出されたはずの家に戻らなければなりませんでした。ドリスを失ったフィリップの気難しさの描写があるのですが、冒頭にあとワンシーンあればより説得力があったと思います。

物語はハッピーエンド。細かなくすぐりで笑わせておいて、最後はちょっと涙がにじむという、典型的なヒューマンドラマ。しかしこれは実話に基づいたオハナシですので、わざとらしさがありません。素直に「よかったね」と言いたくなるエンディングを迎えます。久しぶりにひねくれた見方をすることが出来ない感動作でした。
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by lemgmnsc-bara | 2012-09-21 20:31 | エンターテインメント | Comments(2)

『自転車泥棒』鑑賞

自転車泥棒 [DVD]

ファーストトレーディング

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レンタルDVD屋でふと目につき、衝動買いならぬ衝動借りしたのが標題の作。イタリアのネオリアリスモの代表作というキャッチコピーに惹かれました。

舞台は第二次大戦後のイタリア。敗戦国だったイタリアは日本同様、混乱の最中にあり、世には食うや食わずの人々が多数存在するという時代背景です。

失業者アントニオは職安でポスター貼りの職を得るのですが、採用条件は自転車を持っていることでした。しかし、アントニオは貧しさ故に自転車を質入れしていました。この辺は日本の戦後にもあった話ですね。いわゆるタケノコ生活。身の回りのものを切り売りしていくしか生活の術がないという状態です。

アントニオの女房が家族のシーツを質入れしてカネを作り、なんとか自転車を請け出すのですが、仕事の初日にその自転車を盗まれてしまいます。

友人に相談したところ、日曜日に開かれる市に出品されるのではないかというアドバイスをもらい、市場に出かけるのですが、大量の自転車が出品されており目的の自転車は到底見つからないような状況です。そんな中、アントニオは自転車を盗んだ犯人らしき男をみかけ、その男を追ううちに、その男と言葉を交わした老人を見つけます。結局犯人本人を見失ったアントニオは息子のブルーノを連れてその老人を追うのですが…。

さすがはネオリアリスモ作品、結末はハッピーエンドではありません。そしてことさら大きな事件が起こるわけでもありません。しかし、当時の世相と人情、市井の名もなき人々の暮らしぶりなどはよく伝わってくる作品でした。哀愁一杯のエンディングは世の中の不条理さと、その不条理さの前になす術もない一市民の無力感がよく伝わってきます。そしてそれでも子供のため、家族のためなんとか生きる術を見いだそうとするアントニオの姿は、身につまされますね。そんなこと言えた義理じゃないってのは百も承知してますけど(笑)。

リアルな日常の静かな迫力を感じる作品でした。
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by lemgmnsc-bara | 2012-04-26 21:04 | エンターテインメント | Comments(0)

カンパニー・メン [DVD]

Happinet(SB)(D)

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トミー・リー・ジョーンズ出演ということで借りてきた一作。内容についての予備知識はまったくなし。内容はリアル社会派人情ドラマってところでしょうか。

総合企業のGTX社で若くして部長の座に就いたボビー(ベン・アフレック)が主人公。ボビーはGTX社の基幹部門であり、創業以来屋台骨を支えていた造船部門の責任者だったのですが、社長の方針により部門統合が行われることになり、そのあおりを食ってリストラされてしまいます。

社長を見返してやろうと、競合会社をはじめ、数々の会社の面接に臨みますが、一流企業の管理職だったというプライドが邪魔して、就職がなかなか決まりません。度重なる挫折にすっかり腐っていくボビー。精神的なダメージもさることながら、経済状況もどんどん悪化し、管理職時分の生活を維持できなくなり、車や家などを次々と手放さざるを得なくなっていきます。

ますます追い詰められるボビー。この辺の描写は、変にリアルだったし、休職中という私にとってはまさに「明日はわが身」。リアルな恐怖を感じる描写でしたね。

そんな中、経営者サリンジャーは新たなるリストラに乗り出し、やはり造船部門を支えてきたフィルや創業時の朋友でもあり、現在でも副社長の座にあるジーン(トミー・リージョーズ)すらも解雇してしまいます。

30年も会社に貢献してきて、あっという間に捨てられてしまったフィルは自殺という道を選んでしまいます。この辺もリアル。特に愛社精神を一つの心のよりどころにしている日本人にとっては身につまされる描写ではないでしょうか?アメリカ映画でこれほどウエットに愛社精神を描いた作品は観たことがありません。

この映画は最後、ジーンが新しい会社を立ち上げ、造船業に一から再チャレンジする姿とその新会社で働き場を見つけたボビーが希望に満ち満ちた顔で働く姿を描くハッピーエンドで終わります。この作品の場合はまさにハッピーエンドに救われたという思いでした。カネがカネを生むようなマネーゲームに血道をあげるのではなく、自分の手で価値ある「形あるもの」を作り出すことこそが、本来の労働の姿であり、喜びでもある、と言う単純なメッセージは力強く伝わってきました。
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by lemgmnsc-bara | 2012-03-24 20:22 | エンターテインメント | Comments(2)