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All About 身辺雑事

2016年の夏休み3 鶴の舞橋、わさお、わさお時々つばきちゃんとちょめちゃん sanpo

前回の投稿からまたすっかり間があいてしまいましたが、夏休み東北旅行の二日目後半戦から続きを記していこうと思います。

金木町の斜陽館を後にした我々にはまだ少し時間がありました。というわけで、JR東日本が吉永小百合さんを起用したCMで紹介していた鶴の舞橋を観に行く事にしました。日本最大の木造三連太鼓橋という二つ名も持っておりますね。

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遥か遠くにかすんで見えるのは岩木山。いわゆる津軽富士です。

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入り口(出口かな?)です。夏の暑い盛りだったのと、平日だったため人影はまばら。でもちゃんと中国人もいました(苦笑)。どこにでも出没しますね、中国人は。1980年代とか1990年代は日本人も欧米諸国の皆様からは似たような感情を持たれていたんだろうなぁ、ってな気持ちにも駆られながら橋を渡ります。

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大きそうに見えますが、そんなに大きい池ではありません。農業用水用のため池です。今は農業用よりも観光用の資源という側面の方が大きそうですね。

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とはいえ、水の上を渡る風はさわやかでした。直射日光下だったのですが、さほど汗をかきませんでした。この辺が北国の夏の良いところです。

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橋の真ん中あたりには東屋風の休憩所もあります。そこからの眺めは、東南アジア辺りの水上コテージといった趣でしょうかね。スパイスの香りは漂ってはいませんでしたが。
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渡りきって、逆から眺めたところ。

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こっちは青々とした水田を遠くにのぞむ、日本の原風景といったところでしょうかね。心休まる風景でした。

鶴の舞橋を後にした我々は、この旅の一つの目的である「わさお」に会いに行く事にしました。鯵ヶ沢のイカ焼き村のなんの変哲もない一軒を、日本でも有数の「観光名所」へと引き上げた、秋田犬の「わさお」。当家の最高権力者様は、わさおを主人公にした映画の試写会に行き、そこで舞台に登場したわさおを見て涙してしまったそうです。というわけで、最高権力者様の興奮度はMAXレベルでした。

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いました、わさおです。暑かったせいでへばっています。大型の扇風機が小屋の中に据え付けられて風を送っていましたが、それでもシンドイようです。

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なんでも映画に出演して以来、大きなカメラを向けるとちゃんとポーズを取るようになったそうです。小さなスマホでは気まぐれにしか顔を向けてくれないとのこと。意外と賢いな、わさお。

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小屋には他に二頭。お嫁さんのつばきちゃん。

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なかなかの秋田美人ぶり。早くわさお二世が見たいってのが世間の勝手な思惑ですが、本人たちはマイペースです。

近所の美少女ちょめちゃん。今は、一緒にくらしているそうです。まだ生まれて1年ほどらしいですが、すでに堂々たる体格です。

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風貌は少しわさお寄りですかね。

我々が店に到着したのはちょうど夕方の散歩に行くちょっと前でした。貴重なわさおとつばきちゃんの小屋外ツーショット。

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わさおはともかく、つばきちゃんは人見知りするそうです。もっとも秋田犬は飼い主にはどこまでも忠実ですが、他人には容易くココロをゆるさない犬種として有名なのだそうです。そのためつばきちゃんは、別の小屋にこもってしまうこともあるそうです。当日はそこそこ機嫌がよかったようで、特に吠えたり、ぐずったりすることはありませんでした。

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軽トラに向かうわさおの堂々たる尻です。


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黄昏の鯵ヶ沢の海です。この日の宿は夕陽が沈むのが見える事を一つのウリにしていましたが、残念ながら曇りのため夕陽は見えず。
温泉にゆっくりと浸かった後、夕食をタップリ食って、早々に寝ました。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-09-24 14:32 | ドライブ | Trackback | Comments(0)

2016年の夏休み2

前の投稿からすっかり間があいてしまいましたが、夏休み旅行二日目のオハナシいってみたいと思います。



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盛岡を出発して最初に寄ったSAです。名前は忘れちゃいました。見事な夏空と、緑。北国の夏は本当に素晴らしい。冬がシンドイから二度と住みたいとは思いませんけどね(笑)。

このSA通過後しばらくは、恐らく結婚後屈指の勢いの夫婦げんかをやらかしてました。きっかけはホンの些細なことだったんですが、それこそ死ぬの生きるのくらいにまでエスカレートしました。朝から二人ともすっかりアタマに血が昇っちゃいましたね。なんであんなことであそこまでエキサイトしなきゃいかんのか?謎ですが、これも夫婦生活の一コマと割り切る他ありません。

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そんなこんなで車の中の空気が荒みきった後にようやくたどりついたのが、青森県は十三湖のほとりにある、はくちょう亭奈良屋です。十三湖は島根県の宍道湖、茨城県の涸沼と並ぶ、日本三大しじみ名産地です。海に隣接した汽水湖で、上からみるとこんな感じです。

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奈良屋のすぐ前には、遠浅の、いかにも貝類がたくさん採れそうな汽水湖が広がっていました。

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ここでしばし、海からの風に吹かれた後、奈良屋で昼食。なにしろ二時間以上荒みきった空気の中でドライブしてきましたから、回復するには素晴らしい景色と、新鮮な空気、それにうまい食い物です。

というわけで二人そろってオーダーしたのが、しじみ御膳。

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すまし汁にチャウダー、ラーメンに釜飯、バターソテーとしじみづくし。専門店故でしょうか、砂抜きもバッチリで、じゃりじゃりした感じも泥臭さもみじんもなく、ただただしじみの旨味と滋養を味わう事が出来ました。特にチャウダーが美味。早速自家用のお土産にレトルトのパックを買い求めました。美味いだけでなく、経年劣化でいろんなところにガタの来ているカラダに文字通り染み渡るような、栄養豊富な食事でしたね。

食事の後は、十三湖からさほど距離のない、太宰治の生家、斜陽館へ。

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ここは、たしか両家の親を連れて来た覚えがあります。それ以外にも何度か来ましたね。で、今回は斜陽館の中には入らず、隣接されている津軽三味線館で、津軽三味線を聴く事にしました。

開演前のステージです。

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ここではMCを兼ねた女性の演奏家と、その師匠(男性)が出て来て、『津軽じょんがら節』を始めとする、津軽三味線の「スタンダードナンバー」を何曲か披露してくれました。私は、よくわかりませんでしたが、最高権力者様によれば、やはり弟子の方は音程が多少狂ったり、変にテンポが狂ったりというところがあったようです。それに比べると師匠の方は、無駄な力みがなく、音も張っていたし、運指も正確だったとの事。何事によらず、力みを取り去る事が肝要なんだな、ってことを改めて知らしめてくれました。

最後はお約束のお土産ショップ。ピースの又吉直樹先生のサインが堂々と飾られておりました。

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こんなところにまで余波が…。私もつられて「走れメロス」Tシャツなんぞを買い込んでしまいました(笑)。

二日目編はもうちょいと続きます。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-09-14 17:18 | ドライブ | Trackback | Comments(2)

2016年の夏休み1

相変わらずの無精のせいで、1ヶ月前に取った夏休みに行った東北ノスタルジックツアー第二弾(第一弾は2010年に敢行)のことを投稿するのを思いっきりサボってしまっていました。書ききらずに溜めておくと、ストレスのタネになりますので、当たるを幸いってな勢いで書いてしまおうと思います。

