2009年 06月 21日
『血涙』(上下)を読んだ
以前紹介した『楊家将』の続編。宋の文官たちの裏切りにあい、壊滅的な打撃を受けた楊家の生き残り六郎と七郎が再び力を蓄え、遼軍と対峙する姿を描きます。
相変わらず、北方氏の描く戦いはリアルです。実際の戦闘の場面よりもむしろ戦いの準備段階として、兵を鍛えたり、兵站を整備したり、食糧や武器を調達したりといった場面が丹念に描かれます。実際の戦い、特に集団での戦いは、個人的武力よりも、いかに軍をうまくあやつれるかが勝負の分かれ目となる。そしてその分かれ目を左右するのは日ごろの準備なのだという北方氏の主張はこの作品でも見事に貫かれていました。
この作品に深みと力強さを与えているのは、石幻果という遼の武将です。この武将は実は前作で激戦の最中に行方不明となった楊四郎なのです。彼は記憶を失ったまま遼軍最強の将軍の下で、遼軍最強の部隊を指揮するまでになり、あまつさえ、遼の皇太后の姪を娶り子まで成します。完全に遼の人間となりきり、楊家をライバル視さえしていた彼は、ある日の戦いで、自分がかつて楊家の人間だったことを思い出してしまいます。楊四郎と石幻果のどちらの人間として生きるべきなのか、悩みに悩みぬく姿が描かれます。この姿がこの作品をたんなる戦記モノではなく、複雑な心理ドラマとしても読み解けるものに昇華させています。結局彼は遼の人間として生きることを選択するのですが、そこに至るまでの葛藤は、そのテーマだけで十分にひとつの物語たりうるほどの深さを持つものでした。
物語は、物量ともに圧倒的な力を誇る宋軍がじわじわと遼軍を追い詰めていくという展開をみせます。状況打破のために遼軍は最後に捨て身の大バクチに討ってでます。果たして遼軍はそのバクチに勝つことができるのか?自身の兄弟と戦わなくてはならない運命を背負わされた石幻果と楊六郎、七郎の戦いの帰趨は如何に?これ以上は読んでくださいとしか言えません。
物語中に『水滸伝』の楊志、そして楊令につながる名刀「吹毛剣」が出てきたことに思わずにやりとしちゃいました。北方氏の中にもこの二つの物語を全くの別物として扱うわけにはいかないという気持ちが少しあったのでしょうね。前作のワクワク感をそのまま持続させてくれた快作でした。