『真田三代』を読んだ

真田三代 (PHP新書)

平山 優/PHP研究所

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今年の大河ドラマの「主役」である真田家三代の歴史をつづった一冊。
武田家支配下の信州の一豪族であった真田家がいかに「出世」していったかを、膨大な資料に基づき詳細に解説しています。
真田家が歴史に登場するのは武田家勃興の後期。「始祖」幸隆は、戦よりもその前段階の情報収集や対立または日和見を決め込む勢力を調略することで武田信玄から重用されていたようです。実際に彼の手腕で戦わずして配下に治めた勢力はかなりの数に上る模様です。

その一方で幸隆は独自に上杉や北条といった戦国大名にもコネクションを作っていたようです。これは戦国時代にはよくみられた現象のようで、複数の勢力の境界線上にある集落は、双方の勢力に等分に貢ぐことでどっちに転んでも良いような状態にしていたとのこと。真田家も上杉家が関東管領に就任した際には刀を贈ってお祝いしています。こうした「布石」は後々になって真田家の存亡の危機を何度も救うこととなります。

そして真田家最大のヒーロー昌幸が登場します。一般に真田といえば幸村が一番有名なのですが、何度も難局を乗り越え、豪族から戦国大名にまで上り詰めたのは昌幸の功績です。戦だけでなくさまざまな領域で能力を発揮していたようで、彼を近習にとりたてた信玄は「武田家の将来をみる目」のような存在と評しています。後に大坂冬の陣に際し、「真田が大坂城に入った」との知らせを受け、「親(昌幸)か、子(信繁=幸村)かどっちだ?」とたずね、信繁であるとの報告に胸をなでおろしたというエピソードが掲載されています。関が原の合戦の前に上田城に押し寄せた大軍を撃退し、秀忠の合戦への遅参を生じさせたことが一番の手柄のように伝えられていますが、自らも有能な武将だった信玄の日常をささえていたことなど、もっと評価されて良い人物だと思います。

さて幸村です。この本では基本的に幸村は信繁という名で統一表記されています。ちなみに信繁とは真田幸隆の次男でしたが、有名な長篠の戦いで戦死しています。敗色濃厚な大坂夏の陣にあって、猛烈な突撃を繰り返し、家康をあと一歩のところまで追い詰めたつわものとして、後の世で講談、演劇、映画、ドラマ、小説、ゲームなどで華々しく取り上げられた結果、真田といえば幸村、という印象が強いのですが、大坂の陣に参集した武将たちの中では若輩者として進言が全然受け入れられないという悲哀を味わった人物です。優秀な若手社員をつぶす、無能な管理職…。ブラック企業ならぬ、ブラック豊臣ですね。

情報は非常に詳細に紹介されていましたが、やや記述の文体が教科書的だったのが残念。しかしこの一冊はエンターテインメントではないので、この辺はしかたがありません。さまざまな物語に触れる前に読んでおくと便利な一冊だったように思います。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-05-18 21:18 | 読んだ本 | Comments(0)

『花の鎖』を読んだ

花の鎖 (文春文庫)

湊 かなえ/文藝春秋

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久々に読んだ湊かなえ氏の作。本棚の端っこの方から発掘されました。

ストーリーは、氏お得意のクリフハンガー方式で進みます。この本の場合は、三人の人物の視点でてんでんばらばらのオハナシが展開されていきます。クリフハンガー方式は、一つのイベントを別々の方の視点で描き、展開するというのが「一般的」ですが、この物語はいつになったら接点が現れるのだろう、と、少々の違和感を感じながら読み進めていきました。

結果的には三つの物語はきっちりと絡み合い、ややあざといまでに感動的な大団円を迎える事となります。いわゆる「イヤミス」に生じがちな後味の悪さや、苦々しさといったものが全く感じられない、非常にヒューマンな結末でした。

三つの物語のなかで、最大のミステリーは「K」という人物の正体です。実はそれぞれの物語の端々にいろいろなヒントが隠されてはいるのですが、三つの物語がやがて結びつくことがわかった後でないとそれに思い至らないという仕掛けが施されており、この辺は巧みですね。クリフハンガー方式というものの味わい方を知り尽くしている湊氏ならではのテクニックです。そして三つの物語がその関連性をあらわにした後の謎解きの解説の快感。ここにも一つの大きな仕掛けが施されています。じらしにじらした上でようやく収束に向かうかと思ったら、思いもよらぬ伏兵が現れて、その伏兵が一気に物語をひっくり返してしまう。これもまたこの物語の妙味です。

ストーリーの中身とは全く別の問題として、クリフハンガー方式が醸し出すものについて、いろいろと考えさせてくれる作品でもあります。とある事象が、ある人に取っては禍々しい凶事でも、別の人にとっては喜ばしい快事である…。我々の実生活の中でもこうした出来事はいくらでも転がっています。たとえば、「昇進」。昇進した本人はもちろん嬉しいでしょうが、その昇進争いに敗れた人物にとっては不愉快この上ない出来事でしょう。では昇進した人物の妻(または夫)にとってはどのような出来事として映るのか?さらに上層の管理職にとっては?部下や後輩にとっては?…。ネガティブからポジティブ、嫉妬と羨望、感激と落胆。様々な人に様々な感情が生じ、そしてそれが実際の行動に結びついて、さらに複雑な変化が生じていく。モノゴトはすべて単一の見方ではなく複眼視的な視座で見なければ、「真実」にはアプローチ出来ないという事ですね。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-05-04 07:56 | 読んだ本 | Comments(2)

『石の記憶』を読んだ

石の記憶 (文春文庫)

高橋 克彦/文藝春秋

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高橋氏が文芸誌などに発表はしたものの、自身の本としてはリリーズしていなかった(他の作家と一緒のアンソロジーに収録された事のある作品はある)作品を集めた短編集。厳密に言えば表題作の『石の記憶』は短めの長編にカテゴライズした方が適当かも知れませんが、ま、その辺は別に大した事じゃありません。