旅の始まりは7/24(日)。7/26(火)に秋田で予定のあった最高権力者様をお連れするためにクルマで自宅を出発。まずは一気に東北自動車道をひた走って、岩手県は盛岡市郊外を目指します。

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途中で寄ったSAたちの写真をいくつか。小学生並みの感性の私としては、旅は始まる前から、始まった直後くらいが一番興奮してます(笑)。故に無駄なところで写真撮ったりしてます。
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国見のSAでは果物王国福島の恵みがたくさん並んでいたのですが、この後のスケジュールを考えて購入を断念…。

さて、車を走らせる事、約7時間で到着したのが、盛岡市の郊外、繋十字路にある、焼き肉の名店「髭」です。勤務地がこの辺の地方だった時には、何度となく寄ったお店です。前回のノスタルジックツアーの際も寄りました。ここのビビン麺を最高権力者様がことのほかお好みになられるからです。

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とは言え、まずは焼き肉。焼き肉のトップバッターと言えばやっぱりタン塩ですね。

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うう、ビールが飲みたい!!しかし、今後の運転の事を考えてウーロン茶で我慢我慢。しっかりとした肉質の、タンらしいタンでした。

お次は和牛の三種盛り。

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ハラミにロース、そしてカルビ。肉の旨味もさることながら、やっぱり、カルビのとろけるような脂身の美味さが口中一杯に広がるのがなんとも快感。ああ、久しぶりの脂身!!でも、もう歳のせいか追加にまでは至りませんでした。いい肉をほんの少し、味わって食べる…。こんなことがカラダにしっくり来る歳になってしまったんだなぁ、という感傷に浸る間もなく、ビビン麺と盛岡冷麺の登場です。

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甘辛のタレにしっかりと絡めて食べるビビン麺と、あっさりとしていながらコクのある冷たいスープと共にすする冷麺。特に冷麺は夏に食べると美味さもひとしお。そういえば最近締めに麺類っていう食生活の習慣もなくなりつつあるなぁ、ともう一度加齢を再確認。

前回来た時に比べてもかなり控えめな注文状態でした。

昼食後は、盛岡市内の宿に入り、盛岡の街中を散策。日曜の夕刻というのに、市街地の人出はまばら。「髭」から盛岡市内にもどる幹線道路の脇にあった大型のショッピングモールに入庫待ち渋滞が生じていたのとは、まさに対照的。盛岡のような大都市にすらシャッター通り化の影が忍び寄って来ているようです。我々旅行者は無責任に「風情ある昔ながらの商店街を大切にすべきだ」などと考えたりしますが、その土地に住んでいる人間の「合理的」な行動としてはショッピングモールの方を選んでしまうのでしょうね。

東北在勤中に月1くらいのペースで来ていた中三(ナカサンと読みます)デパートの客の少なさを目の当たりにすると、余計に寂しさを感じましたね。当時(もう10年以上も前の話ではありますが)、中三の地下食料品売り場は人でごった返していたものでしたが…。

中三で岩手の土産物を買い求め、その後、何の気なしに生鮮食品コーナーをのぞくと、非常に美味そうな大トロのにぎり寿司が並んでいました。これが最高権力者様の琴線を揺らしてしまったようで、当初の予定であった、地元の居酒屋での夕食を中止して、そこで寿司を中心に総菜を買い求めて夕食にすることにしました。まあ、私も長時間の運転で疲れてもいたので、いい選択だったと思います。

宿に戻ってから、近所のスーパーで晩酌用のビールを買い求めて、宿の部屋で夕食にしました。清水義範氏はよく、外国の都市で地元のマーケットでチーズやワイン野菜などを買い求めて夕食にする事が多いそうです。特にヨーロッパの都市などでは、大抵の場合、夕食は脂っこいものが中心となりますので、そのうち胃腸が疲れて来るため、軽く済ませて胃腸を休めるとともに、地元の人々の日常の食事に近いモノが食べられるという利点があるからだそうです。さすがにマグロの寿司は盛岡の名物ではありませんが、旅の第一夜は素敵にリラックスすることができました。

というわけでその2以降に続きます。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-09-04 17:20 | ドライブ | Trackback | Comments(0)

『怪談実話 黒い百物語』を読んだ

怪談実話 黒い百物語 (角川文庫)

福澤徹三/KADOKAWA/メディアファクトリー

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怪談に造詣の深い作家、福澤徹三氏の「恐い話」コレクション。季刊誌『怪』に連載されたものを中心に、きっちりと百話収められています。ただし、さすがの福澤氏も作品として上梓してもよいレベルの恐い話を100も確保するのは難しかったとみえて『怪』に掲載されたものを二つ三つに分割したオハナシもある、と「はじめに」の中で赤裸々に告白しています。

『怪』という季刊誌は、その名の通り、妖怪や幽霊などの「怪しい」モノを特集するムック本です。その恐い紙面の中でもひときわ恐怖を感じるのは、本の身近なところで起こる怪異ではないでしょうか?見慣れ、歩きなれているはずの道を通っているはずなのに行けども行けども帰る家が見えてこない。あるいは一人暮らしのはずのアパートの一室に、明らかに自分以外のナニモノかの気配がする。鋭敏な霊感を持っている人間が生気のない顔をしている人物の肩口のところにただよう、薄ぼんやりとした人の顔を見てしまう…。

幸か不幸か私には霊感らしきものが一切存在しないので、幽霊も人魂も妖怪も見たことはないし、田舎の古びた宿に泊まっても金縛りにあった事もなく、ぐっすり眠れてしまいます。しかし、気がついていないだけで、何かとてつもなく恐いものが近くにいる、という可能性は否定し得ませんね。そうした存在に出会わなかったのは「たまたま」なのかも知れません。そう思わされるオハナシがたっぷりと百話。恐いんだけど読み出すと止められない。喫茶店で1時間半位、飲み干したアイスコーヒーの氷が水になるのも構わずに一気に読み切っちゃいました。

百物語は百個目の物語を語り終えると、何か怪異が起こる、と言い伝えられていますが、残念ながら私の身には怪異は起こりませんでしたし、帰りの電車も普通に運行してました。明るい灯火の下で、しかもメディアがkindleだったからでしょうか?ただしその日は、帰宅した途端強い眠気に教われ、いつもより1時間以上早く床に就き、翌朝は1時間半も寝過ごしました…。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-08-27 08:20 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『カンコンキンシアター30 クドい! 82歳まで生きる事に決めました!』鑑賞

カンコンキンシアター公式サイト

毎年この時期に行われる関根勤氏の座長公演、カンコンキンシアター、今年も観に行ってきましたよ〜。

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毎度の事ながら、今年も観客は小太りで短髪、メガネっていういわゆるオタク系の方々が多い。私もその一人ですけどね(笑)。千秋楽の一日前という事で、Tシャツが売り切れてました…。XLはいち早く完売したとの事。納得。

この公演、毎回時間が延び延びになることが恒例なのですが、今年も3時間の上演予定に対し、実際は4時間半を超えました。まあ、ほぼすべて笑えるネタばかりなので、長くなる分にはコスパが上昇することになり、ファンとしては得した気分にはなるんですけどね…。でもちょっと長かったなぁ。ずっと座りっ放しでしたからね。

