2012年 12月 15日
『岳飛伝(全五巻)』を読んだ
北方健三氏による『大水滸伝』の掉尾を飾るのが『岳飛伝』。この岳飛という人物、現代の中国において「歴史上、尊敬できる人物は?」という問いに対して、毛沢東に次ぐ第二位の地位を占める有名な豪傑です。私は浅学にしてこの人物につき全く存じ上げておりませんでしたので、北方水滸伝を読み続けるに当たっての予備知識を得るために読んだのが、田中芳樹氏による全五巻の標題の書。現在に至るまで中国の人民に知れ渡っている岳飛についての伝承を原作に忠実に翻訳した作品群です。
この岳飛という人物、文武ともに非常に優れた一種のスーパーマンとして描かれます。そしてその人望を慕って、各地の英雄たちが続々と傘下に加わります。岳飛の武勇がどれだけ優れていたかについての記述がやや不足しているとも感じられるのですが、武術の腕なら、岳飛に勝るとも劣らぬという人物がどんどん加入してきます。この辺は水滸伝のワクワク感をそのまま受け継いでいるという感がありますね。
この作品の直接の敵役は金国なのですが、金国の首脳陣はそれなりに男気をもった人物として描かれます。すなわち、宋の奸臣たちの存在については必ずしも快く思っていません。ただ、宋という国をほろぼすために仕方なく利用しているという体裁をとっています。ゆえに戦いはいつでも正々堂々お互いの技量を比べあう、という描写がなされます。
ここでコメディーリリーフとして登場するのが牛皐という人物。ガタイもでかく、荒っぽい性格で常に先陣を切るのですが、実は武技の腕はさほどではなく、必ず「よーし、今日はこれくらいにしといたる」という池乃めだか師匠の持ちネタそのものの捨て台詞を残して、必ず初戦を落とします。梁山泊でいうところの黒旋風の役割だといえばイメージをつかんでいただけるでしょうか?大して強くないんだけど、不思議と憎めない、っていうキャラを付与されています。
岳飛が指揮を執るようになった宋軍は金軍に連戦連勝しますが、ここで登場するのが、中国の歴史上もっとも嫌われているといってもよい、秦檜という奸臣です。彼は無実の罪で岳飛をとらえ、さんざんに拷問を加えた上で、養子の岳雲とともに命を奪ってしまいます。岳飛自身、秦檜の陰謀であることを感づいていながら、勅命に殉じ従容と死んでいきます。この辺が儒教が根強い信仰を集めている中国人たちの心を打つのでしょうね。天から権力を授かった皇帝の命は絶対。たとえそれが間違いであっても、自らの命すら奪われるような理不尽なものであっても、詔は遵守する。こんなところにまでスーパーヒーローぶりを発揮してくれちゃってます。
田中氏の見事な翻訳は、長い物語を、倦むことなく楽しく読ませてくれました。北方氏の描く岳飛はもう少し人間臭さを感じさせる人物像になると予想されますが、中国における岳飛のポジションをはっきりさせてくれたという意味でも、有意義な五冊でした。
by lemgmnsc-bara
| 2012-12-15 20:12
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