私が高橋氏の作品に初めて触れたのが、他の作家との「恐怖」をテーマにしたアンソロジーだったと記憶しています。つまり高橋氏に対しての私の第一印象は「恐怖を描く作家」だったのでした。氏の描く「恐怖」に魅了された私は、その他の作品も読みたくなり、次々と読んでいったのですが、壮大な構想のSF小説や東北の人々を主人公とした歴史小説、名探偵塔馬双太郎を主人公とする推理モノなど、氏の守備範囲の広さと各々の作品のクオリティーの高さには驚かされてばかりでした。なお、なぜか氏の出世作である『写楽殺人事件』は読んでいません…。

標題の書は、久しぶりに私の高橋氏の認識の原点である「恐怖」を描いた作品集でした。日常生活のホンの一歩先にある深い闇、人間の正気と狂気のはざま、「科学的」には説明のつかない不思議な現象の数々など、私が好む「恐怖」の姿を描いた作品たちがたしかにこの本の中にはありました。しかし、表題作であり、最後に収められた『石の記憶』はまったく経験した事のない、新しい境地の作品でした。敢えて形容するなら、壮大な構想の下に描かれた東北が日本の、いや世界の中心であった時代の物語というところでしょうか。主人公である作家が、その「場」の記憶を読み取り、映像として再現出来る超能力の持ち主とともに鹿角市を訪れ、その地の記憶を探り出すというストーリーが進んでいきます。

氏の古代史観は神々は宇宙人であったとするもの。現代の地球上の文明でも到達し得ない科学技術を持った宇宙人たちが古代の人々にその技術のホンの一端を授け、そして環境の変化により、他の星に移住したか、滅亡したかで忽然と姿を消した、とするものです。学説としての正確性はともかく、エンターテインメントとして味わう分には非常に魅力的な考え方ですね。

あとがきによれば、当初この『石の記憶』は47都道府県のすべてを網羅する予定だったそうです。その土地土地で一番強烈な記憶に残っている事件はそれぞれに違うだろうし、その物語たちを並べていく事で日本全体を舞台とした壮大な連作ができるはずだ、という目論みだったようですが、発表の場である文芸誌『野生時代』の休刊とともに、企画が宙に浮いてしまったそうです。ぜひともどこかでこの続きを紡いでいただきたいものです。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-29 18:41 | 読んだ本 | Comments(0)

『戦国鬼譚 惨』を読んだ

戦国鬼譚 惨 (講談社文庫)

伊東 潤/講談社

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この本が初体験となる伊東潤氏の短編集。信玄亡き後の武田家の衰亡の様を迫力ある筆致で描いています。

偶然ながら、つい最近読んだ井沢元彦氏の『『英傑の日本史 智謀真田軍団』と扱っている「時期」がほぼ一緒でしたので、予備知識はバッチリ。後は伊東潤氏という作家がどのようにドラマを描き出すか、に興味を持って読み始めたのですが、いや、この一冊実に面白かった。

信玄が死亡し、勝頼が跡を襲ってからの武田家は衰亡の一途。特に「長篠の戦い」で大敗を喫してからは人材も払底し、民心も離れ、まさに坂道を転げ落ちるように弱体化していきます。その状況下にあって自身の身の振り方に苦悩する武将たちの苦悩が実に生々しい。旧君主信玄に対する忠義の心は持ち合わせていても、暴君勝頼の施政方針には大いに疑問と不満を感じている。そうした不安定な精神状態を見透かして、織田、北条、上杉といった列強たちが調略の触手を伸ばしてくる。落陽の武田家に殉じるのが武士としての正義。しかし、領民の命をあずかる治政者としては、負け戦とわかっている戦いに臨んで民の命を失いたくはない。もちろん自分の命だって惜しいし、伸長していく勢力に与した方が、自分の「出世」も子孫の安定にもつながる…。

混沌とした戦国時代の情勢に千々に乱れる個人としての武将の心境。果たして自分が彼らの立場に立ったらどうしただろうか?私なら、そんな複雑さに耐えきれずに逃げちゃうと思います(苦笑)。

この一冊に集められた五つの作品の中で、思わずうならされてしまったのは、二作目の『要らぬ駒』。織田軍との戦闘に際し、最前線となる土地を治める下條氏の物語。戦国武将シュミレーションゲームの知識が歴史に関する知識の基礎である私にとっては、下條氏という一家は未知の存在でした。どのゲームにも登場しなかったからです。しかしながら、この一族は戦上手の一族として武田家の家内ではその名が轟いていたようです。物語は、領主下條信氏の次男頼安の視点で描かれます。逆転に次ぐ逆転劇の末、最後に笑ったのは?見事にヒネリの利いた一作でした。私が過去に読んだ歴史小説の中でも屈指の作品です。黒澤明氏に監督してもらったら、さぞかし重厚で苦々しい作品になるのではないかという感想も持ちましたね。

とにかく読み応えのある作品集でした。また一人追いかけたい作家が出てきてしまったなぁ…。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-29 06:19 | 読んだ本 | Comments(0)

『ドローン・コマンド尖閣激突!』を読んだ

ドローン・コマンド 尖閣激突! (角川文庫)

マイク・メイデン/KADOKAWA/角川書店

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通勤時に読むための本を忘れてしまった時に、駅の売店でパッと手に取ったのが標題の書。別に私は右翼でもネトウヨでもありませんが、尖閣諸島を巡る、日中間のごたごたに関しては苦々しい思いをかねてより持っておりましたので、その辺の感覚をくすぐられたのだと思います。

尖閣諸島に限らず、南シナ海に関して、最近の中国はかなり露骨に「進出」してきていますね。アメリカの強硬な抗議により、若干その勢いは鈍ったものの、すっぱり諦めるなどという事はまず考えられないでしょう。中国共産党および中国政府は表向きしばらくは動きを控えるでしょうが、「民間」の人間が勝手にいろんなことをやってしまい、その動きを追認するなどという手段を使ってくることは十分に考えられます。

日本は尖閣諸島に直接実力行使があるまでは動きがとれないですね。そういう時に頼りにするのは米軍ですが、たかだか小さな島二つ三つで中国との本格的な対立になるような事態は避けたいでしょう。となると、尖閣には中国の民間人が居座り、日本は毎日その人々に向かって、遠くの海上から退去を呼びかけるだけ、などという事態が出来しないとも限りません。日本としても中国のしっぽを踏むようなマネはしたくないはずですし。全面的に戦争、などという事態になったらそれこそ日本全土が焦土と化すかもしれません。