ネタ以前に、今年はメンバーのエネルギー(平子悟、森一弥)が3月末で解散していたという事を初めて知って少々衝撃でしたね。よって、当然のことながらエネルギーのグループとしてのネタは今回はナシ。狂言師ネタ楽しみにしてたんだけどなぁ…。まあ、狂言師ネタはコントの随所に盛り込まれていたので、満足はしましたがね。

さて、今年の公演は例年に増して下ネタが多かったように思います。端的に言えばセッ○スとかチ○コという言葉の発生回数がいつもより多かった。エロいネタはこの集団に関してはお約束なので違和感はなかったのですが、それにしても多かった。

今年の座長の新ネタは小池百合子。相変わらず女装すると和田アキ子そっくりです。他にジャイアント馬場や長嶋茂雄など、関根勤ファンにとっては懐かしいモノマネも多々ありました。

ネタとして面白かったのは井川修二の一人しゃべりと、やすを天野と井川でいじり倒すコント。相変わらず井川のブラックネタはいい切れ味しています。もっと売れててもいいと思うのですが、自主規制流行のメジャーなメディアにはなかなか登場しにくいのかもしれませんね。やすいじりは、往年のコント55号を彷彿とさせる仕上がり。ネタとしてはおそらく一番上演時間が一番長くもありました。不器用なやすの動作の一つ一つに天野と井川がツッコミを入れまくり、元々の方向からは完全にズレていってしまう。わかっていても面白いネタです。ただ、あまりに長かったので、当家の最高権力者様には少々不評でした。

体調を崩した影響なのか、今年に関してはやや座長の露出度が低かったような気がします。後は飯尾氏の出番が例年に比べると少なかったような印象がありました。座長の盟友、小堺一機氏の『おすましでSHOW』の今夏の公演はなく、来春に「ファイナル」と銘打たれた公演が実施されるそうです。コサキンコンビも歳食っちゃったんだよなぁという、寂しさを感じさせた公演でしたね。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-08-14 07:14 | エンターテインメント | Trackback | Comments(0)

『オリガ・モリソヴナの反語法』を読んだ

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)

米原 万里/集英社

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ロシア語の通訳として活躍する傍ら、エッセイスト、小説家、テレビのコメンテーターなど八面六臂の活躍を見せ、下ネタ好きを公言するなど、キャラのたった人物であった米原万里氏による「私小説」。ドゥマゴ文学賞受賞作です。

ちょいとググって調べてみたら、氏の父君は衆議院議員にもなったことのある、日本共産党の有力者。その父君のプラハ赴任に伴い、氏も家族とともにプラハに移住。現地でソビエト学校に学んだ事でロシア語を身につけ、後にロシア語の通訳としての職をえることとなったそうです。

氏は巻末の池澤夏樹氏(ドゥマゴ賞選考委員)との対談の中で、社会主義に好意的な見方を示していますが、家庭の環境や、思春期に受けた教育によるものなのでしょうね。ただし、作品の中に描かれた、ソビエト連邦は体裁こそ社会主義国家でありながら、実際は恐怖政治の嵐の吹き荒れる独裁国家。そしてその嵐の中を、さまざまな傷を負いながら生き抜いて来たのがオリガ・モリソヴナ。彼女の生き様を通じて当時のソビエトが抱えていた様々な矛盾が描かれるというしかけは巧みでした。

物語は米原氏自身がモデルと思われる志摩という女性が、チェコのソビエト学校で学んでいた頃を回想するところから始まります。その頃の志摩はダンサーになる事を夢見ていましたが、結局その夢は破れてしまっています。そして彼女にダンサーとしての最初の教育を施した人物こそがオリガ・モリソヴナだったのでした。題名にも記された反語法は、オリガの「ほめ言葉」を表しています。もちろん反語法ということは、生徒たちをののしるニュアンスのものなのですが、その罵倒の仕方が実に面白い。先にも述べた、巻末の対談では、ロシア語の罵倒語が実に豊かで多彩だという事が述べられています。なんでも少数民族で、罵倒語を持たない民族の人々は、喧嘩をする時だけはロシア語でののしりあうそうです。あはははは。豊かな表現力が罵倒語に向かうというところが面白い。だからといってこれからロシア語を習おうなどという気はまったくありませんが…。

さて、志摩はオリガの足跡をたどって行きます。そしてその過程において、自らの青春時代を思い起こして行くのです。そしてまた、ソビエト時代の政治のうねりに飲み込まれて行った人々の苦難の様が生々しく描かれる事にもなります。理不尽な拘束から、およそ人道的という言葉からは遠い、移動の汽車や牢獄の様子などがリアルに書き込まれています。そして、そんな生活の中でも希望を捨てずに生き続けようとする人々の姿も…。肉体的な苦痛もさることながら、家族の消息も刑期の長さも知らされないなかで、希望を持ち続け、生き続けることの精神的苦痛はナニモノにも代え難いと想像します。

最初の頃だけ、人物の名前と人間関係がなかなか結びつかずに苦労しましたが、後半はまさに一気呵成に読んでしまいました。なかなかの力作です。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-08-09 05:55 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『世界史88の裏側をのぞく: 摩訶不思議な裏歴史の真相を紐解く』を読んだ

世界史88の裏側をのぞく: 摩訶不思議な裏歴史の真相を紐解く

裏世界史研究会/キニナルブックス

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題名通り、世界史の有名なトピックスの裏側を取り上げたトリビア本。ネタ元はおそらく桐生操氏あたりと同じなのではないでしょうか。ただ桐生氏は「下ネタ」関係に造詣が深い分、個人的には好みです(笑)。標題の書は「真面目」な話題も取り上げています。

こういうトリビア本はそもそもが私の興味のど真ん中ですので、手にする機会も多く、「あ、この話はどこかで読んだか聞いたかしたことがある」ってオハナシも多々ありました。しかし、いくつかは興味深いとか初耳って話もありました。どこかの番組みたいですね。

まずはニュートンの志向。万有引力の法則の発見者としてあまりにも有名なニュートンには、品行方正で真面目な科学者、というイメージを勝手に持っていましたが、実はニュートンは錬金術などに非常に深い関心を持っていたとの事です。ひょっとすると、錬金術への親和性が彼の考察に多大なる影響を与え、ある意味突拍子もない学説を打ち立てたのかもしれません。世の常識からすれば奇妙なことであっても突き詰めて行けば、何か万人を感動させる事の出来る真理に行きつくのかも知れない、と考えるだけでもワクワクしますね。もっとも凡人の空想なんぞただの戯言にしか過ぎませんがね。

お次はピラミッド建設に関する定説への疑問。ピラミッドと言えば、大勢の奴隷が大きな石を丸太ん棒の上にのせて引っ張っていて、監視人が鞭をもって追い立てている、というイメージが強いのですが、実はこれは今で言うところの公共事業であり、雇用創出であったのだという説が紹介されています。ナイル川の氾濫により土地が荒れて耕作できない時期に、ピラミッド作りという「産業」に従事させる事で、人民の衣食住を確定させていた、と考えられるというのです。論拠としては当時の奴隷階級とされる人口だけでは到底建設しえなかったということ、建設に従事している間、労働者には栄誉豊富な食事がふんだんに与えられていた事などが挙げられています。これは目からウロコ。いままでの歴史観がひっくり返りました。

