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『家族喰い-尼崎連続変死事件の真相』を読んだ

家族喰い――尼崎連続変死事件の真相

小野一光/太田出版

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戦地から風俗嬢まで幅広い分野のルポルタージュを上梓しているルポライター、小野一光氏による尼崎で起こった不可解な事件に関する渾身のルポルタージュ。

このテの事件の先例としては、北九州の一家監禁殺人事件が挙げられますが、小野氏はこの事件の主犯とされる人物にも直接逢って話を聞いています。今回のこの事件に関しては、主犯とされる角田美代子の行きつけの店などを粘り強く探し出して、「角田ファミリー」をよく知る人々を追い求め、時には事件の当事者から、時には近所の人々からじっくりとファミリーの姿を聞き出し、日々流される、新鮮ではあっても底の浅い情報とは一線を画した、深く濃い実像を描き出しています。

この手法は遠い大学時代に聞きかじったニュージャーナリズムの手法そのもの。書き手は即時性には目をつぶり、じっくりと時間をかけて事件の真相を深い部分まで探り出していきます。そして角田美代子とそのファミリーとされる人物たちの実像をリアルに描き出すことに成功しています。

それにしても何故角田美代子のような人物に魅入られ、いいようにクイモノにされる人物が存在するのでしょうか?小野氏は、角田の洞察力の鋭さとマインドコントロールの方法、警察への対処の仕方などを次々と暴いていきます。

彼女はまず、自分がクイモノにできそうな弱い一家を見つけることが天才的に上手い。そして目をつけられたが最後、その家族は住居に居座られるわ、家族同士が互いに暴行虐待をさせられるわ、ろくに睡眠も取らせずに延々と家族会議をさせられて、何を答えても編成と称して虐待されるわで、どんどん弱っていきます。そして、その家の資産という資産をすべて食いつぶすと、今度はその成員たちを次々と殺してしまうのです。そして新たな寄生先を探すという訳です。聞いているだけで身の毛もよだつような恐怖ですね。

身も心もズダボロにされてから殺される訳ですから、それこそ「死んだ方がマシ」という気分のママで死んでいくことになるのです。哀れという以外に言葉が浮かばない死に様ですね。

自分自身が手を下さずに、周りの人間を「実行犯」に仕立て上げることの上手い人物というのは確かに存在します。私の場合は小学生時代にそういう人物にぶち当たってしまいました。そいつは、成績が良かったために、教師を味方に付けることにいち早く成功しました。ケンカにでもなれば、どちらが発端なのかはまず問題にされず、教師はほぼすべてそいつの肩を持つ方に回りました。そしてそうした教師の姿勢はいつの間にか、そいつに逆らってはいけない、という空気を醸成してしまったのです。で、仮に逆らってしまえば、集団すべての人間からいじめの対象にされる。しかし当の本人は全く自分では手を下さないので、仮にいじめの現場を教師に見つかっても、怒られるのは実行犯だけ。そいつはいつも教師の後ろでニヤケヅラしてました。

角田の場合は、背後に反社会的勢力の皆様がいることをにおわせた上で、最初の方では子飼のガタイのいい男に暴力をふるわせ、獲物の心に恐怖と絶望感を植え付けます。そして絶望感の中で、今度は家族同士が角田に命じられるままお互いに暴力をふるいあうのです。この世の地獄とはこのことではないでしょうか。

こういう人物は本当にどこにでも存在します。魅入られないようにするためには人を見る目というものを培っていくしかありません。魅入られたが最後、行きつくところまで行きついてしまうでしょうから。


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by lemgmnsc-bara | 2017-01-28 19:05 | 読んだ本 | Comments(0)

『岳飛伝 一 三霊の章』を読んだ

岳飛伝 一 三霊の章 (集英社文庫)

北方謙三/集英社

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ようやく文庫化されたので買い求めた、北方水滸伝の完結編『岳飛伝』の第一巻。待ちわびてましたね。

とはいえ『楊令伝』の最終巻を読んでから2年も経っていたので、最初のうちは現在の人間関係をもう一度把握し直すというリハビリが必要でした。そもそものオリジナルメンバー108星で残っているのは呉用、史進、李俊くらいでしょうか。後はほとんどが二世。今巻の中心となってストーリーを引っ張るのは王英と一丈青の息子王貴。梁山泊を財政面から支える商品流通の、それも物流部門に文字通り新しい道をつけようと奮闘します。

