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『棒の哀しみ』を読んだ

棒の哀しみ (集英社文庫)

北方 謙三 / 集英社

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とあるツイッターのフォロワーさんからご推奨いただいたのが北方謙三氏の標題の作。氏の現代モノを読むのは久しぶりです。なんてったって今は毎月の『楊令伝』刊行が待ち遠しい状況ですからね。

刹那的な生き方をせざるを得ない男、田中。彼はいわゆるやくざなんですが、昔気質のウエットなやくざではなく、からからに乾いた生き方を貫いています。クラブを持たせている亜弓、秘密売春クラブを経営させている芳江の二人の情婦がいますが、どちらの女とも一定の距離を置いています。家庭なんぞを作って守るべきモノが出来てしまったら、その守るべきモノを守るためだけに生きることになる。そんな生き方を嫌い、やくざの世界で頂点を極めようとする田中。クールでドライ。自分の組を大きくするためには権謀術数も駆使しますが、基本的には刹那的な生き方しか出来ないとわかっている彼はちょっといいと思った女を「転がし」てみたり、意味なくチンピラを叩きのめしたり、亜弓の店で40万ほどのツケをためた会社社長から一千万を脅し取ったりします。

自分が継ぐと思っていた組の跡目を、カネ集めだけに才長けた弟分に奪われてしまってからは、密かに、その組をつぶそうと画策します。自分で組を作り、本家から借りていた覚せい剤のルートで稼ぐ一方、自分でも新しいルートを開拓して着々と力を蓄えて行く。さらに親分が寝たきりになってしまい、財政的に苦しくなった本家が泣きついて来ると、借り受けていた覚せい剤のルートを、警察に暴かれる寸前で返還するなどの策を弄します。この辺の話の作りが見事にリアル。暴力団と言えど、きちんと「兵站」が整っていないと、組織として立ち行かなくなってしまうという、当たり前の事実が重く描写されます。

田中は、自分の思い通りに行動しているようでいて、常に何か満たされないモノを心中に抱えています。そしてこの物語は田中の思いが満たされることなく、終わってしまうのです。自分の思いがすべて満たされている人間なんてのはごく少数ですから、程度の差はあれ、このやるせなさというのは誰しも思い当たる部分があるのではないでしょうか。

読んでいて、北野武監督の映画が思い浮かびました。淡々と描写される暴力シーンは静かでありながら、迫力を持っていますね。この小説でも暴力の描写はリアルでした。主人公の像を思い浮かべようとすると、どうしても北方氏本人の面影が浮かんで来てしまいます。風貌といい、酒、煙草の嗜み方といい、かなりの部分ご本人のキャラクターが投影されていると思うのですがね…。

北方氏の現代モノというのは実は私はあまり読んだことがありません。『水滸伝』に代表される中国歴史物のイメージが強いのですが、現代モノもやはりリアルなハードさを表現した作品が多そうですね。また折を見てチャレンジしてみたいと思います。
by lemgmnsc-bara | 2011-08-02 22:33 | 読んだ本

映画、演劇、お笑い、あまり肩の凝らない小説等々…、基本的にエンターテインメント系に特化したブログにします。

by 黄昏ラガーマン
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