時事ネタという事ではオリンピック。古代オリンピックにおいては競技者はもとより、コーチにいたるまで、フィールドにいる人間はすべて全裸が義務だったそうです。選手に関しては競走の際に、アクシデントで服が脱げてしまった選手がレースに勝ったことから、コーチに関しては、男しか入っては行けないとされていた競技場に、選手の身を案じたその選手の母親が入った事により、男である事を完璧に示すために全裸が義務づけられる事になったようです。なんだか、いろんなところをすりむいてしまいそうですし、あまり見たくない光景のような気もします。

ま、雑談のネタを仕入れるにはなかなか良い本でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-08-07 20:21 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『フジテレビはなぜここまで凋落したのか』を読んだ

フジテレビはなぜここまで凋落したのか J-CASTニュースセレクション

J-CASTニュース編集部/ジェイ・キャスト

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ニュースサイトJ-CASTで配信されたニュース記事の中から、フジテレビの凋落に関するものを集めたのが標題の一冊。

フジテレビは今、悲惨な状況ですね。人気あるタレントを起用して番組を作っても、ぜんぜん視聴率が稼げない。もっと悲惨なTBSとキー局とは言えマイナーなテレビ東京ががあって、年間の最下位を辛うじて免れているのが現状。曜日や時間帯によっては上位にかなり差をつけられてどん尻になっているという惨状。かつて、年間視聴率の三冠王を7連連続で獲得した時のような輝きはすっかりなくなっていますね。当家も、『めざましテレビ』以外は意識してフジテレビを選択する事はありません。

いろいろな記者が、様々な視点から、この凋落の原因を探っています。中でもとりわけ今のフジテレビを象徴しているのが「韓流(ゴリ)推し」問題ではないでしょうか。私は別に韓国の番組を扱う量が多いからダメ、と言っているのではありません。俗にいう、「他人のふんどしで相撲を取る」という状況の出来を疑問視します。すなわち、楽して視聴率を取れればそれに越した事はない、という「大企業病」が発生し、蔓延した結果、フジを視聴率王者に押し上げた最大の原因である「常に新しく、常に面白い」という活力が失われたのではないか、ということです。

かつてのフジテレビは、コンテンツにしろ、タレントにしろ、常に新しく面白いモノを探し出して引っ張り上げてきました。たけしにさんま、タモリのビッグスリー、とんねるず、ウンナン、ダウンタウン、ナインティーナイン…、みなフジのヴァラエティー番組から大きく飛躍していきましたね。俳優に目を向ければ、織田裕二、江口洋介、福山雅治、W浅野etc。一世を風靡した上で、更に上の存在になっています。良い企画に乗った出演者が視聴者の気持ちを引きつけ、人気者となった出演者がまた別の番組に出る事で番組の魅力が高まる、とう好循環が見事にハマっていたのが、視聴率三冠王を続けていた時代。今に関しては、タレントのキャラクター頼みの番組作りに終始した結果目新しい企画が出来ない→コンテンツがマンネリ化して視聴率がじり貧→新機軸を打ち出そうと新番組をスタートさせるが、企画そのものが他社の後追いである上に、タレントもすでに評価の定まった人間を引っ張って来るので、劇的な変化を起こす事がない…、という悪循環に陥っているように思います。

良い例が『バイキング』ですね。鳴り物入りで船出したはいいが、TBS『ひるおび』、日テレ『ヒルナンデス』には大きく水をあけられています。いわゆるお笑い番組から情報ヴァラエティーへの転身を図ったのですが、『ヒルナンデス』の後追いという印象がどうしてもぬぐえない上に、出演者も、他局の番組で人気が出たタレントを引っ張って来ているだけ。面白いはずがありません。

人気企業故に「優秀」な人材は多々集まって来るのだとは思いますが、その「優秀さ」の方向が少し間違ってるのではないでしょうかね。「官僚的」な能力の人ももちろん企業ですから必要ですが、そんな学力エリートばかりが集まってしまったのが今のフジテレビではないでしょうか。面白さ、を見つけ出す目利きが絶対的に不足しているし、チャレンジングな企画や人選を許さない保守化が大きな壁となっているのではないか、と勝手に想像しております。

バブルを謳歌した私にとっては、フジの隆盛は自分自身の青春時代に見事にかぶります。もう一度復活して、「この番組が観たいから今日は帰る」という気分にさせるほどの面白い番組を作って欲しいものです。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-07-20 06:14 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『人類のためだ。』を読んだ

人類のためだ。: ラグビーエッセー選集

藤島 大/鉄筆

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第一線で活躍するスポーツライターにして、母校早稲田大学、都立国立高校ではコーチとしてラグビーに携わった経験のある藤島大氏によるラグビーエッセイ集。題名に「選集」とある通り、選りすぐりのものが選ばれています。

私は藤島氏の「現物」を拝見した事があります。2007年のラグビーワールドカップ直前に行われた、雑誌『ラグビーマガジン』主催のトークショーででした。その大会での予選プールの対戦相手はオーストラリア、ウェールズ、フィジー、カナダでした。ジャパン代表の「戦績」について、他の出席者が期待を多分に込めて「3勝1敗」といってみたり、やや堅めに「2勝2敗」などという予想を語る中、藤島氏だけは「1分3敗」という地味を通り越して聴衆の反感までを食らう予想をたてました。結果としては不幸にも藤島氏の予想がズバリと的中しジャパンはワールドカップでの連敗記録を更新してしまいました。

この、会場の空気に断固として反対する「勇気」と、現実を冷静に見つめる厳しい視点とが相まって生まれたエッセイたちが収められているのが標題の選集。

まず、冒頭の一編でガッチリと捕まえられちゃいました。『君たちは、なぜラグビーをするのか。それは「戦争をしない」ためだ。』。藤島氏にとっての生涯の師と呼べる大西鐵之祐氏が早稲田大学での最終講義で語った一節をそのまま紹介し、その思想的背景を丁寧に解説しています。

すなわち、相手を「合法的」に傷つけることが可能な競技であるからこそ、単に「法律的に正しい」行いを為すのではなく、「きれいなプレー」をすることを身につける。そしてその「きれいなプレー」をするココロを身につけた人間こそが、社会が「変な方向」に向かおうとする時に抑止力として働くのだ、という大西氏の「哲学」です。

う〜ん、深い。残念ながら私はここまでの「思想」を身につけることは出来ませんでした。見えないところで散々ラフプレーやりましたし、一度明白な暴力行為で退場を食らった事もあります(苦笑)。また、少なくとも高校時代のラグビー部(私は高校時代は剣道部でした)の人間は人格的に高潔などとは決して言えない奴らばかりでした。有名な選手の不祥事も少なからず発生しています。大西氏の理想が体現されているとは必ずしも言えない状況ではあります。

だからこそ、ラグビーをやる人間は折に触れて大西氏の教えに戻り、「抑止力」を身につけていかなくてはならない…。藤島氏の思いは十二分に伝わっては来たのですが、やや意地悪な見方をすると、この「ネタ」の使い回しが多かった印象があります。それだけ重要な「思想」であるとも言えるのですがね。

次は、藤島氏がエディージャパンをどのように総括するのか、に期待したいです。あのチームの思想や信条にまで踏み込んだ分析にはまだお目にかかっていません。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-07-17 06:06 | 読んだ本 | Trackback | Comments(2)

『えんじ色心中』を読んだ

えんじ色心中 (講談社文庫)