で、現在の梁山泊はというと、実質的な指導者がいないような状態。なにか活動をしようと思うと、指導部からは物資的な支援があるのですが、各部隊の各々の行動は「志」の下に統一されていた前二作とは大違い。実務担当者としてのリーダーは呉用が務めていますが、リーダーとして引っ張るという役割までは付与されていません。皆が皆、今のままではどこかで大きな破綻が起きるのではないかと思いながら、今のところ大きな不都合は起きていないし、さしあたっての脅威もないのでなんとなくモノゴトが回っていってしまっている状況です。なんというか、今の日本の閉塞感にも似た状況ですね。少し面倒な問題は先送り先送りにして、現在の当事者が責任を問われないようなカタチになんとなくなってしまっている。梁山泊を襲った大洪水の復興が最優先という流れで、中長期的な視点に立って対処すべき問題がとりあえずないことにされている状態なんか、二つの震災の復興に追われている日本の状況にそっくり。で、先送りにした結果のマズい結末の一例が築地移転問題を始めとする都政の混迷です。何かしっくりしないものを感じながらモノゴトを進めていった結果、大きな矛盾が表出する。梁山泊もいつか大きな崩壊を迎えるのではないか?故に北方氏は、完結編の主人公を梁山泊の人間ではない岳飛にしたのではないか?色々な憶測を持ちながら読み進めざるを得ません。

なんてなことを頭の中で思いながら、TVを観ていたら、丁度アメリカのトランプ新大統領の就任式をやってました。で、突然ひらめいたんですが、梁山泊のリーダーをトランプ氏がやったらどうなるでしょうかね?それなりの基盤が整っている状況の下、内容の善悪は別にして、強い言葉で強力なリーダーシップを発揮して、様々な人間からなる集団を一つの方向に持っていこうとする…。こういう人物こそが、この本に描かれている時点の梁山泊には必要なのではないでしょうか。まあ、もしトランプ氏が頭領の座についたら、梁山泊はイスラム国並みのテロリスト集団と化しそうな気もしますがね(笑)。

さて、リハビリも済みましたので、北方水滸伝の掉尾を飾るこの作品じっくりと読み進めたいと思います。ちなみにkindle版での購読となりますので、文庫本の発売とは若干読む時期がズレると思います。



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by lemgmnsc-bara | 2017-01-22 06:50 | 読んだ本 | Comments(0)

『ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論』を読んだ

【カラー版】ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論 (集英社新書)

ヤマザキマリ/集英社

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『テルマエ・ロマエ』の大ヒットで、一気に人気マンガ家にのぼりつめたヤマザキマリ氏によるルネサンス美術の解説書。題名通り、取り上げられる人物にはやや偏りがありますが、有名どころはほぼ皆紹介されています。

ヤマザキ氏は17歳の時に高校を中退して、絵の勉強をするためにイタリアに渡ります。残念ながら志望していた画家になることは出来ませんでしたが、描画の技術とイタリアの文化・歴史への知識が彼女の中で上手くミックスされて『テルマエ・ロマエ』という快作が生まれたという訳です。

『テルマエ〜』の主人公である技師ルシウスは架空の人物ですが、実在した人物を描いた『プリニウス』(とり・みき氏との共作)という作品も上梓されているようです。プリニウスは本書にも登場します。

さて、ルネサンスとは文芸復興という訳語が当てられる文化的ムーヴメントです。それまで神の教義を伝えるための手段であった芸術が、人間らしさを写実的に表したものに変わっていったことなどが代表的な「動き」となります。

そのムーヴメントの中の三大芸術家といえば、ラファエロ、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロであり、文学の分野では『新曲』を書いたダンテがその代表格です。ヤマザキ氏はこうした人物達の一風変わった人物像を紹介し、その変人ぶりへの愛を語るのです。

芸術家に変人が多いであろうことは、例えば岡本太郎氏の言動や行状をみていれば想像に難くありません。ルネサンス期以前はイエス・キリストや聖母マリアなどは文字通り神々しく、魅力的な人物として「エラそうに」描かれることが一般的でした。神とそれに関係する人々は、聖書などに描かれたイメージからある種のステレオタイプな表現を「強制」されていたのです。しかしながらルネサンス期に活躍した芸術家たちはこうした描き方に異を唱え、実在の人物をモデルに、より写実的に人間の像を描き出すことを始めたのでした。俗に「世の中を変えるのは若者とヨソ者とバカモノだ」等と言われますが、彼らはまさに、芸術のあり方を変えたバカモノだったのです。

