『10-ten-』を読んだ

10 -ten- (実業之日本社文庫)

堂場 瞬一/実業之日本社

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長距離ランナーの姿と、その集合体である駅伝チームの姿を描いた『チーム』、『ヒート』という作品が印象的な堂場瞬一氏のラグビー小説。大学ラグビーの強豪チームの姿を描いています。

主人公は所属するリーグ戦で4連覇を果たしている強豪城陽大ラグビー部キャプテンにして題名ともなった背番号「10」を背負い、試合の中で司令塔の役割を担うスタンドオフをポジションとする進藤と監督の七瀬。七瀬はその年の4月に、チームにヘッドコーチとして招かれたばかり。スタンドオフ進藤の父親でもあった前監督がリーグ戦第1戦後、急逝してしまったために急遽抜擢されたという設定です。七瀬は、進藤父が監督をしていた高校のラグビー部の教え子ではありますが、城陽大のOBではなく、城陽の一番のライバルチームである天聖大の出身という設定ともなっています。考えるだに色々と火種のありそうな前提ですね。明大ラグビー部の監督を早大出身者が務めるようなもんですから、現実にはほぼありえない状況です。まあ、日体大出の監督は結構各大学にいたりしますがね(帝京大の岩出監督などが該当します)。

城陽大はFWを全面に押し出し、手堅く手堅く攻めてペナルティーゴールやドロップゴールを狙い得点を重ねる、というのを伝統的な戦法とするチーム。この戦法は進藤父の徹底指導の下に築き上げられた「作品」で、監督が七瀬に代わっても選手たちは当然のことながらこの戦法を突き詰めて勝ちに行こうとします。しかし、この戦法では所属するリーグ戦は制することはできても大学選手権の覇権を握るまでには至りませんでした。七瀬は、進藤父の戦法に疑問を持ちながらも、学生たちが選んだことだとして口出しをせず、学生たちに「こんなラグビーで楽しいのか?こんな戦法で本当に大学日本一を掴めるのか?」を「自分たちで考えろ」と突き放します。両者の溝は埋まらないままにリーグ戦は進んで行き…というのがストーリー。さてさて勝負の行方は?というところであらすじの紹介はやめておきます。

先にも書いた通り、題名となっている「10」は背番号でポジションが決まっているラグビーではスタンドオフというポジションの選手が背負うもので、スタンドオフの選手はゲームの行方を左右する重要なポジションを任されることになります。それゆえ、良きにつけ悪しきにつけ目立つポジションでもあります。スター選手も数多いますが、ゲームの勝敗の責任を一身に背負わなければいけないキツいポジションなのです。私に然るべき体格と才能があったらぜひやってみたいポジションです。もっとも今の気持ちのままなら、ボールを持ったら全て自分が突っ込んじゃいそうな気がしますけどね(苦笑)。

さて、城陽大はいわゆる「伝統校」と言われている大学チームの悪い面を全て兼ね備えた存在として描かれています。カリスマ的な指導者と、伝統という言い訳を用意されたアナクロな戦法、余計なことに口出しして来る元スター選手のOB。城陽大はアップアンドアンダーを得意技とする「テンマンラグビー(FW8人とSH、SOの2名、計10人しかプレーに参加しないような戦法を揶揄するような表現)」を真骨頂とするチームとして描かれていますが、流石にこの戦法はアナクロ過ぎ。現在の日本でこの戦法を採用しているチームは少なくとも有名なチームでは皆無です。現在は総じて、どのポジションのプレーヤーでも、それなりのワークレートでフィールドプレーに参加することを求められるプレースタイルで、走り勝つことを目的とするプレースタイルのチームが多いようですね。しかしながら縦の明治に横の早稲田などという言葉もしっかり残っています。最近では帝京大の強さが群を抜いているため、明治も早稲田もないって状態が続いてますけどね。

今までのスタイルを踏襲してもそれなりには勝ち上がることはできるが、さらに一歩進むにはどうしたら良いか?プレーしている選手が本当に楽しさを感じるラグビーとは一体どういうものなのか?この物語で示される問いは、そのままいまのジャパンに対する問いでもあります。ティア2上位からティア1(世界のベスト8以上)にステップアップするためにはどこをどう改革するのか?この物語の中では、城陽大のチームは最終戦の後半40分で生まれ変わろうとします。ジャパンにはもっと時間があるのですから、2019年の本番までにしっかりと進化させてほしいものですね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-12-01 11:13 | 読んだ本 | Comments(0)

『世界性生活大全「愛」と「欲望」と「快楽」の宴』を読んだ

世界性生活大全 「愛」と「欲望」と「快楽」の宴 桐生操の世界大全

桐生 操/文藝春秋

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世界の歴史上の著名人の下ネタ事情に詳しい桐生操氏の、ど真ん中のウンチク本。題名の通り、主に古代から中世の性生活について様々なエピソードを取り上げてくれています。

まあ、この本に関しては新しい発見はありませんでした。今までに上梓された本のダイジェスト版といった趣でしょうか。下ネタOKの飲み会の前に読んでおくと重宝しそうではありますがね…。

にんげん、金にせよ、地位にせよ「力」を得てしまうと、何故か「三大欲求」を過度に充実させる方向に目が向きますね。そのうち睡眠に関しては金も手間もあまりいりませんす、食欲に関しても、いかに食うことに執着があろうとも、一度に1tの食物を食うわけにはいきませんし、いかに珍味佳肴を集めてもいずれは限界がきます。何よりこの二つは個人で完結できる欲望です。

対して性欲だけは少なくとも自分の他に一人の人間は必要ですね。と、ここでセルフ突っ込みを二つほど。自慰と獣姦は「一人」で済むだろ?でも前者は実際の行為は一人で行うものですが、イメージの中では他者の存在を思い浮かべているはずですので完全に個で完結というわけではありませんし、後者は人間ではないとはいえ「他者」が必要となりますので、やはり個で完結するわけではありませんね。

世の「力」持ちたちは性欲だけは無尽蔵であり、それを満たすために貪欲になります。何しろ世界に異性は、「35億人よ」(byブルゾンちえみ)、同性愛者だって同じく35億人、バイセクシャルなら70億人の欲望の対象が存在するのですから。

私自身のことを鑑みても、単なる安サラリーマンではなく、例えば一国の王だったりしたら、性欲の充足のためにいろんなことを繰り広げてしまいそうな気がします。アタマの中で、ハーレムを持って選りすぐりの美女を取っ替え引っ替えしたいみたいな妄想を巡らしたことのない男はいないでしょうし、イケメンアイドルと自分が結ばれると夢想したことのない女子もいないでしょう。

性は結局のところ、自分のDNAを未来に残したいという欲求です。その欲求のためにいろんなことを発達させ、様々な制度を作ったり、争いを起こしたりと、文化だの文明だのを作り上げた人間という存在は、愚かで、賢い生物なんでしょうね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-29 09:25 | 読んだ本 | Comments(0)

『鞄屋の娘』を読んだ

鞄屋の娘 (光文社文庫)

前川 麻子/光文社

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劇作家、演出家、女優として活躍する傍ら、作家としても数々の話題作を上梓している前川麻子氏の「出世作」。小説新潮長編小説新人賞受賞作です。

私はこの方と一度酒席を共にさせていただいたことがありますが、非常にサバサバとした方で、割と重たい話をサラリと話していたことが印象に残っています。ちょうどその時、演出していた芝居の出演者のオジサンたちについて、「何度注意してもできない、体が動かせてない」というようなお話をされており、その際は「まあ、そういう人もいるんだろうな」くらいに思っていたのですが、自分自身が50歳を迎えてみると、カラダもアタマも自分自身で思っているほどには働いていないな、と痛感させられることが多くなり、老いを迎えた人間の避けえぬ宿命なのだと、変なところで彼女の言葉を思い返しております。

