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『国を蹴った男』を読んだ

国を蹴った男 (講談社文庫)

伊東 潤/講談社

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『戦国鬼譚 惨』を読んで一気にファンになってしまった伊東潤氏の私にとっての二作目。この作品も、戦国時代を「敗者」の視点から描いた作品を集めた短編集です。

表題作『国を蹴った男』がなんといっても一番読み応えがありました。主人公は蹴鞠の鞠を作る職人五助。室町から戦国に入った時代、優雅に蹴鞠などをしている余裕は公家たちにも大名たちにもありません。蹴鞠をめぐるマーケットは衰退の一途をたどり、やがては消滅してしまうという予見がなされています。しかも同じ工房で働く、腕の悪い職人が親方の隠し子であることが発覚し、工房を継ぐという道も断たれてしまいます。そんな五助に一人の商人籠屋宗兵衛が声をかけます。今川家の跡継ぎ、今川氏真は当代一の蹴鞠の名手であり、蹴る鞠を作る職人を探している、という話を聞いた五助は一も二もなくその話に乗って駿府に向かうこととなります。今川家の当主義元は東海一の弓取りと称され、また武田、北条との三国同盟も強固に固められており、いつ上洛し、「天下」をとるか、が世間の耳目を集める存在でした。
しかしながら、史実にある通り、桶狭間の戦いにおいて織田軍の奇襲を受けた義元は落命。氏真は蹴鞠や和歌に勤しむ日々から、軍事と政治の先頭に立たされることとなります。ところが氏真は絵に描いたようなボンクラ。宮廷で求められるような古典の知識は豊富だし、蹴鞠の腕も超一流という文化人なのですが、政治家にはまったく向いていない人物として描かれています。こんな人物をアタマにいただいたことで今川家は没落し、その領土は他の列強の「草刈場」と化します。氏真は育ちのよさだけで宮廷とのつなぎ役を期待され、列強の間を転々とします。そして職人も氏真に従って各国各所を転々。次第に蹴鞠作りの職人から、身の回りの世話をすべて焼くようになる間柄にまでなります。
そんな折、織田信長が蹴鞠の会を催すとの情報が…。そしてそこに現れたのが、今川家に職人を斡旋した宗兵衛。宗兵衛が五助に持ちかけたのは驚くような陰謀の片棒を担がせることでした。食うか食われるかの戦国時代、こんなところにまで陰謀の糸が張り巡らされていたのか…、と思わせる筋立てはこれがまったくのフィクションだとしても思わずうなってしまう展開でした。
それにしても、人が人を素直に信じることができずに、少し甘い顔をみせると、すぐにそこにつけこまれ、命まで奪われてしまう戦国時代というのは過酷な時代だったのですね。あらためてその森厳さに思い至らせてくれる作品群でした。今の世の中も油断は惨事を招くことはありますが、一族郎党すべて死滅させられるようなことはめったにありません。あるとすれば、狂信者たちによるテロくらいですが、そんなテロのような事態が日常茶飯事だった戦国時代…。今の世に生まれて、この時代をエンターテインメントの一種として味わうことのできる幸せをかみ締めたいと思います。

by lemgmnsc-bara | 2016-07-09 05:02 | 読んだ本

映画、演劇、お笑い、あまり肩の凝らない小説等々…、基本的にエンターテインメント系に特化したブログにします。

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