彼らによる変革がなければ、芸術は主にキリスト教の伝播道具にしか過ぎなかったかもしれません。そういう意味ではこのバカモノたちには大いに感謝すべきなのかもしれません。

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by lemgmnsc-bara | 2017-01-21 07:14 | 読んだ本 | Comments(0)

『プロ野球もうひとつの攻防「選手vsフロント」の現場』を読んだ

プロ野球 もうひとつの攻防 「選手vsフロント」の現場 角川SSC新書

井箟重慶/角川マガジンズ

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2016年のシーズンにおいて、ペナントレース、交流戦、ウエスタンリーグとすべて最下位で、「完全最下位」という史上初の不名誉な記録を達成してしまったのがオリックスバファローズ。1988年に阪急ブレーブスから経営権を継承し、途中でブルーウエーブと名を変え、さらには近鉄バファローズとの「合流」を経て現在の球団名、経営体瀬となるのですが、「オリックス球団」の創成期に球団代表として経営に携わったのが著者井箟重慶氏。当時の球団経営の裏側を、題名どおり、特に選手との契約を中心に詳しく語った一冊です。

新球団になった当時のオリックスブレーブスは、選手層もちょうど世代交代の時期にさしかかっていました。1970年代後半に阪急ブレーブスの黄金期を築いたベテラン陣は衰えを隠せず、レギュラーラインナップが磐石であったが故の弊害である若手の成長遅れが顕著でした。おまけに当時のパリーグはまだまだマイナーな存在で、いくら勝っても観客は大して増えないが、負けが込めばそれこそ「無観客試合」に近いような状態になることも珍しくありませんでした。親会社だった阪急が悲鳴をあげて投げ出した球団を買い取ったのが当時のオリエントリース。球団買収とともにオリックスと名を変えた同社は、関西発祥の総合リース業者として日の出の勢いでした。井箟氏は丸善石油野球部のマネージメントにかかわったという職歴を買われて球団に入社。以後10年に渡り、球団代表を務めました。

この方の在職時、この球団には実にいろいろなことが起こりました。新生球団であることを差し引いても、並みの球団の3倍くらいの濃い時間を過ごしたのではないでしょうか?

阪急色を「脱色」するためにV9巨人の戦法や選手育成方法を知悉した土井正三氏を監督に迎え、3年間選手の育成に重点を置いた指導体制を敷きます。イチロー選手を見出せなかったとして、指導者としての評価は高くない土井氏ですが、全体の戦力の底上げにはつながったとして井箟氏は「世間」よりは高く評価しています。

そしてその後には、勝つための監督として勝負師仰木彬氏を招聘。仰木監督の誕生とともに彗星のごとく出現したのがイチロー選手。日本球界初のシーズン200本安打を達成するなどして、一気にスターダムに駆け上がった彼は、打線全体を活気付けました。そこに、星野、長谷川、酒井、佐藤、平井といった充実した投手陣が加わったのですから強いのも当たり前。1995年、96年とリーグ連覇を達成し、96年にはチームとしては阪急時代から、仰木監督個人としては3連勝後4連敗を喫した大逆転敗戦の宿敵巨人を倒して日本一にまで昇り詰めました。

この時代のドラフト戦略、外国人獲得、各選手との年俸交渉など面白いオハナシガずらり。なかでもやはり一番興味深かったのは、イチロー選手のドラフト指名をめぐるオハナシでした。イチロー選手は愛知県出身ということもあり、本人も中日ファンでしたし、中日球団もマークしていたそうです。1位指名にかけるほどの目玉ではないにせよ、まるっきりの下位で指名することもないだろう。いったいどの順位で指名してくるのか?この辺のフロント、スカウト同士の原の探りあい、手の読みあいが実にリアルに描かれています。井箟氏も3位指名にするか、4位指名にするか、それこそ3位指名の選手を決める寸前まで迷ったそうです。結局は4位指名で交渉権を獲得し、入団にこぎつけることとなるのですが、ここに人事の妙ってなこともかかわってくるような気がしますね。オリックスで、仰木監督と出会ってこその開花だったかもしれないですから。