さて、物語は帆布を使った鞄の制作者である父を持つ娘麻子が主人公。解説で主人公のなを「麻子」としたところにこの作品が作者自身の自伝的意味合いを持つ、と書かれていましたが、だとすると、かなり複雑な要素のカラミあった家庭環境の下で成長してきたことになります。父はもともと麻子の母以外の女性と結婚して一男を設けていましたが、その家庭と同時に麻子の母と男女の関係となり、先に作った家庭から飛び出す形で、麻子の母と結婚。そして麻子がまだ幼い時分には、また若い女と関係し家を出て行ってしまいます。父が鞄作りに使っていたミシンが部屋から運び出されることで、麻子はこの家庭が二度と修復できないものとなったことを悟ります。

こうして父性が欠如した環境化で育った麻子は、高校卒業後スタイリストとしての職を得、若いカメラマンと同棲しながら、同時にデザイナーとも付き合い、どちらの種なのだかわからない子供を身ごもります。父親不在の家庭に育った娘は男性という存在に対しての距離感がわからずに、様々な男性とすぐに深い仲になったり、あっさり切れたりするのだ、みたいな安っぽい心理分析のテキストみたいなことは書きたくありません。家族という体験が乏しいが故に知識や習慣に縛られることなく、自由で柔軟な関係性を築いたのだということにしておきます。

やがて男児を出産し、それと共に麻子はカメラマンと結婚し、一応「家族」としての体裁は整うのですが、さてこの「家族」はこのままの形をとり続けるのか、ということについては疑問符がついたままです。愛というものは強そうで脆いし、脆そうで強い。我が命を投げ出して家族を守ることもあれば、魅力的な人物に参ってコロリと全てを捨て去ってしまうこともあります。どっちに転ぶかは局面局面で変化し続けます。そして何が正解なのかについては誰もわかりません。当たり前だと思っている環境が実は非常に危ういバランスの上に成り立っているのだということを改めて気づかせてくれた一冊でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-25 10:16 | 読んだ本 | Comments(0)

『陰陽師 平成講釈 安倍清明伝』を読んだ

陰陽師 平成講釈 安倍晴明伝 (文春文庫)

夢枕 獏/文藝春秋

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安倍晴明がいかにしてこの世に生を受け、どのようにして陰陽師として世に知られることとなったかを描いた「安倍晴明ライジング」とでもいうべき作品。

寄席などの場で講談として語られた演目を文字で残した本が何冊が現存するそうで、そのうちの主に3冊ほどを種本としてまとめています。題目に「講釈」とある通り、作者本人が物語を講じる、という体で書かれており、「ライブ感」を出すために作者が執筆に取り掛かっている際の身辺の状況やら、直前に観た芝居やらをオハナシのマクラに持ってきて、本筋とは関係ないそれらをひとしきり語った後に、ストーリーが始まるという仕掛けも施されています。作者のエンターテインメント性が遺憾なく発揮された一冊であると言ってよいでしょう。

オハナシは遣唐使として名高い阿倍仲麻呂に関する記述から始まります。元来はもちろん日本人だった仲麻呂は『金烏玉兎集』、『ホキ内伝(ホキはきちんとした漢字があるのですが、変換するのが非常に面倒なため片仮名で表記しておきます)』の二冊を日本に持って帰ることを期待されて唐に派遣されますが、その二冊は当時としては国家の最高機密が書かれてある書であったため、時の中国皇帝はこれを渡したくないが故に、様々な難題を仲麻呂に吹っかけて書を渡さないよう目論むのですが、仲麻呂はその難題をどんどん解決してしまいます。困った皇帝は仲麻呂を無理矢理唐の要職に任命してしまいます。二冊の書の内容もさることながら、こんなに優秀な仲麻呂が日本に帰ったら日本が強敵になってしまうかも知れないと危ぶんだからです。仲麻呂についてはこの後やはり高名な吉備真備などとのカラミも描かれるのですが、まあこれはそこまでにしておきましょう。要するにそれだけの能力を持った人物の末裔であるとされる晴明は生まれながらに大変なポテンシャルを持っていたと言いたいがための前フリです。もっともそもそも阿倍仲麻呂と安倍晴明が演者であるとする説はかなり眉唾物なのだそうですが、面白くなればそれでいい、というのが講談の大原則。私もそれには賛同します。

で、話は飛んで少年に成長した晴明は都へと登ってきます。そこで時の帝が病に臥せっていることを聞きつけ、その病の平癒のための調伏を行うこととなります。そこで終生のライバルとでもいうべき、蘆屋道満と術比べをするという展開になるのです。元々が講談ですから道満側には九尾の狐までが味方して、想像するだにおどろおどろしい呪術で天皇を亡き者にしようという陰謀を巡らせます。

結果もし道満側が勝っていれば、日本はおそらく悪が栄える恐怖の国となり、今頃は半島北部の変な髪型の独裁者みたいな人物に牛耳られるか、あるいは他国に蹂躙されまくって分割されて国としての体をなしていなかったことでしょう。故にそんな危機から日本を救った晴明は空前絶後のスーパーヒーローだ、というわけです。

同じ名字のアベさんにも見習ってほしいものですが、どうも現実社会のアベさんは晴明より道満の方に近いような気がしますね…。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-25 09:25 | 読んだ本 | Comments(0)

『Number甲子園ベストセレクション 9人の怪物をめぐる物語』を読んだ

Number 甲子園ベストセレクションI 9人の怪物を巡る物語

スポーツグラフィックナンバー(編集)/文藝春秋

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スポーツライターにとっては、これに掲載されれば、まず食いっぱぐれはなくなると言われている一流スポーツ専門誌『Number』の記事のより抜き板。題名の通り甲子園を沸かせた9人の怪物たちについてのルポルタージュをたっぷりと収録しています。

まあ、それぞれの時代にそれぞれ怪物というのはいるものなのですね。マスコミの取材の方法から、報道の仕方までを変えたと言われた江川卓氏をはじめとして、PLのKKコンビ、5打席連続敬遠を食らったゴジラ松井秀喜、数々の激戦を制し決勝戦でノーヒットノーランを達成した松坂大輔、そして今年のドラフトの目玉だった清宮幸太郎まで。

個人的な思い入れの強さで言えば、やはり同世代である、桑田、清原のKKコンビになりますかね。その大会の優勝候補の筆頭だった、やまびこ打線の池田高校を圧倒した1年夏の甲子園準決勝から始まって、三年生最後となる夏の大会で優勝して見せた涙、明暗分かれたドラフトにそれぞれのプロ野球界での活躍。引退後の清原氏の騒動まで含めて散々酒の肴にさせてもらったような気がします。

松井の5打席連続敬遠はちょうど中継を最初から最後まで観てました。この試合ののちに一斉に巻き起こった明徳義塾へのバッシングに対し、当時「ルールの中で取り得る最良の作戦をとったまでの話で、全然責められる必要はない。正々堂々勝負することが高校生らしい、などという教育的見地などというやつが一番胡散臭いわ!!」という感想を持ったことを覚えています。これも随分と酒の肴にさせてもらいましたね。