真梨 幸子/講談社

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久々に読んだ(最近この枕詞ばっかり)「イヤミスの女王」真梨幸子氏の作品。巻末の解説によれば、この作品はデビュー二作目だそうですが、文庫化されてからは日が浅いようです。
主人公の久保はライター。とはいえ、記名入りの記事がかけるほどの身分ではなく、テクニカルライターとして電子機器のマニュアルを作成することが主な生計の道。下請け、孫請けの悲哀をたっぷりにじませ、低賃金で短納期の仕事をこなしています。しかし、それだけでは食えないので、データ入力の派遣社員と掛け持ちします。睡眠時間もろくにとれないハードな仕事をこなしても、食うや食わずの生活が続く。二つの仕事に追いまくられて、心身ともに限界に近い久保の意識は次第に現実と非現実との境すらもあやふやになります。そんな久保の精神状態にオーバーラップさせられて登場するのは久保の少年時代。
彼は超難関中学(文中に示されている所在地や校章から察するに開成中学らしい)を目指し、合格率№1という実績を誇る学習塾に通っています。残念ながら久保のクラスはDクラス。合格の見込みは非常に低いとされるグレードです。時代は1990年代に入ろうというところ。ちなみに文中のリアルタイムは2005年という設定です。
親や塾の教師からは散々に尻をたたかれるもののの、日に日に開いていく上位陣との学力差とそれに伴って増大していく絶望感。そんな中、久保の前には一人の少女が現れます。一年年上ながら、帰国子女のためにその次の年の春に中学受験を迎える少女の名前を、久保はどうしても思い出しません。少女は、美容院を営む父方の伯母の家から塾に通っていました。塾からさほど遠くないその家はいつの間にか、久保と少女の隠れ家となります。勉強をサボってその家に豊富にある、ビデオやCDなどを観たり聴いたりしてまったりとすごす時に、やがて久保はどっぷりとハマッていきます。そりゃ、まあ興味の持てない勉強なんぞより、美少女といってよい異性と一緒に過ごす時間のほうが楽しいに決まってますね。本来ならそんなことを考えていてはいけない時期だからこそ、かえってその時間と空間はより強く久保をひきつけます。
もう一つ、この作品に素敵なおどろおどろしさを添えるのは、この塾の卒業生が主人公の事件。久保と同じように学力の低いクラスに振り分けられたものの、テレビのドキュメンタリー番組に取り上げられて以降神がかり的に成績を伸ばして、件の難関中学に合格したその少年は、入学したものの、中学という環境になじむことができずに、殺人者の記録ばかりを読む「変わり者」になってしまいます。その上、同居していた父や祖母に対して暴力を振るうようになったため、ある日父親はこの少年を殺害してしまうのです。しかし、いざ判決が下ってから、父親は自身の無罪を主張し始めます。
久保の落ちるところまで落ちた現状と、少年時代のくすぐったいような、それでいてわけのわからない衝動を持て余すような思い出、そして少年の殺人事件…。この三つは最後の最後で見事につながります。少々無理のある筋立てだという気もしますが、落ち着くべきところに落ち着いた、という気もします。
いずれにせよ、真梨氏の「イヤミスの女王」としての特性はこの作品に関してはさほど登場してきません。むしろ、社会的な問題の重さの方を強く感じました。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-07-15 05:19 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『高校入試』を読んだ

高校入試 (角川文庫)

湊 かなえ/KADOKAWA/角川書店

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最近、いろいろあって、本棚を整理したので、買った日付に関係なく、並んだ本を片っ端から読んで行く、というパターンで読書しています。標題の書は、本棚のまさに端っこにあったもの。

この本の解説はラジオドラマのディレクター氏が書いていますが、その解説によると、この作品は元々ラジオドラマ用の脚本として書かれたもののノベライズだそうです。作者湊氏が高校の教諭の経験があることも紹介されていました。氏の教諭の経験からいうと、高校という組織の中での最大のイベントは入試だそうで、そこを題材にしたとのこと。

舞台はとある県で一番お勉強もできて伝統ある高校。こういう高校ありますね。その県においては大学の名前出すより、高校の名前を出した方がハクがつくって高校。私の出た高校がまさにそのものズバリでした。「外界」に出た時の評価とは全く別で、その県内でしか通用しないものの、その県内でしか通用しないが故に強力な「権威」になってしまう高校。県庁や、市役所、県内最大手の地銀などでは学閥までできてしまう根の張り方。コネやら情実やらが絡んで、一層事態を深刻なものにするのがこの「伝統校」ってやつです。

そしてその伝統校に入るために、中学生は目一杯の努力を強いられます。そこに入る事が人生の究極の目標であるかのように設定され、そして遂行を求められる。首尾よく入学出来ればともかく、落ちてしまうと、犯罪者もかくやと思われるような後悔と自己批判の日々が待っています。しかし、試験の結果というのは全くのブラックボックスの中。一旦答案用紙を提出してしまえば、あとは他人の手にゆだねるしかなくなります。そしてそんな高校入試により人生を大きく狂わされてしまった人物たちが、その伝統校の入試に際して「入試をぶっつぶす!」というスローガンの下、いろいろな事をやらかす、というのがストーリーの大筋。どんなことをやらかすのかは本文をじっくりとお読み下さい。

展開はいつもながらのクリフハンガー方式。入試前夜の準備から始まって、当日の本番、そして教師による採点と合否判定といった時系列的な流れを様々な人物達の視点から描き、肝心の謎については最後まで引っ張っています。いつものことながら上手い展開です。そしてこの作品の重要な脇役となるのが、携帯電話とネットの掲示板。携帯電話は実際の試験に混乱をもたらしますし、ネットでは教員しか知り得ないような事実が克明に投稿され、教員や受験生、一人の在校生までを巻き込んで大きな混乱を巻き起こします。

そしてネットに関しては、そのあり方についての作者からの疑問が大きく提示されています。すなわち、なにか事が起こるとかならず巻き起こる当事者へのバッシングです。バッシングする方は匿名性に甘えて激烈な言葉を書き散らかしますが、バッシングを受ける方は、それをすべて受け止める、あるいは受け流す事が出来るとは限りませんね。そしてネットで叩かれたがゆえに人生を破滅に導かれた人物も登場します。

スッキリとしたハッピーエンドとまではいきませんでしたが、納得のできるエンディングではありました。たかが高校、されど高校。しかし、いざ世間に出てみればそんな「肩書き」など全く通用しないってのは今までの経験でよーくわかった、ってことも再認識しました。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-07-10 07:31 | 読んだ本 | Trackback | Comments(2)

『国を蹴った男』を読んだ

国を蹴った男 (講談社文庫)

伊東 潤/講談社

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『戦国鬼譚 惨』を読んで一気にファンになってしまった伊東潤氏の私にとっての二作目。この作品も、戦国時代を「敗者」の視点から描いた作品を集めた短編集です。

