人気ブログランキング | 話題のタグを見る

『抱影』を読んだ

抱影 (講談社文庫)

北方 謙三 / 講談社

スコア:




久々に読んだ北方謙三氏の「現代モノ」。横浜を舞台に、元ヤサグレの画家がみせる、ハードボイルドな生き様を描きます。

画家というと青白くて線が細く、幾分かの狂気をはらんだ人物(もろにゴッホですね、このイメージ 笑)という印象が強いのですが、この小説の主人公硲冬樹は骨太の男臭い男です。芸術家としての「産みの苦しみ」を散々に味わうシーンは描写されますが、元々はヤバい業界に片足を突っ込んでいたという設定。いざとなれば暴力に訴えることも厭わない男として活躍します。高い評価を得ている画家だという事を隠して、毎夜毎夜安酒場に出かけるし、4軒の酒場の経営者であるという別の顔も持ち合わせています。なかなか凝った設定でしたね。

硲が創作に苦しむ姿は、作家としての北方氏が直面しているであろう苦しみを彷彿とさせます。作品が満足のいくものに仕上がるまで、文字通り寝食を忘れ、昼も夜もないような生活を送る。すべてはデッサンという哲学も描く対象を静物から人間に置き換えれば、行動を事細かに観察し、その行動に至る心の動きを忠実に文字にしていく、という小説の書き方に通じるところがあるように思います。登場してくる料理や酒がみなやけに美味そうに描かれているのも北方氏の「デッサン」の為せる技なのでしょう。

画家硲冬樹は世の中のあらゆるモノをデッサンしながらも、本当に描こうとしていたのは結ばれなかった想い人、響子の姿の抽象画でした。その響子が死病にかかり、余命数ヶ月となった時に硲が取った行動とは?画家としての硲の真骨頂はここで描かれます。そしてこれ以上はない、という作品が出来上がるのです。

一方、ならず者としての硲も物語の最後に登場します。画家として生きて来た硲は響子を看取る作品を仕上げた事で、最後は男として死のうとするのです。その散り様もカッコいい。ラストシーンなんか本当にゾクゾクしちゃう格好良さ。のみならず、哀愁にも満ち満ちています。こういう武骨な生き様こそが男なのだ、という強烈なメッセージ。中国古典ものとはひと味違った北方ワールドが全開の作品でした。
by lemgmnsc-bara | 2014-01-11 21:26 | 読んだ本

映画、演劇、お笑い、あまり肩の凝らない小説等々…、基本的にエンターテインメント系に特化したブログにします。

by 黄昏ラガーマン
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31