この小説の舞台は2017年。つまりごく近い未来を描いた物語です。こうした「シュミレーション小説」では現実の情報の正確さと、仮説のリアルさが勝負のキモとなるのですが、この作品に関しては、かなり高いレベルで両方とも実現されていました。アメリカの主要な登場人物だけがやや取ってつけたようなご都合主義的設定になっていますが、よくよく訳者のあとがきを読んでみたら、この主人公たちは一連のシリーズ物の出演者なのだとのこと。この主人公たちが存在する仮想社会の中に、現状の日米中の関係を当てはめると、まあ許容範囲のリアリティーは保ち得ていると思います。

小説の結末は実際の本に触れていただくとして、実際に中国が尖閣諸島を占領した時にアメリカは動いてくれるのか?とか、自衛隊は「実戦」に通用するのか?とか非常に不安になりました。性能はともかく、中国は核保有国でもありますしね。アメリカが中国軍を撃破してくれたはいいが、日本の国土にはあちこち核兵器が使われて、日本国民は壊滅状態、などという事態だってあり得ます。物語としての出来は今ひとつというところでしたが、ココロに潜む漠然とした不安感を改めて認識させてくれた一冊ではありました。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-24 17:36 | 読んだ本 | Comments(0)

『怪のはなし』を読んだ

怪のはなし (集英社文庫)

加門 七海/集英社

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私にはまったく霊感らしきものがありません。暗闇とか、夜の墓場にはそれなりに恐怖感を感じますが、これはただでさえネガティブな方向に走るのが好きな私の想像力が勝手にいろんな事を想像して恐怖を増幅しているだけのオハナシで、例えば心霊スポットみたいなところに行ってもおそらく何にも感じないと思います。

この本の著者加門七海氏(ちなみにこの方の作品を読むのは標題の書が初めてです)はそのテの霊的なモノや魑魅魍魎の類いを「感じて」しまう体質らしいです。そしてその感じた事だけを素材に書くが故に自らを「モノ書き」と称しています。モノとは古くは鬼の意味でしたし、物の怪のモノにも引っかかっています。つまりは怪しげなモノを専門に扱う著述業者だという意味だそうです。怪力乱神を大いに語る語り部と言ったところでしょうか。

私が以前勤務していた支店のあった建物は、以前病院があった土地に建てられていました。そのためか否か、夜遅く階段を使用すると、あきらかに自分のものではない足音がいつまでもついてくるとか、夜中に一人で残業していたら部屋の隅に白い影がうずくまってた、などという「伝説」がありました。あまつさえ、私の後輩などは件の「白い影」を見た事があるとまで言っていました。そんな環境下にあっても私は一切不気味さとか恐ろしさなんてものを感じた事がありませんでした。鈍感であるってことは幸せな一面がありますね(笑)。

加門氏は例えば霊場とされる山の中で、急に脚が重くなって歩くのに難儀したが、とある場所で祈りを捧げたら一気に脚が軽くなって予定通りに山を下りる事が出来た、などという体験を綴っています。これなど、「科学的」に解釈すれば疲労のために自分の思う通りにはカラダが動かない状態が続いていたものの、ちょっと休憩した事で回復した、とでも説明されるのでしょう。でも、こういう現象になにか意味を見いだしてしまうのが人間というもののおかしさであり素晴らしさでもあります。水木しげる氏が「日常生活のなかに入り込んでくる得体の知れない現象」を妖怪の正体であると述べていたように、何かしら訳のわからないものがいた方が世の中面白い。

書いてある事が「本物」なのかそれとも「科学的」に説明出来る事なのか、そんなことはどうでもいいような気がしますね。とにかく、あるシュチュエーションで得体の知れない事態に遭遇し、そこで恐怖を感じた、という事実だけで遊ぶ事のできる知性を与えられていることに感謝感謝です。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-20 21:53 | 読んだ本 | Comments(0)

『ちりぬる命−奥方様は仕事人』を読んだ

ちりぬる命―奥方様は仕事人 (光文社時代小説文庫)

六道 慧/光文社

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『奥方様は仕事人』シリーズ四作目にして最終巻となるのが標題の書。三作目の『そげもの芸者』を読んで欲求不満が高まっていたところで、ちょいと本棚を整理していたら出てきましたので、通勤カバンに放り込んでいました。

「剣術小町(やっとうこまち)」の異名をとる美貌の仕事人野村留以の仇敵「もがりの猛蔵」がいよいよ登場してきます。留以ら三姉妹の両親が惨殺された11年前の押し込み強盗の後、関西方面に逐電していたと考えられていた悪党一味が、幕府が集めた冥加金(商人から寄付のカタチで集められた一種の所得税)を奪うため、江戸の街で大騒動を起こそうとして舞い戻ってきたという設定となっています。

前作で留以の母性愛を呼び覚ました少年がどこかでひょっこりと現れて重要な役割を果たすのではないかという期待は見事に裏切られました。そんな事に関係なく物語はどんどんと緊張感を増していきます。留以が与する与力組織の情報が猛蔵一味にバレている事に気づいた留以とその仕事人仲間たちは、捜査に加わっている与力や同心の中に猛蔵がいるのではないかと疑いをもちます。また、猛蔵の似顔絵によく似ているとされる人物が同心の中にいたりもします。さらに猛蔵の参謀として「夜振の光助」なる人物も登場します。どうやら猛蔵一味の犯罪にはかならずこの光助が噛んでいるようでした。再び芸者として潜入捜査に加わっている留以はこの光助なる人物こそが実は組織の真の首領なのではないかと思い始めます。

そして現れた光助の正体は…。これは書けません。本文を読んで下さい。一つだけ覚えておいていただきたいのは最初の方の部分で仕事人仲間の岡田文士郎がつぶやく「秘事は睫毛」という言葉です。秘事秘伝はすぐ近くにあるが睫毛のように気づく事がないという意味ですが、これが後々大きな意味を持つ事となります。

さて、『奥方様は仕事人』シリーズは最終巻であると文頭に書きましたが、仕事人としての留以はここで終わるようです。ただし留以と平左衛門夫婦の活躍を描く別シリーズの構想があるとのことでした。読みたいような読みたくないような…。まあ、ドラマにでもなる事になったら考えましょうかね。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-19 19:31 | 読んだ本 | Comments(0)