私が高校野球に興味を多少なりとも持っていたのは松井の時代まで。故に松坂の快投も、ダルビッシュの奔放さも、大谷の球速もニュースで観た程度。清宮選手に関してもまだプロに入ってプレーしたわけでもないのに騒ぎすぎじゃね?ってな感想しか持てませんね。大器だ、怪物だと騒がれてプロ入りしたものの、鳴かず飛ばずに終わった選手なんぞ、それこそ掃いて捨てるほどいますからね。まあ、清宮選手がそんな有象無象の一人でないことを祈りましょう。

あとは、郷里群馬の代表校に注目するくらいですかね。特に近年躍進著しい健大高崎と同校の出身選手は気になっています。今年のシーズン後にロッテから自由契約となった種本選手の行方なんかは特に気になってはいますね。

今後、この本に載った人物たちを凌駕するような選手が出てくる可能性も大いにありますから、そうなったらまたTVにかじりつくかもしれません。10年後にこの本が、10人の、いや20人の怪物たちにバージョンアップされたら、野球というスポーツも往年の輝きを取り戻すのではないでしょうかね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-25 08:50 | 読んだ本 | Comments(2)

『シャッター通りの死にぞこない』を読んだ

シャッター通りの死にぞこない (双葉文庫)

福澤 徹三/双葉社

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怪談のコレクターにして、ヤクザや半グレなど社会のアウトローを題材にした作品の多い福澤徹三氏によるコメディー作品。

主人公「影山清(偽名)」は表向きは街金で本業は闇金というヤバい金貸しの取り立て屋。

ある日、仲間とともに債務者である町工場に乗り込んだ影山。元利含めての一千万円を取り立てたまでは良かったのですが、仲間がその一千万円を持ち逃げしてしまいます。影山はその責任を問われ、保険金をかけられた上で、アル中で死亡という体裁を取り繕うために、監視付きで毎日強い酒をそれこそ浴びるように飲まされます。そしていよいよ最期の時も近いという状態になった際に、せめても苦痛を軽減させるために、と監視役の一人に覚せい剤の注射を願います。渋々ながらこれに応じる監視役。しかしこの覚せい剤は影山に思わぬ超人的な力を与え、影山は監視役の二人をなぎ倒して逃亡、勢いをかって、闇金の社長の元に乗り込んで、社長を半殺しの目に合わせた上でそこにあった三千万円を奪って逃亡。

で、しばらく身を隠そうとたどり着いたのは、東京から電車で二時間というロケーションを設定された、子鹿町という寂れた田舎町。駅前には題名にもなったシャッター通りが鎮座ましまし、座して死を待つばかりという風情です。

影山はほんの気まぐれで立ち寄ったこの街で、訳のわからない連中に絡まれているうちに、虎の子の三千万円を紛失してしまいます。で、この三千万円を取り戻すためにこの街に止まらざるを得なくなったのですが、自分の身分を広告会社の社長と偽ったおかげで、この死にかけの商店街の町おこしを手伝わされることとなります。そこで巻き起こるドタバタがこの作品の味わいです。

読み進めるうち、私の郷里の二つの街を思い浮かばされました。我が郷里群馬の県庁所在地である前橋市などは典型的なシャッター通り商店街が軒を連ねています。目抜き通りだったアーケード街の一角を占めていた店の一階部分がさびた鉄骨の骨組みだけを残して駐車場になっている光景などは、寂しさを通り越して恐怖感すら感じるほどです。私のホームタウンである高崎もしかり。私が若かりし頃は、高崎の柳川町といえば、群馬一の繁華街であり、結構有名な歌手がクラブ巡りに来ていたものですが、今やアーケード街の明かりすらケチっている有様で、昼でも薄暗い。人が来るわけありません。中心地である前橋、高崎にしてこの体たらくではその他の街は推して知るべし。栄えるのはイオンモールばかりなり。風情も個性もヘッタクレもない状態です…。

私の故郷のオハナシはさておき、ストーリーは意外な出来事の連鎖により、大逆転が起き、最終的に小鹿町は新しい繁華街として見事に生まれ変わることとなります。しかしながら、主人公影山の未来は明るいとはいえないものとなっています。途中から登場した古いタイプの侠客であるアサカツこと朝尾勝太郎氏が物語を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、最後のオチまでさらってしまうのです。

このアサカツ氏は、自分が厄介者であるという自覚が全くなく、己の信念のみに従って行動し、結果として周りの人間全てが酷い目にあう、という役回りを見事に演じています。実写化すると仮定して、故横山やすし氏あたりに演じさせたら、ピッタリハマったのではないかと思いました。ちなみに主人公影山は阿部サダヲ氏あたりが適役かな、と思います。

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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-18 08:25 | 読んだ本 | Comments(0)

『岳飛伝 十一 烽燧の章』を読んだ

岳飛伝 十一 烽燧の章 (集英社文庫)

北方謙三/集英社

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岳飛伝も巻を重ねること11冊目。いよいよ本格的な戦闘シーンが描かれることとなります。

とはいえ、作者が文中の登場人物に吐かせるセリフに「もはや、戦いの勝ち負けだけで世の中が変わる時代ではなくなった」という主旨のものがある通り、武力に優れた勢力が勝って「国」を名乗ったとしても、その治世は長くは続かないだろう、という思想が暗示されています。梁山泊軍が陰に陽に発達させたモノの流れを背景にした貨幣経済が民の意識までをも変革させてしまったからです。

史実としてはこの後、元が出現し、中国のみならず、欧州近辺までその勢力を拡大し、占領した都市では、人間のみならず、勝っていた小鳥までをも皆殺しにしたなどと伝えられるような「力の時代」が出来して、民の意識はもう一度大きく古代に戻ることになるんですけどね。

さて、今巻のハイライトは呼延凌率いる梁山泊軍の本軍と、金国の主力軍とのぶつかり合いです。お互いの大将同士が一騎打ちに近い形で切り結んだ激戦は、決着を見ないままに一旦終結。当然リターンマッチはあるでしょうし、金国との連携を保ちながら、一方で二つの勢力の力が弱まることによる漁夫の利を得ようとする南宋の動きからも目を離せません。

王清、秦容などのメインキャラたちの人間的成長(武や商いだけに生きてきた若者が好きな人にきちんと好きだと伝え、妻にするなど)が描かれる一方で、「主人公」岳飛は自分の子(現妻の連れ子も含む)の成長を目の当たりにし、自分の人生が後半戦に入ったことを徐々に思い知らされていきます。そんな日々の中、岳飛は南宋内に居残った旧岳飛軍三千人の潜伏先を全て訪ね歩き、来るべき大きな戦いへの準備を進めていきます。

最終的には兵力で一番劣る、梁山泊軍・岳飛軍の連合軍が、南宋、金国の二大勢力を相手にどこまで食い下がり、彼らが戦う根底をなす志をどこまで実現できるのか、という展開になりそうですが、まだまだ波乱は起きそうですね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-18 07:39 | 読んだ本 | Comments(0)

『よもつひらさか往還』を読んだ

よもつひらさか往還 (講談社文庫)

倉橋 由美子/講談社

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実社会のすぐ近くにありそうで、かつ普通の人間にはなかなか気づくことのできない異界や、あやかしの類を描いた作品で知られる倉橋由美子氏の、作風ど真ん中の連作短編集。

主人公は慧君という若者。この「慧」という字を使われてしまうと、最近バラエティー番組で売れっ子になっている某アイドルグループの一員を思い出してしまうのですが、主人公の方の慧君は、現実の慧君と、美形の優男というイメージはカブるものの、もう少し繊細で、特に和歌に造詣が深く巨額な資産を持つ人物の孫という設定となっています。もし実写化するとしても、現実の慧君をそのまま主人公に据えたのでは、少々イメージが違う、というオハナシになってしまうと思います。