表題作『国を蹴った男』がなんといっても一番読み応えがありました。主人公は蹴鞠の鞠を作る職人五助。室町から戦国に入った時代、優雅に蹴鞠などをしている余裕は公家たちにも大名たちにもありません。蹴鞠をめぐるマーケットは衰退の一途をたどり、やがては消滅してしまうという予見がなされています。しかも同じ工房で働く、腕の悪い職人が親方の隠し子であることが発覚し、工房を継ぐという道も断たれてしまいます。そんな五助に一人の商人籠屋宗兵衛が声をかけます。今川家の跡継ぎ、今川氏真は当代一の蹴鞠の名手であり、蹴る鞠を作る職人を探している、という話を聞いた五助は一も二もなくその話に乗って駿府に向かうこととなります。今川家の当主義元は東海一の弓取りと称され、また武田、北条との三国同盟も強固に固められており、いつ上洛し、「天下」をとるか、が世間の耳目を集める存在でした。
しかしながら、史実にある通り、桶狭間の戦いにおいて織田軍の奇襲を受けた義元は落命。氏真は蹴鞠や和歌に勤しむ日々から、軍事と政治の先頭に立たされることとなります。ところが氏真は絵に描いたようなボンクラ。宮廷で求められるような古典の知識は豊富だし、蹴鞠の腕も超一流という文化人なのですが、政治家にはまったく向いていない人物として描かれています。こんな人物をアタマにいただいたことで今川家は没落し、その領土は他の列強の「草刈場」と化します。氏真は育ちのよさだけで宮廷とのつなぎ役を期待され、列強の間を転々とします。そして職人も氏真に従って各国各所を転々。次第に蹴鞠作りの職人から、身の回りの世話をすべて焼くようになる間柄にまでなります。
そんな折、織田信長が蹴鞠の会を催すとの情報が…。そしてそこに現れたのが、今川家に職人を斡旋した宗兵衛。宗兵衛が五助に持ちかけたのは驚くような陰謀の片棒を担がせることでした。食うか食われるかの戦国時代、こんなところにまで陰謀の糸が張り巡らされていたのか…、と思わせる筋立てはこれがまったくのフィクションだとしても思わずうなってしまう展開でした。
それにしても、人が人を素直に信じることができずに、少し甘い顔をみせると、すぐにそこにつけこまれ、命まで奪われてしまう戦国時代というのは過酷な時代だったのですね。あらためてその森厳さに思い至らせてくれる作品群でした。今の世の中も油断は惨事を招くことはありますが、一族郎党すべて死滅させられるようなことはめったにありません。あるとすれば、狂信者たちによるテロくらいですが、そんなテロのような事態が日常茶飯事だった戦国時代…。今の世に生まれて、この時代をエンターテインメントの一種として味わうことのできる幸せをかみ締めたいと思います。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-07-09 05:02 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『死に金』を読んだ

死に金 (文春文庫)

福澤 徹三/文藝春秋

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kindleのバーゲンセールにかかっていたのを衝動DLしたのが標題の書。

福澤氏といえば、怪談のコレクターというイメージが強い方なのですが、大藪春彦賞を受賞するなど「リアル」な作品の作者としても優れた方だったのですね。で、標題の作品は、今のところ作者唯一の連作短編集にしてかなり「リアル」な世界を描いています。

表現の「形式」は典型的なクリフハンガー方式。全体の主人公矢坂に関係する人々がそれぞれの章の主人公となり、その章は徹頭徹尾その人物の視点で描かれていきます。

主人公矢坂の職業は冷酷非常な金貸し。貸した相手からは法外な利息を取り、それこそ丸裸にして自殺に追い込むまで取り立てるという人物設定となっています。そして矢坂は末期がんで明日の命をも知れない状態です。籍だけは残っているもののほとんど没交渉な妻しか「家族」と呼べる存在のない天涯孤独の身。しかも家屋や外車と言ったような目に見える派手な資産もない。銀行にも一銭の預金もない。つまり、彼は稼いだカネを現金としてどこかに隠し持っているという設定にもなっています。この隠しガネをめぐって、それぞれに金銭的な問題を抱えた、上述の「妻」、むかし仕事でつるんでいた事のあるヤクザ、そのヤクザの親分、そのヤクザの同僚、などが代わる代わる矢坂を見舞い、カネのありかを聞き出そうとします。

矢坂はだれにもカネのありかを教えようとはしませんでした。一体何のために、どこにカネを隠しているのか?矢坂が口をつぐんでいるのは何故か?この謎にアプローチするために、前述の連中たちが知恵をしぼり、手を変え品を変え、なだめすかしおどし、泣き落としに土下座までしますが、矢坂は頑として口を割りません。カネが必要な連中の焦りが、その必死さの裏付けとなり、最初から最後まで緊張感の保たれた展開でした。謎が謎を呼ぶ、クリフハンガー方式の威力をまざまざと見せつける作品でした。そして最後には一気に謎が解け、様々な厄介事がすべてスッキリ片付く、というおまけまでついてきています。

よくよく読むとあざといくらいの伏線が張ってあったりするのですが、それを伏線と感じさせない筆運びは見事でしたね。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-07-07 12:21 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』を読んだ

大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか (ベスト新書)

加瀬 英明/ベストセラーズ

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kindleのバーゲン本コーナーでみかけて衝動DLしたのが標題の書。加瀬氏の作品は初めて読みましたが、この方は第二次大戦や日本の戦争責任についての発言が多い方のようです。それも「敵役」が定番である従来の視点とは逆に日本の事を「良い役を多分に果たした国」という論調です。

この本も氏の論点に沿って、かなり日本びいきの論調が展開されています。欧米列強のクイモノにされていたアジア諸国に独立の機運をもたらしたのは、日本の「進出」であり、それが証拠に日本の薫陶を受けた人物たちは様々な国で現在でも独立化の志士としてあがめ奉られている、とか、太平洋戦争はアメリカが仕掛けた狡猾な罠に日本がハマってしまったのであって、本当に悪いのはアメリカなのだ、という「ネトウヨ」の皆さんなら随喜の涙を流すであろうお言葉が躍っています。

東京裁判についても、勝者とされる側が敗者を更に痛めつけただけの惨劇だったとし、日本に敗者としての自虐史観を植え付けたのはアメリカの陰謀だ、とまで言い切っています。

一種の極論本ではありますが、言っている事は必ずしもすべて暴論ばかりではないって気もします。日本の統治により、近代化への足がかりをつかんだ国があったのは事実ですし、戦後の日本の歴史教育は、「戦争は絶対の悪」という錦の御旗の下、戦勝国に多々ある不都合な事実は隠され「日本がやったことはすべて悪い」という論調で成されてきたのも事実です。そもそも戦争なんてどっちが良いとか悪いとか決められるものではないはずで、日本ばかりが悪者にされ続けることは不自然であるとは思います。

中国が南シナ海でのプレゼンスを強めていたり、政権与党が強行突破で「好戦的」な法案を通してしまっている時期にこうした本が上梓されるところに、なにかの意図を感じざるを得ない、と言ってしまったら穿ち過ぎでしょうか?しかし、読後最初に感じたのはその事でした。

先の大戦後平和ボケを謳歌し、安全保障をアメリカ軍に頼り切っている日本は外交と軍事をどのような方向に持って行こうとしているのでしょうか?漠然とした不安は、湯気の近くのガラスについたくもりのようにぬぐいきれません。

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# by lemgmnsc-bara | 2016-07-07 11:45 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『バイロケーション スプリット』を読んだ

バイロケーション スプリット (角川ホラー文庫)

法条 遥/KADOKAWA/角川書店

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以前に紹介した『バイロケーション』の続編。ごく簡単に説明しておくと、バイロケーションとは自分の分身のこと。同じく分身として人口に膾炙している「ドッペルゲンガー」との相違点は、後者が本人自身にしか見えないのに対し、前者は他の人にも見え、かつ本人の行動の記憶は共有化される上にバイロケーション独自の経験値をも蓄積されて行く、というものです。この、本人は知り得ないバイロケーション独自の行動の記憶、というやつが物語の重要な要素となります。