『寒鴉〜奥方様は仕事人〜』を読んだ

寒鴉~奥方様は仕事人~ (光文社文庫)

六道 慧/光文社

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一つ前の投稿で紹介した『そげもの芸者』と順序を逆にして読んだのが標題の作。「剣術小町(やっとうこまちと読みます)」野村留以とその仲間たちの活躍を描く「奥方様は仕事人」シリーズの二作目です。

今巻では、師走から年明けの江戸を争うとする寒鴉たちの暗躍を仕事人たちが食い止めるストーリーが描かれます。寒鴉とは、エサの少ない寒い時期に気が荒くなっているカラスのこと。転じて、非常に荒っぽい手段で「仕事」をする悪党たちの事を指します。荒っぽい手段とは火附けを行ってその混乱に乗じて盗みを働いたり、集団で強盗殺人を行うなどが典型例です。奪われる金額以上に副産物としての損害が大きな犯罪ですね。

この寒鴉たちの首領は「遊糸の与市」と呼ばれる人物。「遊糸」とは陽炎の意。現れたと思うとすぐに消えてしまい、その正体を知るものは誰もいないことからこの二つ名で呼ばれています。

与市がバクチ好きかつ女好きであるという情報を得た与力の八木沢(留以によこしまな好意をいだいているが、留以はこの人物を嫌っています)は留以に賭場への潜入捜査を依頼するのですが、留以の夫の平左衛門は留以を危険にさらしたくないとしてこの依頼に反対します。自身が失策により謹慎を命じられており、その解除を条件として提示されても頑として拒否する平左衛門の愛情の深さに留以が感涙にむせぶ、という場面も描かれたりします。

しかしながら、留以は両親の敵である「もがりの猛蔵」につながる可能性を感じ、「土竜」と呼ばれる潜入捜査役を引き受ける事にします。果たして与市の正体は?「もがりの猛蔵」を追いつめる事は出来るのか?というところで逃げ口上。これ以上は本文をお読み下さい。

今巻では留以とその仲間たちの「仕事」のシーンもしっかりと描かれていました。刀と千枚通しという道具はシンプルすぎるので、例えば「三味線屋の勇次」みたいなキャラが一人いるともう少し「必殺シリーズ」っぽくなると思うのですが、まあこれは個人的な好みの問題ですね。中途半端な結末にイラついた次巻『そげもの芸者』よりは楽しめた一冊でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-19 05:42 | 読んだ本 | Comments(0)

『そげもの芸者〜奥方様は仕事人〜』を読んだ

そげもの芸者~奥方様は仕事人~ (光文社文庫)

六道 慧/光文社

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六道彗氏による『奥方様は仕事人』シリーズの三作目。かなり以前に一作目を読んで、その後のシリーズ作品は本棚で長期熟成させてしまっていました。しかもたまたま手に取ったのが三作目となる標題の作で、二作目をすっ飛ばしてしまいました。更に言うと、主人公野村留以以外のキャラクターに関してはほとんど記憶にない状態でした。

今巻では留以が「仕事人」という裏の顔を持つに至った根本の事件の真犯人への「本格的アプローチ」が始まります。その事件とは留以が十歳の時に起こったもの。押し込み強盗に襲われ両親が惨殺されてしまったのでした。その時の一味の首領は「もがりの猛蔵」と呼ばれる悪党で、その悪党を探索し、討ち果たすために仕事人としての生き方を選択した、という設定です。剣のウデを磨き「剣術小町(やっとうこまちと読みます)」とあだ名されるほどの達人となっています。

今巻では「もがりの猛蔵」に直接つながる人物として「とくさの丈吉」というヤクザものが登場します。彼に近づくためと与力八木沢からの密偵就任の要請により留以は芸者に変装しますが、「普通」の芸者には必須の芸である三味線が全く出来ない。その分剣術の型を応用した剣舞に冴えをみせるということで通常から外れた芸者という意味の「そげもの芸者」と呼ばれる事になります。それが作品のタイトルにもなっている、という作り方は巧みです。

さて、与力八木沢からの依頼は、頻発する心中事件のカギを握る人物への接近でした。そのうちの一件で一人生き残った少年に留以が母親にも似た気持ちを抱く場面もあります。しかもこの少年は親戚を名乗る男に連れ去られてしまったりします。

少年の行方は?もがりの猛蔵の行方は?すべてが中途半端な状態のまま次巻へ続く、となってしまいます。続きを読みたくさせる(=次の本も買わせる)という意味においては上手い戦略ですが、出し惜しみしてんじゃねーよ、って気になってしまうのも事実。せめて留以が殺しのウデの冴えをみせてくれれば「必殺シリーズ作品」としてはお約束を果たした事になるのですが、それもなし。すべての点で欲求不満が残る一冊でした。まあ、四作目も買ってあるので読むつもりですけどね…。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-18 21:52 | 読んだ本 | Comments(0)

『英傑の日本史 智謀真田軍団編』を読んだ

英傑の日本史 智謀真田軍団編 (角川文庫)

井沢 元彦/KADOKAWA/角川学芸出版

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『逆説の日本史』のスピンオフ企画(であると勝手に私は思っています)『英傑の日本史』シリーズ中の一冊。今巻では今年の大河ドラマの主人公真田幸村(信繁)があまりにも有名な「真田家」を取り上げています。

真田家が歴史に登場するのは戦国時代中期。武田信玄配下の武将として幸隆の名がみられます。幸隆は武田家の諜報部隊を担い、情報収集や敵対勢力の調略などに手腕を発揮し、次第に重用されていく事となります。その重用ぶりは信綱、昌幸と受け継がれ、また真田家の歴代当主たちもその起用に見事に応えていたようです。上杉、北条両家の脅威にさらされる「戦線基地」である沼田城を与えられていたことからもその実力のほどがうかがい知れますね。

そのまま順調に武田家が勢力を拡張して天下をとっていたら、幕府の要職を多数輩出するような家柄として栄華を誇っていたかも知れません。そうはならなかったのが、現実の歴史。軍事・内政の両面に秀でていた信玄とは異なり、二代目となった勝頼は、戦こそ強かったものの、内政、とりわけ部下の人心掌握が全く出来ていませんでした。