さて、作中の慧君は祖父から、とあるクラブを譲り受けます。金持ち同士が社交場とするための贅沢な建物。物語が進んでいく中で、立派な庭園があったり、プールがあったりということも描かれます。そしてそのクラブの中にあるバーに慧君は入り浸ることとなります。お金の心配なく、昼間からお酒(それも焼酎とか第三ビールみたいなしみったれたものでない、おしゃれで高価そうなお酒)をかっ喰らえるだけでも、すでにして異界の住人である資格は十分にありますが、バーテンダー九鬼氏からサーヴされるカクテルを飲むことで、さらなる異空間へと慧君はさまよい出ていくことになるのです。

そしてそれぞれのカクテルにちなんだ異空間の中で、様々な女性と束の間の逢瀬を楽しむこととなります。

中でも極めつきなのは、髑髏と化した女性との逢瀬です。舌だけは生々しい桃色のものを持つ、この髑髏女性は懇ろになった慧君の前で、日毎に実体化していきます。全身の骨格が揃い、その骨に肉をまとい始め、ついには人間の老女として蘇ります。そしてその肉体はどんどん若くなっていき、妙齢の女性から幼児をへて、ついには新生児の状態にまでたどり着きます。さて、この恋の行方やいかに?

ってな感じの奇妙なオハナシばかりが収められたこの一冊の題名は『よもつひらさか往還』、なるほどこの世と様々な「あの世」を行き来する慧君の存在をうまく表していますね。クラブハウスは黄泉路の門、九鬼氏はかなり融通のきくサエの神と言ったところでしょうか。物語としての類型はともかく、不思議な世界を楽しめた一冊でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-18 06:26 | 読んだ本 | Comments(0)

『暗くて静かでロックな娘』を読んだ

暗くて静かでロックな娘 (集英社文庫)

平山 夢明/集英社

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久々に読んだ「紙」に書いてあるエンターテインメント作品集。平岡氏の作品を読むのも『ダイナー』以来です。「本棚の片っ端から読んでいく作戦」の一環として、本当に本棚の一番隅から引っ張り出した一冊。

平岡氏は元々、階段を収集してそれも本にまとめることから出発した方で、のちに小説を書くようになってからは、バイオレンスとスプラッターな描写に満ち溢れながら、どこかユーモアとペーソスを感じさせる作品を書き続けていましたが、この短編集は恐怖やグロの要素よりも、むしろ哀愁漂う作品ばかりが収められています。

出てくるのは、紺の腰巻によれば「社会の鍋底」にいる人物たち。ゆくあてもなく、行き倒れかけていた男を自宅に連れ帰った、両親のいない幼い兄妹に、義理の父と実の母から虐待を受け続け、ついに死を迎えるも、実の母の方から「飼い犬が死んだときの方が、マジ泣けた」などと言われてしまう少女、自殺未遂を繰り返しては、怪しげなイタコに死んだ娘を憑依させ(もちろんイタコはインチキながら周到な演技で娘のフリをしているだけ)、その娘の世話を焼くことで、辛うじて精神の平静を保っている女等々…。

以前読んだ平岡氏の作品の世界が目の当たりに展開したとしたら、それは吐き気を催さざるを得ないグロな光景だったと思いますが、この作品集の描き出す世界は、極力血の流れる量を抑えつつ、実は登場人物たちの心の中ではそれこそ大量の血が流れています。人間らしい生き方だとか、人間の尊厳というお題目を唱えながら眺めれば、心の傷の方がより深刻だと言えるでしょうし、それこそが作者の意図したことなのだろうと勝手に推測しておきます。

で、登場人物たちが尊厳を捨てた生き方を選ばざるを得なかった背景には貧困というごく現実的な問題が横たわっています。そういう意味では、人間が一番恐怖すべきなのは貧困という状況なのかもしれません。金がありさえすれば、まともな家庭生活が営め、まともに成長できたであろう人物たちがどんどん壊れていく…。こういう光景は作り事の中にしか存在しないように思えて、実は我々のすぐ隣に存在しているオハナシです。ほんのちょっとしたひずみが人の生き方をも大きく変えてしまうという恐怖をしっかり味わわせていただきました。






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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-16 11:24 | 読んだ本 | Comments(0)

『グリーンルーム』鑑賞

グリーンルーム [Blu-ray]

アントン・イェルチン,イモージェン・プーツ,パトリック・スチュワート,メイコン・ブレア/Happinet

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主人公たちがどんどんドツボにハマっていくバイオレントなサスペンス。得体のしれない化物などは一切登場せず、戦いに関しては全くの素人であるパンクロッカーたちがヤバい「玄人」たちにどんどん追い詰められていくというストーリーです。

主人公たちは売れてないパンクバンドのメンバーたち。彼らはいつも経済的にかつかつの状態で、文字通り食うや食わずの生活を続けています。ある日のライブで客のあまりの少なさに、それこそ食い物を買う金すらなくなった彼らが、ど田舎のライブハウスに行って公演を行うことになった、といのが物語の発端。

ボーカルが「ネオナチF◯◯k!!」と絶叫するのを聴いている聴衆は全てネオナチの構成員という非常にお間抜けな状況はシュチュエーションとしては笑えます。毒蝮三太夫師匠が、お年寄りたちを前に「このくたばりぞこないども!!」って叫んでるのと同じですから。でも後者の心底にはお年寄りに対しての愛情があることがわかっているからこそ、ほのぼのとした笑いを生むのに対し、前者はただ反感を呼ぶだけ。しかもその反感は次第に殺意にまで高まってしまいます。

ライブ後、オンボロ車で次の公演地に向かおうとするメンバー。そこで一人の女性が携帯を楽屋(米のエンターテインメント業界では楽屋のことをグリーンルームと呼ぶそうで、それがこの映画の題名にもなっています)に忘れたことに気づき、取りに戻ったらそこで殺人事件が起こっていて、さあ大変。メンバーはネオナチの皆様にグリーンルームに監禁されることとなります。

さて、そこからは、ヤバいことを見られてしまったからには、見たやつは殺してしまおう、しかもこいつらは俺たちのことを散々罵倒しやがったしな、という獰猛なネオナチの皆様と、威勢良く演奏はするものの、どう考えてもケンカは弱そうなパンクスたちとの戦いが始まります。非常にひねくれた見方をすれば、見知らぬ土地で狭い部屋に閉じ込められて、しかも強面のオニイサン方に監視されているという、そのシュチュエーションそのものが一番怖かったという気がします。あとの戦闘シーンは単なる付け足しだったような気もしますね。

ともあれ、武器もほとんどなく、人数も圧倒的にネオナチの皆さんの方が多い。こんな絶望的な状況の中でパンクスたちがどのような戦いをみせ、どのように窮地を脱するのかが、ストーリーの中核です。どんな結末を迎えるのかについて、興味のある方は、是非とも本編をご覧ください。個人的には拍子抜け、としか形容できないような結末が待っています、とだけお伝えしておきます。

一つだけ、お間抜けポイントを指摘しておきます。ネオナチは犬を放ち、その犬はパンクスの一人の喉笛を噛みきって死に至らせてしまうのですが、この犬が全然凶暴そうに見えない。なんの変哲も無い中型犬がじゃれついているように見えただけ。制作費が安いのは良く理解してるけど、せめてもっと外見だけでも猛々しい大型犬を用意できなかったのかよ、って突っ込んじゃいました。まあ、私は犬の種類に詳しいわけでは無いので、例えば「中型犬だが気性は荒く、熊などの大きな動物にも襲い掛かることを厭わない性質を持つ」という犬種だったと無理やりこじつけられなくは無いのですがね。もっと素人目にも強そうな犬を用意しろい!!

