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『明智左馬助の恋』(上下巻)を読んだ

明智左馬助の恋〈上〉 (文春文庫)

加藤 廣 / 文藝春秋

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明智左馬助の恋〈下〉 (文春文庫)

加藤 廣 / 文藝春秋

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加藤廣氏の「本能寺三部作」完結編は『明智左馬助の恋』。私はこの小説を読むまで明智左馬助という人物を浅学にして知りませんでした。もしかしたら一時期ハマっていた戦国時代のシュミレーションゲームに「出演」していたかも知れませんが、印象に残っていないということは、「出演」していたとしても大した能力設定をされていなかったということです。

この武将が名をとどろかせたのは、天王山で敗れた後、明智氏の本拠地であった坂本城に、待ち受ける堀秀政の大群のど真ん中を突っ切って、愛馬とともに琵琶湖を渡りきったという故実によってだそうです。そもそも体重が重すぎて馬に乗れない私にとっては想像しにくい「偉業」なのですが、今の世までその故事が残っているということは余程の難事を颯爽と成し遂げたってことなんでしょうね。

さて、ストーリーは、義父である明智光秀が覇王信長の暴君ぶりに翻弄される姿を、左馬助の視点で描き出していきます。信長の約束破りによって、光秀の叔母(この作品中では叔母に仕立て上げられた家来の親族)が血祭りに挙げられたのは有名な話ですが、その他にも、光秀に激烈な戦いの連続を強いて休む暇をあたえず、そのために結核に罹らせてしまったことや、光秀の結核を看病しているうちにその妻が先に結核で世を去ってしまったことなどの悪行が語られます。現代に置き換えて言うと、ワンマンな社長に振り回されるうちに健康を損ねた上、家庭も崩壊してしまったやり手の営業部長ってところでしょうか?私にもさんざんこき使われた上に、そいつのせいで心身の健康を奪われたという記憶のあるクソ上司はいましたが、このクソ上司は殿様という器ではなく精々が足軽頭程度の小さな野郎でしたんで比較の対象になりません^^。

信長の政策の犠牲となった明智一族の者はまだまだいました。光秀の長女綸です。幼き頃より左馬助の嫁となる運命だといい聞かされて育ってきたのですが、摂津の戦国大名荒木村重を傘下に引き込むために村重の長男村次の下へ嫁することを信長から命じられます。己の野望のためには、人の情など一切斟酌しない(という描き方をされている)信長に政略結婚の道具にされてしまったわけです。綸は村次の子供を宿すのですが、村重が信長に叛旗を翻したことによるお家騒動のさなか、胎児が死んでしまうという不幸に見舞われます。しかもその胎児がなかなか出て来ないため劇薬を使って強制的に分娩させられ、女としての機能を奪われてしまっていました。

左馬助はそれでも綸を娶ります。そしてこの妻を短い生涯の中で愛しぬき、側室などは設けなかったのです。純愛ですねぇ。運命に翻弄されながらも純愛を貫く。これもカッコイイ男の生き様です。

さて、物語は「本能寺三部作」の完結編にふさわしく、この三部作を貫く謎、すなわち「なぜ信長は本能寺に泊まる際に警備が手薄だったのか?」「本能寺から消えてしまった信長の遺体は一体どこにいったのか」についての答えが提示されています。答えそのものは作品を読んでもらうとして、狂言回しに中心からちょっとずれた人物である左馬助を持ってきたところが、作者の巧さです。常に当事者から一歩引いた視点で物事を捉え、時には味方にまで間者を放って情報収集する…。こんなことが出来るのは左馬助しかいません。前作の『秀吉の枷』のなかでワンシーンだけ登場して鮮やかなイメージを読者に植え付けておいたこともいい伏線になっていたと思います。

ラストシーンは結構ジーンと来ちゃいましたね。落城を目前にして、主だった近習や女性たちを次々と自害させ、死に切れない人々の「手助け」をして、最後に残った綸と左馬助。一人落ち延びさせた笛の名手に吹かせた「落城の譜」の調べが流れる中この夫婦に待ち受けていたものとは?なんだか映画のワンシーンでも浮かんでくるかのような切ない描写でしたね。

著者加藤氏は70歳を過ぎてから、この三部作で世に出ました。氏独特の視点での歴史小説をもっと味わわせてもらいたいものです。長生きしてくださいね^^。
by lemgmnsc-bara | 2010-09-28 22:50 | 読んだ本

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