鵜の目鷹の目で他国の領土を狙う勢力ばかりの戦国時代においては、ホンの小さなミスですら命取りになる事がありましたが、勝頼の能力不足は致命的でした。武田家は滅び、そして主を失った真田家は戦国大名として独立する事となります。しかしいかにも時期が遅かった。豊臣家がほぼ天下を手中にし、その後には徳川家が控えていました。いかに戦略が優れていようとも圧倒的な物量を誇る両家に追いつくのは無理。局地的な戦いはともかく、天下には手の届かない時代になってしまっていました。

それでも昌幸は一発逆転を狙い、秀吉なき後の豊臣家に与する事を決意します。一方で長男の信幸(後に信之に改名)を家康の配下に送り込んで、どちらに転んでも家名が絶えない状態をつくりだすというしたたかさもみせます。

この策が奏功し、真田家の家名は江戸時代から現代に至るまで残る事となりますが、武勇の誉れ高いのは次男の幸村の方ですね。大坂夏の陣においては、真田家の運命そのままに寡兵を以て大軍に挑み、家康の本陣を数回退却させるなど、最後の最後まで徳川の天下に待ったをかけ続けました。

いかにも日本人の「判官贔屓」的心証にはウケそうなヒーロー像です。しかし真田家の最大のヒーローは難しい時代に舵を執り続けた昌幸である、という筆者の主張が強く感じられた一冊でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-16 08:59 | 読んだ本 | Comments(0)

『わたしが出会った殺人者たち』を読んだ

わたしが出会った殺人者たち (新潮文庫)

佐木 隆三/新潮社

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事件の関係者への綿密な取材に基づいた作品を数多く世に問うている佐木隆三氏が、小説家という肩書きを外して「裁判傍聴人」としての視点で数々の殺人者達を描いたルポルタージュ集。

氏の出世作『復讐するは我にあり』の「主人公」西口彰からオウム真理教教祖麻原彰晃こと松本智津夫に池田市児童殺傷事件の宅間守まで、世間を騒がせた殺人者達の名がずらりと並んでいます。

この本では佐木氏がノンフィクション小説という作品を醸成する前の素材、すなわち登場人物たちに接見したり、法廷の傍聴席に座ってつぶさに眺めた裁判の様子などが書かれています。そしてその中に作家として作品を仕上げる際の苦労やら殺人者達とふれあった際の素直ないんしょう、個人的な好悪の情までを赤裸裸といってよいレベルで吐露しています。

実は私は佐木氏の「小説」は読んだ事がありませんし、映画化され数々の賞を受賞した『復讐するは我にあり』も観ていません。したがって料理人としての佐木氏には触れていない事になります。標題の書では佐木氏の「目利き」の確かさを確認できたに過ぎません。氏の発想、事象の切り取り方、言葉遣いなどに関しては改めて作品を読んで味わってみたいと思います。

さて、殺人者たちのなかで印象に残ったのは麻原ですね。この男は詐病なのか、本当に病んでいるのか定かではありませんが、狂気の行動を続けているそうです。実の娘が面会に言った際にその目前で自慰行為に及び、あまつさえ射精までしてのけたとのこと。人間の常識を超えた存在というよりは、見境のない発情期のオスでしかないようなきがします。なぜこんな男に、大勢の、それも優秀な大学で学んだ人間がたぶらかされてしまったのでしょうか?このまま死刑が執行されないまま、しぶとく行き続けていくんでしょうかね…。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-11 21:04 | 読んだ本 | Comments(0)

『築地にひびく銅鑼−小説丸山定夫』を読んだ

築地にひびく銅羅―小説 丸山定夫

藤本 恵子/阪急コミュニケーションズ

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俳優丸山貞男の生涯を描いた伝記小説。私は、主人公丸山定夫氏をまったく存じ上げていませんでしたので、どこかで貰うか拾うかしたものだと思います。少なくとも正価では買っていないはずです(笑)。

題名からして、昨今移転が話題となっている築地市場のオハナシかと思ったのですが、さにあらず。築地は築地でも築地小劇場創設時のメンバーである丸山定夫氏の物語。浅学を恥じるしかありません。主宰者の一人である小山内薫が明治から大正時代に活躍した劇作家であるという断片的な知識はありましたが、この劇場がどんな思想に基づいて設立されたのか、どんな演目を舞台に掛けていたのか全く知らない状態。つくづくと受験のための勉強に終止していた高校時代のお勉強のゆがみを感じさせてくれます。

さて、主人公丸山氏は貧しい五人兄弟の三男坊。上の兄二人はいずれも医師となりましたが、彼は様々な職を転々とし、それに伴って住まいも変えるという根無し草状態を続けていました。そんな生活の中でも、朗読やうたなどを演し物に同僚達を楽しませる事を一つの「生き甲斐」にしていました。この事が嵩じて浅草オペラに身を投じますが、浅草オペラそのものが今の言葉でいえばオワコンと化しつつあった時流下にあり、同じ舞台を踏んでいたエノケン氏から新劇への転向を勧められます。そして築地小劇場の研究生となり、端役から存在感のある脇役、主役へとステップアップしていったのでした。

しかしながら、皮肉な事に、この方の名が、今日においてもそれなりに残っているのはその死に様のおかげ。小劇場の流れを汲む面々と移動劇団を組織し、全国を巡業していた丸山は原爆が落とされた日に広島に居合わせ、その時に受けたダメージにより8/16に死去します。

そして丸山を含む移動劇団桜隊の隊員達の死は戦後の反核兵器運動の象徴的な出来事として語り伝えられる事となったのです。

死んでしまってから名が知れても仕方ありませんね。いかに喝采を贈ろうとも彼岸にまでは届かないのですから。44歳という当時としては晩年と言って良い歳でようやく本格的に役者に取り組めると思った矢先に起こった原爆投下は、彼が最期に演じた悲劇とでもいうべきでしょうか。さぞかし無念であっただろうと思います。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-11 20:45 | 読んだ本 | Comments(0)

『エール!』鑑賞

エール! 【DVD】

ルアンヌ・エメラ,カリン・ヴィアール,フランソワ・ダミアン,エリック・エルモスニーノ,ロクサーヌ・デュラン/アルバトロス

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久々に観たフランス映画。フランス映画というと『ラ・ブーム』しか印象に残っていません。それもストーリーよりはソフィー・マルソーの可憐さ(当時)ばかりが頭の中に残っているという無関心ぶり。小やたら難しい理屈と高尚すぎる美意識に恐れをなして敬遠していました。