今作の主人公東雲佐和の仕事は表向きは腕利きの料理人。どんな難しい客に対しても必ず満足感を与えるというどこかで聞いたことのあるキャラクターを付与されています。しかも自分の店を持たない「流れ板」としてどこの料亭にも出没可能。佐和がこうした「勤務形態」を取っているのは裏の仕事によるものです。佐和の裏の仕事は毒殺専門の殺し屋。ターゲットがよく利用する料理屋に潜り込み、料理の中に特殊な毒を仕込んで殺すという手口です。半年くらいの時間をかけて料理屋に入り込み、調理場を思うままに操る料理人の地位を築いた上で、殺しにかかるという巧妙さで、今まで手口の露見はおろか、疑いすらかかったことがないという完璧な仕事ぶり。

そしてこの仕事を可能にしているのがバイロケーションの存在でした。佐和のバイロケーションはとある屋敷に専属の料理人として雇われており、そのことで覆しようのないアリバイが成立するという仕掛けになっています。

この秩序はしかしとある一件の依頼をうけたことから徐々に狂っていきます。バイロケーションが勝手な行動を起こして、佐和は警察に疑われる身となってしまうのです。そして、その混乱でバイロケーションとの「境界線」が崩壊していくことを感じた佐和。この辺は自分のアイデンティティーの揺らぎの非常にわかりやすい寓意になっています。とある行為をしてしまった自分に対し、その状況を批判する自分もいて、批判する自分に反論する自分もいる。さらにいえば議論する自分たちを俯瞰している自分も存在する。自分の中に数々の主体と客体とを持ち合わせているのは人間としては当然のオハナシ。しかし、その思考主体たちが目に見えるカタチで現れ、さらに現実の世界に影響を及ぼし始めたら…。心神耗弱、とか記憶にない、とかいうのはこういう状態を指すのでしょうね。

自分が自分であるという自覚を持てないというのは恐らく一番怖い事なのではないか、と思います。なにも料理人を装った殺し屋、などという特殊な環境下でなくても普通の日常の中で、感じていながらも見ないフリをしてきた根源的な恐怖について考えさせてくれた作品でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-07-03 07:56 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『クリード チャンプを継ぐ男』鑑賞

クリード チャンプを継ぐ男 ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]

ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント



ボクシング映画の金字塔『ロッキー』シリーズの最新作。さすがに元祖ロッキー、シルベスター・スタローンの復帰は年齢的に無理。何しろすでに還暦超えてるんですから。いかに薬を使おうと、いかに筋トレを欠かさずにいようと、役者本人の肉体が見るに耐えなければ、それだけで作品としては成り立ちません。

というわけで、この作品でのスタローンの立ち位置はトレーナー。そして実際にリングに立つのは『ロッキー3』の敵役、アポロの息子アドニス・ジョンソンです。作中アドニスはダニーと自らのニックネームを名乗っていますので、この投稿中は彼のことをダニーと呼ぶことにします。

ダニーはアポロの愛人の子供。施設を転々としながら、ケンカに明け暮れる毎日を送っています。そこに登場するのはアポロの正妻メアリー・アン。彼女はダニーを引き取り、養子として育てます。何不自由なく教育も受けさせ、「真っ当なビジネス」の場で成功を修めつつあったダニーですが、血は争えなかったようで、ボクシングの世界に惹かれていきます。当然のことながら、周りはダニーの行動を諌めるのですが、ダニーを止めることは誰にもできません。

そして、その情熱はボクシングに関わることを一切辞めていたロッキーをも突き動かし、ロッキーはダニーのトレーナーとして、彼を鍛えぬくことを決意。ロッキーに鍛え上げられたダニーが不敗のチャンプに挑むというのがざっくりとしたストーリー展開です。

まあ、ストーリー展開は読めてました。あとはアカデミー賞を受賞した第一作のように「わかっているのに、手に汗を握ってしまう」というドキドキ感をどこまで高めてくれるのかが勝負。そういう意味においては、会心の出来とまではいかないまでもそれなりに仕上がった作品だったとは言えるでしょう。我々がスポーツというものから感じるドキドキ感とはいったい何なのか?作り物であってもドキドキしてしまうシュチュエーションとは一体どんなものなのか、ということについて改めて考えさせてくれる作品ではあります。まあ、それ以外にこの作品を鑑賞する価値はありません。

ムダに引っ張って第二シリーズ化するような真似だけは避けて欲しい作品でした。
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# by lemgmnsc-bara | 2016-07-01 20:12 | エンターテインメント | Trackback | Comments(0)

『ライアー・ハウス』鑑賞

ライアー・ハウス [DVD]

ジーナ・ガーション,ヴァル・キルマー,ケリー・ギディッシュ,レイ・リオッタ/TCエンタテインメント

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キャッチコピーに「家の中全部嘘つき」とある通り、ちょい役を含め7人しかいない登場人物のうちの4人がウソつき。誰が一番の大ウソつきなのかをめぐって、二転三転するストーリーはなかなか面白かったような気がします。

物語は中年女のロナが主人公。夫婦喧嘩の果てにフライパンで、気絶するほど強く夫デールを殴ってしまい、そこに親友のタイニーを呼び出します。そこでロナはタイニーにデールが銀行強盗をはたらき、それで得た10万ドルという大金をどこかに隠しているはずだから、デールを問いつめてそのカネのありかを聞き出して一緒に持ち逃げしよう、と持ちかけるのです。しかし、詰問中に誤ってロナがデールを射殺してしまいます。そして、ストーリー的には非常にタイミング良く、ロナとタイニーにとっては最悪のタイミングで保安官が登場。警察からもデールが強盗犯として疑われていることを知ったロナはデールの死体の処分についての協力をタイニーに依頼します。

冒頭の、思わせぶりな食材および調理過程のドアップ映像が暗示していたように、前半はかなりのスプラッターな展開で、血しぶきどころか文字通り血みどろな状況が出来するので、グロいのがダメな人は避けた方が良いです。ただ、このあたりの描写はスプラッターでありながら、笑わせる事を意図していたようで、それなりにおかしいのは事実です。まあ、ゲラゲラではなく、クスり、程度の笑いしか生んでいないのも事実ですが…。

後半部分でちょい役ながらストーリー展開に重要な影響を与える、狂言回しを兼ねた私立探偵が登場。物語が、単なるスプラッターから愛憎劇へと変化します。ここから展開は無理矢理でぐちゃぐちゃなものに再度変化します。オチについてはそれなりの意外性があり、珍しくすべてがメデタシメデタシではなかったところを私は買います。なんとなく居心地の悪いエンディングであったことが否めないのは「ハッピーエンド渇望症」というハリウッド映画を見慣れた人間がかかりがちな病いの為せる業だとしておきましょう(笑)。

出来はともかく、好き嫌いの分かれる作品ではあると思います。食事中にはみない方が良いであろうことは間違いないと思います。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-07-01 05:39 | エンターテインメント | Trackback | Comments(0)

『交渉人・籠城』を読んだ

交渉人・籠城

五十嵐 貴久/幻冬舎

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私が、五十嵐貴久氏という類いまれなるエンターテインメント作家を知る事になったのは、書店でふと手にした『交渉人』という一冊を読む事によってでした。本作は、そのシリーズの三作目にあたります。主人公は警視庁の遠野麻衣子警部。ドラマ化された際はいずれ劣らぬ美女たちが演じた役柄でもあります。