イチロー選手といえば、彼は日本球界初のポスティングシステムによるMLB球団遺跡選手でもあります。このポスティングというシステムができるまでのオハナシも非常に興味深い。アメリカに駐在した経験のある井箟氏は制度の整備のためにさまざまな交渉を行い、選手にとっても球団にとってもメリットのあるシステムを作り上げます。スター選手であるがゆえに引き止めたい球団(および日本球界)と、高いレベルで自分を試したいと考える選手とのハザマで奔走したであろう井箟氏の苦労がしのばれるオハナシです。この制度は、選手の価値に見合ったトレードマネーが球団に入ることで、選手が球団やファンに対して、後腐れなくMLBに移籍できるようになったという意味で評価できると思います。日本球界がMLBのマイナーリーグ化してしまったという負の側面も無視できないほどに大きなものではありますがね…。

金だけを使うのではなく、知恵を絞ることでチームを強化し、かつ利益構造も改善する。どこかの金満球団に突きつけてやりたいようなオハナシばかりでした。金だけに頼った即戦力補強は長い目で見た場合に球界全体のメリットを減じる行為であることがはっきりした今だからこそ、井箟氏のような方に球団の経営を任せたいものですね。







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by lemgmnsc-bara | 2017-01-19 18:29 | 読んだ本 | Comments(0)

『日本ラグビー心に残る名勝負−歴史に残る日本ラグビー激闘史』を読んだ

日本ラグビー心に残る名勝負―歴史に残る日本ラグビー激闘史

ベースボールマガジン社/ベースボールマガジン社

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1970年〜2015年の日本ラグビーの「名勝負」と言われた試合を紹介したのが標題の書。

日本ラグビー史上における最大の名勝負は、なんといっても2015年第8回ワールドカップ予選プールでの南アフリカ戦でしょう。連続出場こそ途切れてはいないものの、勝利が1回だけという「最弱チーム」ジャパンと、対戦成績で負け越しているのはオールブラックスだけ、過去二回の優勝を誇り、この大会でも優勝候補の一角と目されていたスプリングボクス。番狂わせの最も起こりにくいと言われているラグビーと言う競技において、この下馬評の差は圧倒的で、戦前は「いかに食い下がれるか」が焦点となっていたほどでしたが、結果はエディー氏が帰国後の会見の第一声で発した言葉に集約されていると思います。「新しい歴史、作りました」。

2015年はラグビーフィーバーに沸き、マスコミへの選手、チーム、ラグビーそのものの露出が桁違いに増えました。スポーツジャーナリズムはもとより、一般のメディアでも五郎丸選手のメンタルトレーニング方法やらエディー氏の組織管理方法とかが盛んに取り上げられました。これだけ、ラグビーが日本社会の耳目を集めたのは恐らく初めてでしょう。勢いに乗って乗込んだスーパーラグビーという場ではジャパンに準ずる存在のサンウルブズは苦戦続き、また、ジャパンもスコットランド、ウエールズといったチームには善戦どまりだったため、2015年当時の熱狂的なブームはやや沈静化していますが、まだまだ追い風が吹いているのは事実。2017-18シーズンに期待しましょう。

さて、私自身が思う名勝負は二つあります。奇しくもこの本には両方とも取り上げられていませんでした。

一つは1987年12月6日の関東大学ラグビー対抗戦の早稲田vs明治。世に言う「雪の早明戦」というやつです。堀越、藤掛、今泉といったスーパー一年生を擁してこのシーズン現時点では大学チームとして最後の日本選手権制覇チームとなった早稲田に対し、やはりスーパールーキーと言われたWTB吉田を切り札に、伝統の重戦車FWがその破壊力を存分に見せつけていた明治が真っ正面からぶつかりあった一戦。前日に降った雪を溶かすような熱戦でした。特に終盤、ペナルティーで同点のチャンスを得た明治があくまでも勝利を得るためにゴールキックを狙わずに攻めに攻めた場面で早稲田がみせた執念のディフェンス。この攻防は見応えがありましたね。早稲田のFBの選手は脳しんとうで交代しましたし、私と同じポジションであった屯所選手のジャージがびりびりに引き裂かれていたシーンも印象的でした。