この作品も、以前に紹介した『ボーイ・ソプラノ』の隣に陳列されていたので勢いで借りてきてしまったもの。特に観たいという意図があった訳ではありません。

ストーリーは田舎町で牛を飼ってその乳からチーズを作って打っている一家の長女で女子高生のポーラを主人公として展開します。家族は夫婦と姉弟という4人で構成されていますが、ポーラ以外はすべてろうあ者という設定。ポーラと家族は手話で会話するのですが、感情が高まる場面では自然と動きが激しく、コミカルなものになりいいアクセントとして作用していましたね。

さてポーラはイケメンだけを目当てでコーラス隊に応募しますが、そこで隠れていた音楽的な才能を見いだされて、パリの音楽学校へ行く事を薦められます。しかし耳が聞こえないがゆえに彼女の才能を「実感」できない家族はパリ行きに猛反対。特に母親はワインを瓶からラッパ飲みして泥酔し「育て方を間違った」とまで毒づきます。

いわゆる毒親ですね。子供の可能性を伸ばすよりは、自分にとって心地よい今の状態を維持したいという欲望を優先させる母親。こういう母親からは逃げてしまうのが一番なのですが、まあ高校生ぐらいの年齢ではそうそう簡単には思い切れないでしょうね。経済的な問題もありますし…。

一方でおフランスの映画らしく、エロ要素もちょいちょい。なかでもポーラが思いをよせるイケメン君がポーラの家にデュエット曲の練習に来た際に、アクシデント的に初潮が来てしまった(高校卒業も近いというのに初潮が来てないってのは遅くないか?)娘のズボンを取り上げ、そこについたシミを見せびらかすようにしながら大喜びする母親には笑っちゃいました。娘としてはたまったもんじゃないですね。音武がいろいろと話題を喚起してますが、障碍者だって人間なんですから、いろいろな欲望があるし、その強弱だって人それぞれです。

最後はかなりウエットな仕上がり。まあこのテの作品でバッドエンドはありえませんから「順当」な仕上がりでしょう。もう少し皮肉の利いたユーモアとエスプリが欲しかったところですね。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-09 08:39 | エンターテインメント | Comments(0)

『不惑剣 完四郎広目手控5』

不惑剣 完四郎広目手控 5 (集英社文庫)

高橋 克彦/集英社

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広目屋完四郎シリーズの5作目。滅法腕は立つものの、次男坊であったために家を継ぐ事がかなわぬ身ゆえ、風来坊的な生き方をしている主人公香冶完四郎に仮名垣魯文ら実在した「文化人」たちがからむ時代小説です。

今巻の舞台は維新後の日本。廃藩置県により禄を失い不満を募らせる元武士たちの憤懣が爆発する寸前という設定です。

完四郎はなんとか争いを未然に防ごうとするのですが、時代の大きな流れには逆らえず、熊本で神風連の乱が発生してしまいます。ここで完四郎は、新聞というメディアのあり方に悩み、また滅び行く運命を知りながら、その運命に殉じていった神風連の若者達の潔さに涙します。

一人一人の人間のチカラではどうしようもない時代の波に翻弄される人々の姿を目の当たりにした完四郎は「不満を持つ人々が、みな幸せになる社会を作る事が新政府の役割ではないのか!!」という旨のセリフを吐き、怒りと悲しみを吐露しています。今の政治家の皆様にも是非聞いていただきたいものですね。

このシリーズの今までの作品は、完四郎が、さながらシャーロック・ホームズのように、冷静に冷静に様々な状況を分析して幽霊の正体を暴いたり、大きな悪だくみを未然に潰す、という筋立てのモノが多かったのですが、今巻の完四郎は非常に「人間的」。一番不可思議なのは人々のココロとその集合体としての社会の動き。この複雑怪奇さの前ではとてもじゃないけど冷静ではいられないというところなのでしょう。高橋氏の「みちのくヒーローシリーズ」に特に顕著にみられる「敗者目線」と完四郎しりーずの世界観がみごとにミックスされた一冊でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-06 05:50 | Comments(0)

『美酒一代−鳥井信治郎伝』を読んだ

美酒一代―鳥井信治郎伝 (新潮文庫)

杉森 久英/新潮社

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ジャパニーズウイスキーの祖、鳥井信治郎の伝記。伝記小説の作家として名高い杉森久英氏による一冊です。

サントリーという会社は、常に目立つ派手な会社というイメージが強いのですが、創業者鳥井信治郎氏はとにかく自社の製品を目立たす事に様々な知恵を絞っていたようです。花見シーズンに背中に商品名を染め抜いたぼんぼりを背負わせて、桜の名所を歩き回らせたり、火事の際には社名入りの半纏をまとわせて、消防団よりも早く消火活動に駆けつけたり。変わったところでは、粋筋の女性達の月のモノの日の隠語を「赤玉」に変えてもらったなどというエピソードも紹介されています。このDNAは今に至るまで受け継がれて、広告に関しては多くの賞を受賞していますね。

一方で宣伝以上にこだわったのが商品の質。いくら広告が良くても、本当に美味な商品でなければ売れない。故に素材も技術も容器も裁量のものを用いて最高品質の商品を作り上げる…。そしてその信念を執念にまで高める事で作り上げたのが国産初のウイスキーだったのです。

ウイスキーは熟成に時間がかかるために、出荷するまでの資金は不足しがちになりますが、何度経営の危機を迎えても決して諦めなかった姿が描かれます。その執念は戦後の「トリスバー」ブームをきっかけに一気に花開き、日本人の宴席に定着しました。近年、事業進出以来赤字だったビール事業が、プレミアムモルツのヒットを機に黒字化したことなどを考えても執念の強さを感じますね。

まあ伝記ですので批判的な表現はほとんど見られません。売れなかった品々などこの会社の闇の部分をもっと掘り下げてもらうとよりリアルなオハナシになったと思いますがね…。

例えば信治郎氏は時に無理な事を部下に言いつけ、出来ないと猛烈に怒るという行動に出る事があったそうで、その怒りの激しさに辞めていった社員も少なくないそうです。そうした人々の声も紹介していけば、より信治郎氏の実像に生々しくアプローチ出来たのではないかと思いますね。