もう一つ。これは作品どうこうというよりは、単に借りてきた作品を観た順番による偶然なのですが…。一つ前の投稿で紹介した『ローガン』でかつての大超能力者チャールズを演じたパトリック・スチュワートがこの作品ではネオナチの親玉を演じていて笑えました。大昔、ピンク映画四本立てを見に行った際に前の作品で極悪人の強姦魔を演じていた大杉蓮氏が次の作品で颯爽とした刑事役で出てきて大笑いした時以来のキャスト激変ぶりでしたね。さっきまで、ボケ老人だったのに、今は超能力こそ使えないものの、冷徹なネオナチのリーダーって…。悪くはなかった「おまけ」でした。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-16 09:48 | エンターテインメント | Comments(0)

『ローガン』鑑賞

LOGAN/ローガン 2枚組ブルーレイ&DVD [Blu-ray]

ヒュー・ジャックマン,パトリック・スチュワート,リチャード・E・グラント,ボイド・ホルブルック,スティーヴン・マーチャント/20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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XーMENシリーズの10作目。ヒュー・ジャックマンがウルヴァリンを演じるのはこれが最後だそうです。

時代設定は現在より10数年先という近未来。ウルヴァリンはリムジンカーの運転手として働き、かつての仲間であるプロフェッサーXとキャリバンを養っています。数々の地球の危機を救ってきたスーパーヒーロー、ウルヴァリンがなぜこんな落魄の生活を送っているのか?もう25年もの間、ミュータントが誕生していないからでした。悪事をなすミュータントがいなければ、ヒーローのミュータントだっていらない。まさに狡兎死して走狗烹らるというやつです。

ちょっとひねくれた見方をすると、現代の核武装の張り合いへの皮肉と取れなくもありません。敵が強力な核兵器を持てば持つほど、自分たちはもっと強力な核兵器を持ちたいという欲求が高まる。しかしながら、敵がいなくなれば、核兵器いや武器そのものが存在価値をなくしてしまうのです。核軍縮だなんだいって会議が開かれたりしてますが、そもそも超大国と言われている国々がまず自分たちの保有する核兵器を廃棄しようとしない。だからインドとパキスタンみたいな小競り合いは起こるし、とある半島の変な髪型をした独裁者みたいな狂人が現れたりするのです。

話が逸れすぎました。存在意義を失ったミュータントたちは社会の隅でひっそり暮らすほど平和な状態だったのですが、その平和を喜ばない連中だってたくさんいます。この作品の場合それは軍需産業に従事する皆様です。彼らはかつてのミュータントたちの遺伝子を保存しておいて、人工的にその遺伝子を受け継ぐ子供を作り出し、殺人マシーンとしての教育まで施していたのでした。

で、ウルヴァリンは、その軍需産業の殺人マシーン養成施設から逃げ出してきたガブリエラという看護婦から、ローラという少女の保護を頼まれます。追いかけてくる軍需産業の殺し屋たちとウルヴァリンご一行との戦いがメインストーリー。

まあ、不利な状況の正義のヒーローが、苦戦を続け、仲間を次々と失いながらも最後には勝利するという古典的な勧善懲悪アクションヒーローものそのものです。その過程でローラがウルヴァリンの遺伝子を受け継ぐ「娘」であることが判明したり、ウルヴァリンをそのまま若い状態で再生したウルヴァリン2号が登場するなどのイベントが発生します。

この本家ウルヴァリンと、クローンウルヴァリンの戦いをもっと重点的に描いて欲しかった気がしますね。クローンウルヴァリンは、無理やり破壊衝動を埋め込まれて、命令通りに目の前の敵を殺戮しまくるだけ。これじゃターミネーターと変わりません。もっとクローンという特性上、遺伝子の作用をアヤにして別の展開を考えて欲しかった気がします。戦闘シーンそのものも短かったですしね…。

それに、ローラとその仲間たちが目指すエデンという楽園はコミック誌に掲載された架空の存在だったというのに、一般的常識を持っているはずの看護婦ガブリエラまでがその実在を信じて疑わなかったところがいかにも不自然でした。これも少々ひねくれて眺めると、逃げる際になんらかの希望を示してあげたかったからだ、と言えなくもありませんけどね。

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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-09 19:55 | エンターテインメント | Comments(0)

『恐怖・呪い面〜実話都市伝説』を読んだ

恐怖・呪い面~実話都市伝説 (TO文庫)

山口敏太郎/ティー・オーエンタテインメント

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都市伝説やら、怪談やら、UFOやら、世の中に跳梁跋扈する恐ろしくも不可思議な事象について数々の著作がある、山口敏太郎氏の怪異録。先日紹介した岩井志麻子氏の『現代百物語』などに比べると、より幽霊とか妖怪とか正体不明の存在寄りのオハナシが収められています。

山口氏は幼少の頃より、怪異現象に親しみ、小学生の時にはすでに「妖怪博士」というあだ名を奉られています。彼の元には様々な怪しいモノゴトが集まってきてしまうのです。通学途上の小川で死体を見つけて見たり(これは「実際の世界」の怖いお話ですがね)、銀色の大きな怪人に襲われてみたり、水洗便所から人の手首が出てきてみたり…。中学の時にはボーイスカウト活動の一環として参加したキャンプで、テントを張った河原で四国に広く伝わる「狗神」を作り出す際の残滓にまで遭遇したりします。

いやはや。私とこの方は同年代のはずなのですが、私自身は一度もこういう怪異に出くわしたことがありません。単純に暗闇が怖かった時代もありましたが、それも自分自身が勝手に恐怖していただけのこと。墓場の近くを通ろうが、廃屋の脇を通ろうが、怪しげな気配すら感じたことがないのです。幸運なのか、鈍感なのか?人々のココロに「恐怖」という感情を生じさせる過程や内容に非常に興味があるというのもおそらくは実体験がないからなのでしょう。

山口氏は某大手運送会社にも勤務していたことがあるそうで、その勤務先である支店には、建設の際に無理矢理移動させた稲荷の祠があったそうです。そして、その祠のすぐ脇には幹線道路が走っていたそうですが、よくこの祠のすぐ脇では事故が起こったそうです。その支店の場所というのは、以前当家が住んでいた場所のすぐ近くで、大体見当がつきます。私もよく自家用車でその近くを通った記憶がありますので、その話を読んだときは少し背筋がゾワゾワしましたが、結局その道路では私は事故を起こしていませんから、実害を受けてはいません。鈍感で助かることもあるんですね(苦笑)。ちなみにもう既に二度ゴールドで更新しています。全くのペーパーではなく、週に一度は必ず運転していますから、祟りを上回るドライビングセンスの持ち主なのだということにしておきましょう(笑)。

さて、この本の最大の怪異は標題ともなっている「呪い面」です。この面を人前に出そうとすると、必ずスタッフの縁者に大きな不幸が起こるのです。TV番組でも紹介され、その番組を観た小学生の間で「番組で呪い面を観た人物が次々死んでいく」という都市伝説が生まれ、恐怖を巻き起こしたそうです。

事実にせよ、偶然にせよ、単なる怪異現象の遭遇者であったはずの著者は怪異の「創造者」になってしまったというわけです。そうしたプロデュース力を買われ、青梅の妖怪町おこしや、柳ヶ瀬商店街のお化けイベントまで任されたりします。ついには怪しいものたちを利用して生きていくことになったわけで、一番怪しいのは山口氏自身なのかもしれませんね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-11-04 16:41 | 読んだ本 | Comments(0)