もう一つは1990年1月2日の大学選手権準決勝の早稲田vs大体大。この試合、大体大は徹底的にFW戦にこだわってきました。なかでも特にスクラム。何度も何度も組み直し。ついには認定トライまで取ったと記憶しています。当時の大体大は実は明治キラーと呼ばれていました。同じようにFWにこだわるチームながら、大体大は体育大らしく、当時としては最先端の筋肉強化トレーニングを用いて、より効果的に鍛えていました。確か、筋トレに専念する練習日を週の内に何日か必ず設けていたという記事を読んだ記憶があります。で、大体大のFWは明治の重戦車軍団に対しヘラクレス軍団と呼ばれていました。真っ正面から押しまくる重戦車に対し、力では負けない上に、筋肉に柔軟性を持たせた大体大FWの方が一枚上手だという論調でした。実際に1987-88シーズンの大学選手権でも、この大会でも明治には勝っていたはずです。この試合も終盤までは大体大がリードしていました。先にも述べた通り、スクラムを中心に自分たちの強みを最大限に活かしきった試合でしたが、最後の最後で早稲田が2トライを挙げてうっちゃります。どこか晴れ晴れとした大体大フィフティーンに対し、スクラムで散々にやられた早稲田の3番プロップの選手は号泣してました。同じポジションだけにキモチは非常によくわかります。試合に勝ってもスクラムで負けていたらプロップとしては負けなんです。

さて、この文章を書いている時点で、高校ラグビーは東福岡が優勝。大学は帝京と東海で決勝戦を控え、トップリーグの優勝争いからも目がはなせない状態です。2019年の日本でのワールドカップ開催に向け、この本に収録された試合をしのぐような名勝負がもう一冊本に出来るくらいの充実したシーズンを続けて欲しいものです。



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by lemgmnsc-bara | 2017-01-09 07:57 | 読んだ本 | Comments(0)

『アタック・ナンバーハーフ』鑑賞

アタック・ナンバーハーフ〈デラックス版〉 [DVD]

チャイチャーン・ニムブーンサワット/クロックワークス

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タイに実在したオネエたちのバレーボールチームを描いたタイ映画。公開当初、ちょっと気にはなっていたのですが、そのうちビデオ(2000年の制作ですので当時はまだDVDは普及していませんでした)化されるだろうと、思っているうちにいつの間にか、記憶の彼方に消え去ってしまっていた作品です。先日近所のレンタルDVD屋に行ったらたまたまピックアップコーナーにあったので即借り。原題『サトリー・レック』はこの実在のチーム名でタイ語で「鋼鉄の淑女」という意味になるそうです。邦題はあきらかに、女子版のスポ根マンガの草分け『アタックナンバーワン』のもじりです。当時こうした人々のことはニューハーフとかMr.レディーなんて言い方をしていましたから、タイトルはタイムリーなものではあったようですね。

私の大学の卒業旅行はタイでした。バンコクのとある日系デパートに土産物を買いに行き、そこでトイレに入ったらオネーサンが二人、かなり念入りに化粧していました。あれ、男女を間違えたかな?と慌てて外に出て改めて確認したら私はきちんと男性用の方に入っていたのでした。つまり彼女?らはオネエ(最近はこういう言い方をしますね)だったのです。まぎらわしいわ!!まったく。

タイという国は、歴史的にLGBTの方々には比較的寛容な国のようです。国教である仏教は同性愛を罪悪視していませんし、国民の敬愛を一身に浴びていた前国王もゲイだったのではないか、などとも言われています。公立の学校には男女のトイレの他に同性愛者専用のトイレがあるそうですし、性転換手術の最先端の地は彼の国です。日本の有名なオネエさんがたもずいぶんお世話になっていると聞きますね。

こうした文化的背景を持つ国ではありますが、やはりLGBTの人々というのはマイノリティーです。作品中でも、観客からブーイングを受けたり、対戦予定のチームに試合を拒否されたりするというエピソードが描かれます。チームのメンバーの一人は母親から同性愛者であることを手ひどく非難され、親子の縁を切られてしまいます。全体的にコミカルな描き方をされてはいますが、描かれている差別に関してはかなり生々しいです。自分の性に関して違和感を感じているというだけの理由で社会から拒絶されてしまうという悲しみは、差別されたことのない者にとっては想像しがたいことです。ステレオタイプな表現方法ながら、その悲しみと、それにめげないでバレーボールに打ち込む彼(女?)たちの姿は上手く表現されていたように思います。まあ、ストーリー的には「勝利がすべてを癒す」というスポ根モノの王道なのですがね。

