『柔道五輪金メダリスト猪熊功はなぜ自刃したのか』を読んだ

柔道五輪金メダリスト猪熊功はなぜ自刃したのか

井上 斌 / アドレナライズ

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東京五輪の重量級で金メダルを獲得した稀代の名柔道家、猪熊功氏の生涯を氏の側近中の側近だった井上斌氏が綴った一冊。井上氏は猪熊氏が自刃した現場に立ち会ってもいます。

スポーツ選手として一世を風靡した人間が第二の人生として実業界に乗り出すと、たいてい失敗しますね。元プロ野球選手が水商売に手を出して失敗し、現役時代の「遺産」を食いつぶすだけではなく、多額の借金まで背負って苦労した、などという話はそれこそその辺にごろごろ転がっています。

現役時代の「名声」が通用するのは精々5年くらい。それ以降は世間から忘れ去られて「あの人は今」状態に陥る事の方が多いですね。また、ある競技の達人は、良きにつけ悪しきにつけその競技一筋に生きて来た「競技バカ」です。スポーツはある意味単純です。努力すればしただけ結果に跳ね返りますから。ところが実業の世界はそうはいきません。こうすれば必ず成功する、という「公式」はないし、努力が報われない事の方が多いのです。

猪熊氏はまさにこの「競技バカ」の典型とも言える人物でした。柔道は確かに強い。しかし実社会のビジネスは柔道より遥かに繊細で、かつ力強い駆け引きが要求されます。金メダリストという肩書きは感嘆の対象ではあってもビジネスパートナーとして有力か否かは全くの別問題です。猪熊氏の悲劇は最後まで実業家としての感覚を身につけられなかったところにあると思いますね。

著者の井上氏が文中で何度も指摘している通り、東海大学の経営陣が猪熊氏を利用するだけ利用して、経営が危うくなったら掌返しをした、というのも一つの事実でしょう。しかし、猪熊氏が「人寄せパンダ」に徹しきれなかったというのも事実だと思います。柔道のセンスと経営の手腕とは全くの別物。経営は経営のプロに任せて、自分は客寄せに徹すればよかったのではないでしょうか?なまじ自分がトップに立とうとしたことで自刃という悲劇を招いてしまったような気がしてなりません。

いずれにせよ不世出の柔道家が一人、自らの命を絶ったという重い事実は残りました。「死んで花実が咲くものか」。本当は彼には最後の最後まであきらめない姿を見せて欲しかったように思います。会社が倒産しようが、借金が残ろうが、命まではとられなかったはずです。
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by lemgmnsc-bara | 2013-09-28 21:44 | 読んだ本 | Comments(0)