さて、物語は110番に入った一本の奇妙な電話から始まります。電話の主は都内で喫茶店を営む福沢という男。この男がなんと自分の店の客を人質にとって籠城したと自ら電話してきたのです。110番の係官も読者が真っ先に感じるであろう疑問を福沢にぶつけます。「一体、何故そんなことを?」当然のことながら、物語の前半はこの謎を解くためのストーリーが展開します。

ヒロイン遠野麻衣子は、前二作に比べると、ずいぶんと「安定感」が増したような気がします。元々交渉人は沈着冷静で、細心かつ大胆な交渉で犯人と丁々発止やりあう事が職務。前二作では警察という「男」の社会のなかで戦う女性としての側面もかなり強調されていたのですが、今巻に関しては今までの「実績」がモノを言ってか、「女に何が出来る」みたいな先入観で行動する人物は登場しません。しかしながら、活躍する女性を快く思わない上司は登場します。そしてその上司は最初、麻衣子をサブの交渉人に指名するのです。ところが、そのメインの交渉人(当然男。かなり面倒くさいキャラクター)が、いきなり籠城犯福沢に店の中に引きずり込まれた(少なくとも傍目にはそう見えた)ことで、一気に福沢との交渉の最前線に立つ事となるのです。

さて、そこからは「ベテランの交渉人」としての麻衣子のウデの見せ所。前半最大の謎「一体福沢は何故こんなことを?」に対する答えを探しつつ、人質たちの安全を最大限に配慮しながら、事件を解決に向かわせるという、考えるだに七面倒くさいシチュエーションが展開していきます。

やがて、福沢の動機が明らかになっていきます。『交渉人』一作目の最後の最後まで謎を引っ張るような展開にはなりません。福沢の目的はやがて明らかになり、そして警察は彼の無茶な要求をのまざるを得ない状況に追い込まれます。そこで警察が講じた手段とは?現実の世界ではまず実現しそうにない手段だ、とだけ言っておきましょう。

そして最後の最後、どんでん返しが待っていました。一作目ほどの意外性はありませんでしたが、それなりに驚かされるものだった、とだけこちらについても言っておきましょう。あと一つ、犯人福沢は現代社会が持つ大きな矛盾の一つに翻弄された事によりこの籠城を思いついた、ということも述べておきたいと思います。

このシリーズも次回作が待ち遠しいものの一つです。今巻もドラマ化されないかなぁ…。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-06-30 21:02 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『ベンハムの独楽』を読んだ

ベンハムの独楽 (双葉文庫)

小島 達矢/双葉社

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腰巻きの「第5回新潮エンターテインメント大賞受賞!」の文字に釣られて衝動買いした一冊。小島達矢氏という作家の作品を読むのは初めてです。「新潮エンターテインメント大賞受賞」作なのに双葉社文庫から出版されているのは何故か?これも一つのミステリーか?などと考えながら読み始めました。

題名となっている「ベンハムの独楽」とは白と黒のみで模様が描かれているにもかかわらず、回すと様々な色が見えてくるという、不思議なコマらしいです。この本に収められた作品たちも、日常のほんの何気ない瞬間の先に待ち受ける奇想天外な世界を描いたものたちでした。まさに言い得て妙な題名です。

ストーリー展開や結末が超常現象的になっているものもありましたが、それよりも現実に十分にありうるシュチュエーションを取り扱った物語の方がより迫真性が高かったような気がしますね。『スモール・プレシェンス』や『クレイジー・タクシー』などの展開は、周到に準備さえすれば、現実の問題として実現は可能であるように思います。真面目にやろうとする人間はそうそういないとは思いますけどね。

何の脈絡もないようにみえる、理不尽な展開が実はある一点への収縮を目指していたと知った時の驚きと快感はまさに初体験。手慰み程度ではありますが、少々文章を書いている身としては、どうやったらこんなストーリーがひねくり出せるのだろうか?という感嘆と嫉妬を感じました。私はド現実に即した文章しかかけませんので…。まあ、これは小島氏の才能だとしか言い様がない事なんですけどね。

小島氏の作品は標題のものの他、3冊ほど上梓されているようですね。本屋で見かけたら衝動買いしてしまいそうです。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-06-25 09:01 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

『キラキラネームの大研究』を読んだ

キラキラネームの大研究 (新潮新書)

伊東 ひとみ/新潮社

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最近のお子ちゃまの名前ってのは難読ですね。一時期ネットで叩かれていたのは「泡姫」(アリエル)。私はこの文字面をみると、某風俗産業に従事する女性しか思い浮かべられません。それからキラキラネームの元祖と言われているのが「光宙」(ピカチュウ)言わずと知れた人気アニメのメインキャラクターの名前ですね。私が見聞した「実例」では「緑夢」(グリム)。メルヘンチックな名前ですが、当人はムキムキの男子高校生でした。ちなみに以前同僚だった3歳の子持ちのママさんによれば、「あ、そのくらいの名前は結構ありますよ」とのことでした。いやはや。おじさんにはついていけません。こういうのも老化の一端なのでしょうかね…。

さて、著者の伊東氏は、巷に跋扈するキラキラネームの実例を挙げて、その一つ一つにつき、日本語の特性から考えた成り立ちと命名者の心理にまで立ち入って解説を試みています。

本文では取り上げられていませんが、例えば先ほどの緑夢君。緑を「グリ」と読ませるのは当然のことながら日本語の読み方としてはあり得ません。英語のgreenから来ている事は明白なのですが、氏はこれを、外来語を取り込み、いつの間にか定着させてしまう日本語の特性の一環と定義づけています。これはかなり歴史の古い「慣習」で、我々が日常使用している漢字も元々は中国から「輸入」されたもの。それをネイティブな日本語に当てはめて成立したのが現在の日本語ですね。ですから、漢字には多くの場合、音読みと訓読みが存在し、元々の意味とは食い違ってきてしまうことがある。

さらに、漢字が表音文字ではなく表意文字であることもキラキラネーム出現の一つの原因であるとも述べています。アリエルという純粋な言葉の響きはともかく(日本人にアリエルってのもどうかとは思いますが…)、泡姫という字面から、どうしてもスケベな連想を持たざるを得ないんですよね。ちょっと古い流行言葉で言えばシニフィエとシニフィアンの乖離とでも言いましょうか。

そしてまた、名前の場合はどんな漢字にどんな読みをあててもいいんです。有名なところでは「宇宙」と書いて「ひろし」と読ませた元プロ野球選手がいましたね。たまたま私は今ある名簿を整理する仕事を割り当てられているのですが、この連想ゲームのような壮大な読み方でなくても「え、この漢字でこの読み方するのか…」という例は結構あります。そもそも私自身の実名にしてからちょっと特殊な読み方をするので、初対面の人にはなかなか正しく読んでもらえません。社会人になって名刺を作った時にはルビをふってもらいました。

現在の「親」の世代の行動様式や心象風景に大いに影響を与えたのがゲームやアニメであることは論を俟ちませんので、キラキラネームの多くにその影響がみられることはある意味当然ではあります。私などは一生付いて回る名前というモノに変なイメージをまとわせてしまう事に関してはかなりの違和感を感じますが、今の親の世代には私が感じるような違和感は存在しないのでしょうね。当家には子供はいませんが、もし子供が出来ていたら、ごく平凡な、読んで字のごとし、という名前を付けたと思います。



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# by lemgmnsc-bara | 2016-06-21 06:00 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

なんだかんだで読んだ本のことばっかり書いてます。たまに映画、時々食い物とドライブとラグビー観戦。

by 黄昏ラガーマン
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