ちなみに、このチームの監督は女性で、かつレズビアンです。こういうところにも細かなくすぐりは入っています。

ちょっとググって調べてみたのですが、演じた役者たちの素のセクシュアリティーに関して詳しく解説したモノはありませんでした。もし、素のセクシュアリティーがヘテロであるなら、なかなか真に迫った演技であったとは思います。

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by lemgmnsc-bara | 2017-01-08 06:35 | エンターテインメント | Comments(0)

『13の幻視鏡』を読んだ

13の幻視鏡 (角川ホラー文庫)

吉村 達也/角川書店(角川グループパブリッシング)

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本屋の角川ホラー文庫コーナーにその著作が山積になることが多いな、と感じていた吉村達也氏の短編集。名前を良く見かけていたわりには死の作品を読むのは初めてです。おそらく「ホラー大賞」とかいう腰巻がついた本がなかったことが原因だと思います。ちょっと前のkindle割引本コーナーで見かけて即DL。ちょっとググって調べてみたら、この方かなり広い守備範囲をお持ちだったんですね。数々の「シリーズ物」が作品リストにありました。さらに言うとすでに鬼籍に入られていたってのも初めて知りました。

さて、『13の〜』と謳ってあるにもかかわらず、収録のお話は12編。そのへんの事情は生前の吉村氏と付き合いの深かった編集者による解説に書いてありますのでそちらを参照してください。全体としてはホラーというよりは落語の人情話を聴いているかのような読後感を持つ物語が多かったように思います。特に最後の『レイク・クレセントの風』は、何か不思議な結末が待っていそうに思わせて、実に合理的な結末が待っていました。恐怖というよりは、悲しみとその悲しみを乗り越えた先に待っているであろう、ほのかに明るい将来を思わせる仕上がりになっていたと思います。

期待していたホラーではありませんでしたが、吉村氏という作家を知ることができたのは一つの収穫です。当面シリーズ物には手を出す予定はありませんが、ホラー、あるいは虚実が入り混じったミステリーなどについては折を見て読んでいきたいと思います。

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by lemgmnsc-bara | 2017-01-06 05:47 | 読んだ本 | Comments(0)

『スーサイド・スクワッド』鑑賞

スーサイド・スクワッド ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]

ウィル・スミス,マーゴット・ロビー,ジャレッド・レト,ジョエル・キナマン,ジェイ・コートニー/ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント

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アメコミ原作の映画化。この作品の版元はDCコミックスで、『バットマン』や『スーパーマン』の世界観がミックスされて作品の設定に影響しています。バットマンの敵役ジョーカーが重要な役所をしめる脇役として登場したり、主人公フロイド(ウィル・スミス)の回想シーンでゴッサムシティーが出て来たり。

まあ、一言で言ってしまえば、『XーMEN』シリーズのDCコミックス版です。特殊技能や超能力を備えた人間が集まって、より強大で凶悪な存在と戦う、ってのが大まかなというかストーリー説明のすべてです。『XーMEN』シリーズとの大きな違いは集められるメンバーがすべて犯罪者であるということ。普通の人間の倫理観とはかなり乖離したキャラクターの持ち主たちが、政府のお役人に爆弾を首に仕込まれて、いやいや敵に立ち向かうという筋立てです。ちなみに犯罪者たちを集めて、超常的な特殊部隊を作ったのは「スーパーマンが死んだため」という理由です。

この作品は日本で公開されたのが2016年の9月10日からだったので、ヒロインであるハーレイ・クイン(マーゴット・ロビー)のコスプレがハロウィーンのばか騒ぎの際に少々流行ったようですが、精々その程度の話題にしかならない作品だったように思います。ハーレイ・クインというキャラクターはなかなかぶっ飛んでましたし、個人的には好感の持てる存在でしたが、なにせストーリーが貧弱すぎてオハナシになりません。

最後の最後に少々どんでん返しじみた展開があり、続編の可能性が示唆されていますが、仮に作られてもビデオ化されてから、それも新作落ちしてからの鑑賞で充分だと思います。



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by lemgmnsc-bara | 2017-01-04 16:08 | エンターテインメント | Comments(0)

『黄金海流』を読んだ

黄金海流 (日経文芸文庫)