著者である杉森氏をはじめ、この本二登場した主要な人物はみな鬼籍に入られてしまった今、この物語の続編は望むべくもありませんが、会社は続いています。この後どんな物語をみせてくれるのかには興味を惹かれますね。


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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-04 22:12 | 読んだ本 | Comments(0)

『田中慎弥の掌劇場』を読んだ

田中慎弥の掌劇場 (集英社文庫)

田中 慎弥/集英社

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芥川賞受賞時の「貰っておいてやる」発言で作品以外の部分で目立ってしまった田中慎弥氏の「超」短編集。川端康成の『掌の小説』を意識してか『掌劇場』と名付けられています。

田中氏に関しては件の芥川賞受賞作『共喰い』を読んだ際に、非常に読みやすい文章でストーリーを進めていく、という印象を持ちました。読んでいて情景がすんなり」浮かんで来るんです。難しい言葉や馴染みの薄い言い回しが出てこないからだと思います。

田中氏のような平易な文章は、ともすると内容までが平板で盛り上がりのないものになってしまう恐れがありますが、さすがは芥川賞作家、内容はしっかり詰まっています。少々突飛なたとえかも知れませんが、炊き方を工夫して美味しく仕上げた白飯のような文章であるように思います。単純だけど、飽きが来ないし、味わい深い。この作品集も田中氏の「白飯」ぶりが遺憾なく発揮されています。

平易な文章で日常とはちょっと違う世界を描いた田中ワールド作品はもとより、コント仕立て(芥川賞の選考委員であった石原慎太郎氏を茶化したりしています)、「奇妙な味わいのある作品」など、様々なエッセンスが入り交じっています。田中氏の引出しの多さが伺える作品集です。

私は『共喰い』以来、この方の作品には久しく触れていませんでしたが、改めて別の作品も読んでみたいと思わせてくれた一冊でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-04 21:42 | 読んだ本 | Comments(0)

『偶人館の殺人』を読んだ

偶人館の殺人 (PHP文芸文庫)

高橋 克彦/PHP研究所

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高橋克彦氏によるミステリー。氏の現代を舞台としてミステリーといえば塔馬双太郎シリーズが有名ですが、この作品で探偵役を務めるのは、私にとっては初対面のヒーロー、矢的遥。顔立ちも身長も典型的な日本人(でも一応イギリス人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフ)ながら、海外で生まれ育ち、現在は世界的に活躍しているデザイナーという設定です。なお、日本語については辞書代わりにことわざ辞典を使って勉強したため、普通の日本人があまり知らない、したがってあまり使う事のないことわざや慣用句が会話の中に頻繁に登場する、というキャラクターも付与されています。

さて、ストーリーは題名にちなんでからくり人形(「偶人」と書いて「からくり」と読むそうです)についての仕事を池上佐和子という編集者が矢的に依頼するところからスタートします。

からくり人形のコレクションについて調べていくうちに、江戸時代の豪商の隠し金のオハナシが浮上してきます。からくり人形の膨大なコレクションを持つ加島という人物は、ある日突然、という状態で世に出た資産家。彼は妻子(子供は養子)がいる身でありながら、浮田美洋という女優を愛人にしており、しかも美洋はほぼ自由に実業家の家を含む立回り先に出入りしている状態。また加島はとある演劇に援助を行っているのですが、その出演俳優露麻夫と美洋の仲があやしい。しかも露麻夫は加島の養女と恋人だったりしますし、露麻夫と双子の兄妹である百合亜が二人とも養子に入っているのはからくり人形研究の第一人者神楽。そして神楽の妻由乃はなにやら意味ありげな行動ばかりします。そして起こる、お待ちかね?の殺人事件、それも連続して三件も。そしてこの殺人事件の犯人をさぐるうちに浮かび上がってくる、古い犯罪。そして深まる豪商の遺産の謎。これ以上は何を書いてもネタバレになってしまいますので、逃げ口上。以下は本文をお読み下さい。

この作品を実写化するとしたら、主人公矢的は誰になるだろう?と考えてしまいました。今ならディーン藤岡氏でしょうかね。まあ容姿的にはあまりすぐれていないと描写されているのでちょっとイケメン過ぎる気がしないでもないですが…。テレ朝の土曜夜の二時間ドラマ辺りでやるとハマるような気がしますね。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-04 05:48 | 読んだ本 | Comments(0)

『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』鑑賞

ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声 ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組初回仕様特製ブックレット付) [Blu-ray]

ダスティン・ホフマン,ギャレット・ウエアリング,キャシー・ベイツ,デブラ・ウィンガー,ジョシュ・ルーカス/ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント

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「舞台設定」をアメリカの国立少年合唱団にしたスポ根モノ。鬼コーチ役はダスティン・ホフマンで主人公はこの作品が実質デビュー作となるギャレット・ウエアリング。

テキサスの小学校に通うステット(ギャレット)は問題児。教師に反抗してみたり、不登校やら勝手に下校するやら。法律に引っかかる事やケンカもしょっちゅうやっていて手が付けられないというキャラクター設定です。背景には複雑な家庭環境。飲んだくれの母親が男をとっかえひっかえしていてろくに世話をしてくれないために愛情に飢えた上での問題行動である事が描写されます。のっけから、典型的なアメリカの社会問題提起。この手の家庭環境がひき起す様々な問題はもう飽きたんですが、まあ一番普遍的にして難しいのがこの手の問題であるというのは事実です。

さて、ステットはグレてはいるものの、音楽に関してはキラリと光る資質の持ち主でした。そこに目を付けた小学校の校長はちょうどテキサス巡業に来ていた国立少年合唱団のオーディションを無理矢理受けさせようとします。しかし、ステットは「敵前逃亡」。指導者カーヴィル(ダスティン)のまさに目前からエスケイプ。

そんなある日、ステットの母親は自動車事故(恐らく自分自身の飲酒運転が原因)であっけなく死んでしまいます。シングルマザーであった母親を失い、半ば呆然としているステットの元には自らを認知していない父親が現れます。この父親はすでに別の家庭を築いているため、そっちの家庭にはステットを受け入れたくない。小学校の校長の薦めに従って、金銭づくでステットを文字通り合唱団に放り込んでしまいます。