『現代百物語 不実』を読んだ

現代百物語 不実 (角川ホラー文庫)

岩井 志麻子/KADOKAWA

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イヤミスの第一人者であり、下ネタ連発のコメンテーターとしても名高い岩井志麻子氏の集めた怪異集。「不実」というサブタイトルがついた今巻はこのシリーズ9作目となるそうです。

ウソかマコトか、人外のバケモノか、それともバケモノと化した人間がなしたものなのか?人々の生活のスキマにポツリと発生した不可思議でちょっと背中がゾクッとするお話ばかり99編。題名は「百物語」ですが、100話全てを語り切ってしまうと、その後には必ずとてつもなく恐ろしいことが起こる、という伝承を踏まえ、話そのものは99編で止めた上で、最後は岩井氏のあとがきで締める、というのが定番の構成パターンになっています。

さて、このシリーズも9冊目ともなれば、明らかにパワーダウンしています。以前なら「あ、この話は本当に怖い」と思わせてくれるようなお話がいくつかは必ずあったのですが、今巻に関してはあっさりと最後まで読み進めてしまえた、という印象を持ちました。

一編、友人の彼氏と浮気してしまった女性が、その友人の追求をかわすために、苦し紛れに浮気相手はこんな女だと架空の人物像をでっち上げて友人に話したところ、そのでっち上げの人物像とぴったり合致する人物とその彼氏が本当に浮気をしており、友人はその女を殺してしまったというお話には興味を惹かれました。「科学的」に説明しようとすると、話の主は友人の彼氏から感じ取ったものを無意識のうちに蓄積していて、それを具象化した結果、実在の人物にぴったりとマッチしてしまったということになるのでしょう。自覚することのなかったストレスが、いつの間にか胃に穴を穿つように、男から感じ取った様々なものは話の主の中に静かに溜まっていき、具体的な像を結んでしまったということになります。

う〜ん、やっぱり不思議で怖いのは実在する人間ですね。

岩井氏はあとがきの中で、怪異が少しも怖くないという友人の話を取り上げています。その友人よると「所詮はワケのわからないものが物陰から覗いている程度のことで、実害はほとんどないんだから、怖がりようがない」そうです。これはまさに目から鱗が落ちる思いでした。そうそう、「不気味なもの」はそこら中に転がってはいますが、そのほとんどは無害なんですよね。たまたま、そういう不気味なものを感じることのできる人間が必要以上に想像力を膨らましてしまったために、聞いた人はその想像に対して恐怖してしまうのでしょう。更に言えば、聞いた人自身もその話に自分の中で勝手に尾ひれをつけて恐怖をことさらおおげさなものにしてしまっているだけです。「幽霊の正体みたり枯れ尾花」みたいなもんです。そう思ってしまいたい私がいるというのも事実なんですけどね。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-10-28 17:00 | 読んだ本 | Comments(0)

『岳飛伝 十 天雷の章』を読んだ

岳飛伝 十 天雷の章 (集英社文庫)

北方謙三/集英社

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岳飛伝も後半戦に突入。各々の勢力が、各々の方法で蓄えていた力を徐々に放出して、勢力同士がぶつかり合う、という展開に物語は進んで行きます。

正面切っての戦いの描写こそ一箇所しかありませんでしたが、暗殺あり海戦あり破壊工作ありと、多種多様な「小競り合い」が展開されます。

今巻ではまた、梁山泊、南宋、金国の三つの勢力の戦いをそれぞれが持つイデオロギーの戦いであるとする描き方がより先鋭化しています。

一人一人の民の暮らしが先にあり、それが集まったものが結果として国という体裁を取るのだ、という梁山泊と、巨大な権力がまずありきで、民をその権力のために奉仕させる存在であると位置付ける南宋、戦いに勝ったものが全てを掌握し、その後の統治形態については歴代の中国王朝を踏襲するのだろうなと予想される金国。比較的親和性の高い後二者が連合し、それに梁山泊軍が対峙するという構図となります。南宋も金国も共に目の上のたんこぶ的存在なのが梁山泊。まずは共同してこのたんこぶを取り除いてしまおうというわけです。で、地理的にも思想的にも目障りな梁山泊がなくなったら、改めて両者で覇を競い、勝った方が中央集権国家を構築しようという魂胆です。

二つの勢力が組んだら、いかに豪傑揃いの梁山泊といえど、その命運は危うくなるでしょう。しかしながら敵と同じ方法で戦力を拡充することは、民の暮らしが優先(どこかの国の政党に突きつけてやりたいイデアですな)という梁山泊設立の志に反することです。故に梁山泊軍は南方の地を開拓して、そこに人を集め、今で言うところの福利厚生を手厚くして、住民の暮らしが十分に成り立つようにしながら、精強な兵を育て上げます。商業と兵器の生産の中心でもある本拠地梁山泊に、豪傑の一人秦容が築いた南国の小梁山、小梁山にほど近い場所にやはり屯田兵的な本拠地を築いた岳飛軍との軍事的連携と、日本を含めたアジア全域にまたがる巨大かつ精緻な経済網の構築で、圧倒的な兵数の差を埋めていこうというのが戦略です。

そんな中、岳飛は岳飛なき後、宋軍の最高司令官となった辛晃と戦い、後一歩で辛晃の首をとる、というところまで追い詰めます。大軍同士が正面からぶつかり合うだけが戦ではなく、相手の頭だけを狙って一直線に攻めるというのも有効な戦法だ(寡兵を以って大軍を攻める時の常套手段でもありますね)というのが、北方氏独特の男臭い記述で描かれます。

こうした戦いの日々の中、水滸伝、楊令伝で活躍した武将の「ジュニア世代」が次々と成人して行きます。すなわち人を愛することを知り、民と同じように「暮らし」を経験することで、人生の意味、みたいなものを考え始めるようになるのです。こうした経験や思索が今後の梁山泊軍の「志」にどのように影響し、そしてその「志」の下に作られようとする国がどのような形となるのか…。

史実上は、梁山泊軍というのは単なる反乱軍であり、結局は中央集権国家に飲み込まれてしまうのですが、この物語上ではどこまで成長していくのか?今後の展開も目を離せません。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-10-28 16:38 | 読んだ本 | Comments(0)

『面白すぎる徳川将軍の性癖-徳川15代の下半身事情から江戸時代250年の歴史を学ぶ』を読んだ

面白すぎる徳川将軍の性癖―――徳川15代全将軍の下半身事情から 江戸時代250年の歴史を学ぶ

天宮響一郎/キニナルブックス

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徳川幕府に存在した十五人の将軍たちの「性事力」を解説した歴史ウンチク本。

日本一の大権力者であった徳川将軍は、その権勢を示すためと、世継ぎの「安定供給」のために、大奥という堂々たるハーレムを有していました。いわゆる正室の他、気に入った女性がいればいつでも関係が持てたわけです。羨ましい反面、非常に面倒臭いって気もしますがね…。三代将軍家光のように、男性の方が好きで、世継ぎができるまで周囲を大いにヤキモキさせた人物がいたり、8歳で夭折した七代家継をはじめ、何人か実子に恵まれなかった人物もいましたが、基本的には「お世継ぎ製造所」として大きな役割を果たしました。

十一代将軍家斉などは四十人以上も実子がいたとされ、一五代の中で一番の性豪と紹介されています。まあ、大したもんですね(笑)。

一方で、この大奥という本来裏方であるはずの存在が、表の政治の世界に大きな影響を及ぼしていたのも事実。性質はもとより、実子の母となった側室の一族は大きな恩恵があったでしょうし、現将軍や大御所に働きかけて自分が養育した家光を将軍の座につけることに成功した春日局のような女性も存在しました。

