『プロ野球もうひとつの攻防「選手vsフロント」の現場』を読んだ

プロ野球 もうひとつの攻防 「選手vsフロント」の現場 角川SSC新書

井箟重慶/角川マガジンズ

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2016年のシーズンにおいて、ペナントレース、交流戦、ウエスタンリーグとすべて最下位で、「完全最下位」という史上初の不名誉な記録を達成してしまったのがオリックスバファローズ。1988年に阪急ブレーブスから経営権を継承し、途中でブルーウエーブと名を変え、さらには近鉄バファローズとの「合流」を経て現在の球団名、経営体瀬となるのですが、「オリックス球団」の創成期に球団代表として経営に携わったのが著者井箟重慶氏。当時の球団経営の裏側を、題名どおり、特に選手との契約を中心に詳しく語った一冊です。

新球団になった当時のオリックスブレーブスは、選手層もちょうど世代交代の時期にさしかかっていました。1970年代後半に阪急ブレーブスの黄金期を築いたベテラン陣は衰えを隠せず、レギュラーラインナップが磐石であったが故の弊害である若手の成長遅れが顕著でした。おまけに当時のパリーグはまだまだマイナーな存在で、いくら勝っても観客は大して増えないが、負けが込めばそれこそ「無観客試合」に近いような状態になることも珍しくありませんでした。親会社だった阪急が悲鳴をあげて投げ出した球団を買い取ったのが当時のオリエントリース。球団買収とともにオリックスと名を変えた同社は、関西発祥の総合リース業者として日の出の勢いでした。井箟氏は丸善石油野球部のマネージメントにかかわったという職歴を買われて球団に入社。以後10年に渡り、球団代表を務めました。

この方の在職時、この球団には実にいろいろなことが起こりました。新生球団であることを差し引いても、並みの球団の3倍くらいの濃い時間を過ごしたのではないでしょうか?

阪急色を「脱色」するためにV9巨人の戦法や選手育成方法を知悉した土井正三氏を監督に迎え、3年間選手の育成に重点を置いた指導体制を敷きます。イチロー選手を見出せなかったとして、指導者としての評価は高くない土井氏ですが、全体の戦力の底上げにはつながったとして井箟氏は「世間」よりは高く評価しています。

そしてその後には、勝つための監督として勝負師仰木彬氏を招聘。仰木監督の誕生とともに彗星のごとく出現したのがイチロー選手。日本球界初のシーズン200本安打を達成するなどして、一気にスターダムに駆け上がった彼は、打線全体を活気付けました。そこに、星野、長谷川、酒井、佐藤、平井といった充実した投手陣が加わったのですから強いのも当たり前。1995年、96年とリーグ連覇を達成し、96年にはチームとしては阪急時代から、仰木監督個人としては3連勝後4連敗を喫した大逆転敗戦の宿敵巨人を倒して日本一にまで昇り詰めました。

この時代のドラフト戦略、外国人獲得、各選手との年俸交渉など面白いオハナシガずらり。なかでもやはり一番興味深かったのは、イチロー選手のドラフト指名をめぐるオハナシでした。イチロー選手は愛知県出身ということもあり、本人も中日ファンでしたし、中日球団もマークしていたそうです。1位指名にかけるほどの目玉ではないにせよ、まるっきりの下位で指名することもないだろう。いったいどの順位で指名してくるのか?この辺のフロント、スカウト同士の原の探りあい、手の読みあいが実にリアルに描かれています。井箟氏も3位指名にするか、4位指名にするか、それこそ3位指名の選手を決める寸前まで迷ったそうです。結局は4位指名で交渉権を獲得し、入団にこぎつけることとなるのですが、ここに人事の妙ってなこともかかわってくるような気がしますね。オリックスで、仰木監督と出会ってこその開花だったかもしれないですから。

イチロー選手といえば、彼は日本球界初のポスティングシステムによるMLB球団遺跡選手でもあります。このポスティングというシステムができるまでのオハナシも非常に興味深い。アメリカに駐在した経験のある井箟氏は制度の整備のためにさまざまな交渉を行い、選手にとっても球団にとってもメリットのあるシステムを作り上げます。スター選手であるがゆえに引き止めたい球団(および日本球界)と、高いレベルで自分を試したいと考える選手とのハザマで奔走したであろう井箟氏の苦労がしのばれるオハナシです。この制度は、選手の価値に見合ったトレードマネーが球団に入ることで、選手が球団やファンに対して、後腐れなくMLBに移籍できるようになったという意味で評価できると思います。日本球界がMLBのマイナーリーグ化してしまったという負の側面も無視できないほどに大きなものではありますがね…。

金だけを使うのではなく、知恵を絞ることでチームを強化し、かつ利益構造も改善する。どこかの金満球団に突きつけてやりたいようなオハナシばかりでした。金だけに頼った即戦力補強は長い目で見た場合に球界全体のメリットを減じる行為であることがはっきりした今だからこそ、井箟氏のような方に球団の経営を任せたいものですね。







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by lemgmnsc-bara | 2017-01-19 18:29 | 読んだ本 | Comments(0)
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