安部 龍太郎/日本経済新聞出版社

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時代小説の大御所、安部龍太郎氏の長編。松平定信の治世下(いわゆる寛政の改革が行われていた時代ですね)を舞台に、伊豆大島の港湾整備事業を巡る争いを重厚な筆致で描いています。

今も昔も多額のオカネが動く公共事業というのは、不正の温床のようですね。実際に動く予算の他に、そこから得られる利権を巡って陰に陽に繰り広げられる戦いの姿がリアル。曲がりなりにも殺人がタブーとされている現在とは違い、武士による平民の斬り捨ては当然の権利として認められていた時代ですから、反対派の主要人物を暗殺してしまう、などというのは日常茶飯事。当然のことながら、その場合にはその道のプロというのが登場することとなります。そこういう時代背景の下に、幕閣クラスの人間の勢力争いから、商人の利権争い、伊豆の大島に存在する島民と流人たちの対立などが複雑に絡み合って、ひっきりなしにいろんな争いが起こります。

登場人物のキャラも皆が皆濃いこと濃いこと。大島の商人大島屋はボンボン育ちの苦労知らず。芸妓あがりの女房を満足させることも出来ず、店の実権も番頭の庄助ににぎられたまま、趣味的生活に「逃げて」います。しかし、ある日、大島屋の持つ廻船が嵐の海で難破してしまいます。積み荷として浜に打ち上げられた俵のなかからはご禁制の品である干ナマコが…。このことを咎められた大島屋は窮地に追い込まれますが、番頭庄助の奇策で一気に挽回します。この奇策が何であったかは実際の本文をお読み下さい。

お次ぎに登場するのは、下田の役人英一郎。腕も立ち、人格的にも高潔な人物として登場しますが、自らの出生の秘密を握られ、とある大物政治家の走狗となることを余儀なくされます。我が身の出自を呪いながら、いやいや手を染めた「裏の仕事」ですが、そのうちに英一郎は悪に魅入られてしまうようになり、進んで悪事に手を染めていきます。そのことが原因で妻や娘には去られ、母親は認知症になってしまうのですが、こういう状況がますます英一郎を悪に走らせる…。シュチュエーション変えれば現代の一般市民にも充分に起こりうる「転落」のストーリーですね。

そして、この物語のおそらくはメインキャラである、鉄之助。恵まれた体躯と、自己流ながら卓抜した剣技と天賦のセンスで戦闘能力の高いキャラ設定です。しかしこの人物、地震や船上など「揺れ」が発生する場面になるとパニックを起こし、周りの人間を手当り次第に傷つけてしまうというキャラクターをも付与されています。どうやら鉄之助の過去には「揺れ」に関する重大なトラウマがあり、揺れを感じた途端、そのトラウマが刺激されてフラッシュバックを起こすようです。鉄之助は石川島の人足寄場にいます。いわゆる無宿人であるからなのですが、彼がなぜ無宿人なのかについてはストーリーを追ううちに明らかになっていきます。大きな政争に関連している、とだけ述べておきましょう。鉄之助と常にコンビを組む呑海という坊主頭の人物も力強くストーリーを引っ張ります。この人物も途中で正体が明らかになるのですが、こちらも意外な人物の余生の姿とだけ述べておきましょう。

最後は大島の港湾工事を一手に引き受けた新興商人伊勢屋の現場監督秋広。伊勢屋は予算をオーバーする分に関してはすべて自前で負担する代わりに、港が完成した暁には帆布一反につき100文の入港税を徴収させてほしいとの申し出をして、それが受け入れられ、工事を進めています。しかし、大島屋を始めとする大島に既存していた商人たちは開港にともなう利権がなにも得られないことに反発し、この工事を後押ししている幕閣の要人とはライバル関係にある要人に働きかけて、工事をやめさせようとします。のみならず、ライバル関係にある要人の息のかかった英一郎や、闇の存在である「疾風組」を暗躍させて工事を妨害しようとしたりもします。

そこに工事推進派として立ちはだかるのが鉄之助と呑海に率いられた一派です。いくつもの争いと、人間関係が交錯する面白さは、本の分厚さが気にならないほどでした。他の本のことを気にする暇もなく、行き帰りの電車の中と就寝前の時間を使って三日ほどで読了しました。傑作です。



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by lemgmnsc-bara | 2017-01-03 08:21 | 読んだ本 | Comments(0)