社会の動向、制度やシステムの変化など、政治に影響するモノゴトは多々ありますが、最後は基本的な人間関係がモノをいうのだということをつくづく感じました。今に至る「親しい人々」への利益供与ってのはこんなところに根があったのですね(笑)。

もう一つ目についたのが将軍の実子として生まれた子供の「早世率」の高さ。当時としては最高級の医療を受ける事ができたはずの将軍家にして、実子が成人する率が著しく低かったのですから、他は推して知るべし。もっとも、権謀術数のうごめく大奥だったからこそ死亡率が高かったのではないか?といううがった見方もできますがね。

英雄色を好む、とはよく知られた格言ですが、初代の家康は別格として、あとは大した「英雄」はいねーな、ってのが総体的な印象ですね。色だけ好んだ家斉は例外です(笑)。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-10-22 17:26 | 読んだ本 | Comments(2)

『焼肉のことばかり考えている人が考えてること』を読んだ

焼肉のことばかり考えてる人が考えてること (扶桑社文庫)

松岡 大悟/扶桑社

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私は焼肉が大好きです。しかしながら、当家の最高権力者様はあまり好まれません。本当にごく稀ではありますが、行くことがあっても脂身の少ない肉をそれもごく少量しか召し上がりません。通常の食事なら量の比率は6.5:3.5くらいですが、焼肉に行ったら7:3になり、カルビなど脂身の多い肉に限っては、8.5:1.5位の比率で当然私の食べる量の方が多くはなりますが、何しろオーダーの絶対量が少ない。

酒も少々嗜む私としては、飲み物にせよ食べ物にせよ追加オーダーをかける際は、一々お伺いを立てなければいけませんし、たいていの場合はいい顔をされません…。

その分、最高権力者様抜きで焼肉を食いに行く際には思いっきり食ってやろうと思っているのですが、ご接待を受ける場合はあまりガツガツ食うのは浅ましいし、友人たちも皆歳を食ってしまいましたので、飲食の場に焼肉屋が選ばれること自体がめっきりと減ってしまいました。

というわけで、せめて想像の中だけでも焼肉を楽しもうと衝動DLしたのが標題の書。

著者松岡氏は外食産業に関してのユニークな本を何冊か上梓されているライター。当然焼肉という外食形態についても一家言お持ちです。

氏の言うところの焼肉の最大の特色は何か?それは、他の外食が料理人によって、その食材の持つ魅力を最大限に発揮する調理方法で提供される(はず)なのに対し、焼肉は食する人自らが肉を焼くと言う調理を行うことです。肉の味を生かすも殺すも客自身の腕によるというわけです。

で、松岡氏は、調理の素人である客はどううまく調理したつもりでも、その肉の持つ魅力を精々70%程度しか味わっていないと言い切っています。その値を100%に限りなく近づけるためのメソッドを紹介したのがこの本です。しっかりと読み込んだ上で焼肉屋に行って(そもそもどんな店を選んだらよいか、についても解説してくれています)、肉選びの知識と火の通し加減の技術を駆使すれば旨い肉を存分に味わう事ができると思います。

同じカネを出すのなら少しでもいい肉を、良い調理状態で食したい、というのは全ての人に共通する心情でしょう。ただし、この本のメソッドを身につけて実践するには、時間もお金もかなりかかっちゃうとは思います。残念ながら。しかしながら、2年後、3年後に「焼肉の達人」となりたいと思ったら、次に焼肉屋に行く時からトレーニングを始めるべきでしょう。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-10-22 17:01 | 読んだ本 | Comments(0)

『映画であった本当に怖い話1.2』を読んだ

映画であった本当に怖い話【追加写真収録1・2電子特別合本版】 (角川文庫)

永田 よしのり/KADOKAWA / 角川書店

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私は霊感というものが全くありません。故に「ここには絶対何かある」とか、「なんだか知らないけど、ヤバい」みたいな感覚は味わったことはありません。好んでそういうモノが出現しそうな場所に行く趣味もないし、宿や住居も、幸か不幸か何かが出ると噂のある物件には当たったことがありません。幼い頃は訳もなく暗がりが怖かったり、『うしろの百太郎』や『恐怖新聞』を読んで一人で寝るのが怖くて両親の寝室にもぐりこんだりしましたが、今は毎日会社に行くのが一番怖い(笑)。

とはいえ、恐怖という感情の生じ方に興味があるし、どのように表現したら恐怖がより効果的に伝わるのか、ということにも大いに興味がありますので、怖い話を見聞きするのは好きです。ミステリーの一つの手法として、この世のものならぬ存在を匂わせてそれを犯人にしてしまう、というものがありますが、そういう類の話も好きです。そういう話が得意な阿刀田高氏や高橋克彦氏の著作は出ると買いします。

というわけで、とある日にkindle本の検索ワードに「恐怖」という文字を打ち込んでみたところでてきた標題の書を衝動DL。映画の撮影現場で起こった様々な怪異現象を記してあります。

取り上げられた作品は全て、恐怖をテーマにしたもの。電波が飛び交い、様々な電子機器が多数存在する映画撮影の現場には一種独特の「磁場」みたいなものが発生して、それによって霊が集まるのではいかと著者は推測していますが、では恋愛ものだとかアクションものではそういった噂を聞かないのはなぜでしょう?

一つには、マイナスイメージを嫌う制作側がそのテの情報を握りつぶしてしまうこと。恐怖映画の場合は逆にそういう噂はいいスパイスとなって、ストーリーを彩るコンテキストの一つになりますが、その他のジャンルでは単なるマイナス要素でしかありません。実際には怪異が起こっていても、箝口令が敷かれているであろうことは想像に難くありません。

もう一つは、制作に関わる人全ての集団心理によって、何らかの怪異が認識されやすいということ。ロケ場所も「いかにも」って場所が選ばれるでしょうし、視覚的にも音楽的にも恐怖を煽るような表現をなすのが目的なわけですから、敏感になった神経が、何かを感じ取った気にしまう可能性は大いにあります。

そうは思いつつも、科学では説明のつかない現象とされてしまうものの全てがただの錯覚や思い込みだとされてしまうのもつまらない。本当のところはどうなのか、ってのは無理に明らかにする必要はないでしょう。怪しそうな場所には怪しいモノが潜んでいて、何かの拍子にそれが出てきてしまうのだ、と考える方が健全ですし、疲れないでしょう(笑)。

なお、作品の中に実際に訳のわからないモノが写り込んだものもあるようです。それがどの作品なのかはぜひ本文に当たっていただき、興味がわいたら実際に作品を観て見ることをオススメします。私は残念ながら、観たいと思った作品はありませんでした。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-10-15 17:16 | 読んだ本 | Comments(0)

『ハルのゆく道』を読んだ

ハルのゆく道

村上 晃一/天理教道友社

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今や日本代表、サンウルブズ両チームに欠かせない存在となったのが、この本の主人公立川理道選手。ラグビーライターの第一人者村上晃一氏による、立川選手の半生記が標題の書。

私が立川選手の存在を初めて知ったのは、彼が天理大学に在学している時でした。関西の大学ラグビー界では古豪として知られてはいたものの、「栄光の日々は遠い過去」という状態だった天理大学のラグビー部が突如として再浮上し、同志社や京産大などの強豪を次々と倒すまでの存在となり、正月の大学選手権にまで進出するという状況になったため、天理大学のラグビー部を意識せざるを得なくなったためです。