で、ステットはそこでいじめをうけたり、教師から突き放されたりしながらも、努力を続けて、ついにソロパートをまかされるまでになり、ある日のステージで全員がスタンディングオベーションを贈るほどのパフォーマンスをみせるのです。この、最後の晴れ舞台に至るまでの苦境への処し方がこの映画のすべて。最後の最後まで努力した人間にこそ幸福が訪れるのだという、単純明快な答えを証明するに足る悲惨さの描き方がキモです。まあ、そういう意味では平均点かな。それこそ自殺やらなんやらを考えるまでに追いつめられるシーンというのは出てきません。

最後の最後、完璧なハッピーエンドではなく少々感傷的にさせる終わり方だったのが新しいと言えば新しい。でも総合的にみて、ステットには明るい未来がひらけているであろうことを示しているので、結局はお涙頂戴に終わってしまってますがね。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-04-03 19:08 | エンターテインメント | Comments(0)

『日本共産党と中韓−左から右へ大転換してわかったこと』を読んだ

日本共産党と中韓 - 左から右へ大転換してわかったこと - (ワニブックスPLUS新書)

筆坂 秀世/ワニブックス

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日本共産党のNo.4まで昇ったものの、セクハラスキャンダルで党職を解かれ、参議院議員の職も失った筆坂秀世氏による、日本共産党を内部から眺めた一冊。

日本共産党の思想の揺らぎや、理論の矛盾点、発言の誤りを指摘し、題名にあるように中韓との関係を解説する、という体裁をとっていますが、ぶっちゃけ共産党に対しての悪口を書き綴ったものです。

まあ、共産主義に関しては理想は崇高であるもののソ連の崩壊と中国の「名ばかり共産主義」の惨状を鑑みると現実的な理論ではないと言えると思います。大きな戦争でも起こって世の中がひっくり返らない限り、局地的にはともかく全世界にはうけいれられないであろう理論です。

その理論を掲げている以上は、世の中的には「ひねくれモノ」にならざるを得ません。自公に対しての対立軸であった民主党が壊滅し、維新の会が担うはずだった第三極も事実上消滅した今、共産党が衆議院の議席を増やしたのは消去法に従った結果。政権奪取などは夢のまた夢です。

私自身は「反対のためだけにある政党」としての共産党には一定の意味があるとかんがえています。「反対意見は存在するぞ」という姿勢を示す勢力がなければ、強引な数の論理ばかりがまかり通る世の中になってしまいますから。

ただし、理想や理念だけでは人々はついてきません。どこまで現実との折り合いが付けられるかが今後の共産党伸張のカギとなるでしょうね。

さて、著者筆坂氏は思想の柱といった大きな問題から、『赤旗』の購読者減少に至るまで、実に様々なレベルとカテゴリーで共産党の悪口を言いまくっています。セクハラスキャンダルで失脚した事をよほどうらみに思っているのでしょうね。「なるほど」という部分も少なからずあるのですが、総体的には単なる揚げ足取り、という印象を払拭出来ません。批判のための批判を繰り広げるところは共産党の「遺伝子」をしっかり受け継いでいらっしゃいます(笑)。悪口雑言のサンプルとしては非常に面白いとは思いましたが、結局それだけでした。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-03-26 06:30 | 読んだ本 | Comments(0)

『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』を読んだ

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫)

塩野 七生/新潮社

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イタリアの、それもルネサンス期を描かせたらこの方の右に出る者はいないであろうという希有な作家が塩野七生氏。

そして塩野氏がイタリアの戦乱期を描くために主人公として選んだのがチェーザレ・ボルジアなる人物。

私は浅学にして知りませんでしたが、このチェーザレ・ボルジアという人物はまさに乱世の梟雄という名にふさわしい人物です。当時のローマ法王の不倫の果てに生まれた私生児という、カソリックの教義には二重に背く存在であり、法王という宗教上の最高位を目指さずに、武力によるイタリアの統一を企図した人物です。彼の直接の欲望はイタリア全土の統一でしたが、それを踏み台に世界征服まで夢見ていたのではないか、とも思われます。チェーザレとはイタリア語読みで、ラテン語ではカエサル、英語ではシーザー。つまりかのジュリアス・シーザーと全く同じ綴りなのですから。

この本の発行は昭和45年ですが、私が出会ったのはつい数年前。でもおかげで読む「時」を得た一冊となりました。イタリア旅行に行き現地の地理関係をアタマに入れた後だったので地名でこんがらがる事がありませんでしたし、彼の地における宗教の持つ力というものも理解した後でしたので、法王の権力の大きさも実感しながら読み進められました。

さて、チェーザレは日本の戦国武将の特色をすべて兼ね備えたような人物として描かれています、ドラスティックな改革は織田信長、抜群の軍事力は上杉謙信、権謀術数は豊臣秀吉、辛抱強さは徳川家康、還俗しつつも最大の宗教勢力を味方につけていたというところは細川義輝に似てます。志半ばにして病に倒れたところは武田信玄ですかね。

彼を中心にフランスやスペインといった国外の強豪やら、ナポリ、ヴェネツィア、フィレンツェといった現イタリアでは国内となった独立国、さらにはローマ周辺の僭主たちが入り乱れて国取り合戦を繰り広げます、チェーザレ配下の傭兵隊長たちが結託して謀反を起こしたりもします。人間関係に奪い奪われた領土、イスラム教の強いトルコに対抗するためのキリスト教勢力の同盟とそれをあっさりと覆す個人的な野望…。実に複雑怪奇で面白いドラマが繰り広げられているのですが、イタリアに関する知識がなければ途中で放り投げていたであろう作品でした。

なお塩野氏はマキャベリを直接の主人公にしたフィレンツェからの視点、ヴェネツィアからの視点でもこの時代を描いています。フィレンツェ編はかなり昔に読んだ記憶がありますが、ヴェネツィア編はまだ読んでいません。5冊もあるシリーズ物ですが、是非読んでみたいですね。




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# by lemgmnsc-bara | 2016-03-24 05:54 | 読んだ本 | Comments(0)

なんだかんだで読んだ本のことばっかり書いてます。たまに映画、時々食い物とドライブとラグビー観戦。


by 黄昏ラガーマン
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