当時の天理はハベア、バイフという二人の外国人留学生を両CTBに置くという布陣を敷いていました。FWの二列目、三列目でプレーさせることが常識だったパワフルな外国人を二人ともCTBに起用するという斬新さもさることながら、その二人をランナーとして活かし切っていたのがSOをポジションとする立川選手でした。自分自身も骨太のガッチリとした体格ながら、闇雲に突っ込むのではなく、まずはCTBを活かすためのフラットかつ素早いパスを送る。これによってトップスピードに近いタイミングでパスを受け取った両外国人のパワーが炸裂する。で、CTBに意識を向けると、内側のスペースを外国人に負けず劣らずの力強さで立川選手が突いてくる。自分も含めてチームにとって最良となるプレーは何なのかの判断が常に的確であるという印象を持ちました。

もちろん彼と両外国人だけで勝ち抜けるほど関西大学ラグビー界は甘くはありませんが、それにしても立川選手のプレーが輝いて見えたというのも事実。大学在学中からジャパンに呼ばれたのも当然のことと誰しもが納得しました。で、彼の起用は2015年のあの感激に見事につながってくるのです。

立川理道という人物はどんなルーツからどんな環境を経て、今のような存在となったのか?村上氏の筆は余すことなくその過程を描き切っています。そして、立川選手の「ゆりかご」となった天理ラグビーの歴史についても、詳細に解説してくれているというお値打ち品でもあります(笑)。天理教は二代目の最高指導者の時代から、その精神を教義に取り入れ、教義の実現方法としてのラグビーに深い理解があるということがよくわかる内容となっています。ラグビースクール、中学、高校、そして大学まで指導の軸が一本ピシリと通っていながら、決して選手たちを厳しく束縛することなく強化していく。楽しい上に結果がついてくる指導法だというわけです。余談ながら、私の母校である高校が最後に花園に出た際に戦って負けたしてが天理高校であってことを思い出しました。

2015年の感激から早2年。サンウルブズでも日本代表でも、トップリーグのクボタスピアーズでも立川選手は厳しい状況下での戦いを強いられています。しかし、その試練は2019年に大輪の花を咲かせるための肥料であると信じましょう。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-10-15 11:10 | 読んだ本 | Comments(0)

『マダム・フローレンス!夢見るふたり』鑑賞

マダム・フローレンス! 夢見るふたり [Blu-ray]

メリル・ストリープ,ヒュー・グラント,サイモン・ヘルバーグ,レベッカ・ファーガソン,ニナ・アリアンダ/ギャガ

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押しも押されぬ名女優メリル・ストリープと伊達男ヒュー・グラントの共演作。無類の音痴ながらカーネギーホールでリサイタルまで開いてしまったフローレンス・フォスター・ジェンキンスという実在の女性を描いています。

主人公フローレンスを演じるのはメリル・ストリープ。歌をうまく歌うというのはもちろん難しいのですが、素っ頓狂なメロディーを「自然」に歌うのはもっと難しい。上手い人が「下手な人風」に歌うと、どうしてもワザとらしさが鼻についてしまうのですが、今作に関しては自然な仕上がりだったと思います。(アテレコだったか否かは知りえませんでした…)

さて、フローレンスは聞いた人が耳をふさぐか、あるいは大笑いするかどちらかというひどい音痴なのですが、ソプラノ歌手としてステージに立つという夢を決して諦めませんでした。専属のピアニストを雇い、ボーカルトレーニングにも高名な音楽家を招いて至極真面目に練習します。しかし、その程度では如何ともしがたい、先天的な才能の欠如。いざステージに立つ際にはピアニストは演奏を渋り、指導した音楽家は自らの名声に傷がつくことを嫌って、コンサートホールに行くことを拒否したばかりか、自分の名前を出さないことを条件にまでします。

「カネがもらえるから、仕方がなく、金持ちのババァの酔狂に付き合ってやってんだよ。こんな音痴にかかわずらうのは本当なら願い下げなんだっつーの」というミエミエの描写が笑いを誘います。

さて、ヒュー・グラント演じるフローレンスの夫シンクレアは彼女の真面目さに付き合って、リサイタル実現のために奔走し、実際に彼女をステージに立たせます。その一方で愛人を囲って何かと言い訳を作っては愛人の家に入り浸るというしたたかさも見せます。しかし、本当に「カネ目当て」だけでなくフローレンスをフォローしているのは彼だけだという描写もなされます。

周囲の人間の思惑をよそに、ついにフローレンスはステージに立つのですが、そこに来た客はほとんどがその音痴っぷりを嘲笑うことが目的でした。彼女の歌を録音したテープをとある人物がラジオに持ち込み、それがいろんな意味で評判を呼んだからです。今でいうと、ジャスティン・ビーバーが取り上げた途端にピコ太郎にあっという間に火がついたようなもんでしょうか。

彼女はその悪評をものともせずにあくまでも真面目にカーネギーホールを目指していきますが、果たして…。

まあ、一種のスポ根モノです。最後は結局努力が実を結んでハッピーハッピーなんですから。ギャグとかくすぐりではなく、皆が皆真面目に演じていることで笑えた珍しい作品ではありました。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-10-14 16:09 | エンターテインメント | Comments(0)

『ジャック・リーチャー Never Go Back』鑑賞

ジャック・リーチャー NEVER GO BACK [Blu-ray]

トム・クルーズ,コビー・スマルダース,ダニカ・ヤロシュ,ロバート・ネッパー,オルディス・ホッジ/パラマウント

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トム・クルーズ主演のアクションもの。同名の人物を主人公にした小説の映画化作品だそうです。2012年に『アウトロー』という作品が公開されており、本作『Never go back』はその続編だとのこと。

主人公リーチャーは軍を除隊後、定職に就かずあちこちを放浪する毎日を送っています。ある日、リーチャーは現在の軍の司令官であるターナー少佐をたずねて司令部を訪れますが、ターナー少佐は部下殺しとスパイの容疑をかけられて投獄されていました。

この事態を不審に思ったリーチャーは、背後関係を探るため軍の法律関係の専門家に会うのですが、そこで、自身の娘サマンサの存在を知らされます。その後、この法律の専門家は撲殺されてしまうのですが、なぜかこの犯行をリーチャーが行ったことにされてしまいます。ターナー少佐と自分自身の冤罪を晴らすために、リーチャーはターナー少佐を刑務所から救い出し、一緒に謎を追うこととなります。

ここで先ほど存在が明らかになったサマンサが大きな役割を持つことになります。法律の専門家を撲殺した殺し屋が、リーチャーの動きを封じ込めようとサマンサの身柄を押さえるために迫ってくるのです。

リーチャーとサマンサのコンビはこの殺し屋たちと戦いながら、自らの名誉を守るため、謎へアプローチして行く、というのが大まかなストーリー展開。結末まで書いてしまうのは、この作品のサスペンス要素を損ねてしますことになるのでストーリー紹介はここまでとしておきます。

要するに、アクションスターとしてのトム・クルーズを見せるための作品なのですが、『ミッション・インポッシブル』に『マイノリティー・レポート』のエッセンスを少し加えただけのもの。大掛かりな仕掛けや、ブルージュハリファを舞台にするような派手さがない、イーサン・ホークが孤立無援の状態で、困難さに立ち向かって最後は大団円を迎える、というだけのストーリーです。

アクションに派手さがない分、仕上げはヒューマンなものを意図しているのだと思いますが、どっちつかずの非常に中途半端な結果に終わってしまったという印象です。辛い味のカレーを期待して食いに行ったら、出てきたものは唐辛子を多量にぶち込んだ、ただ単に辛いだけの旨味のない代物だったというような幻滅を覚えました。トム・クルーズの存在なしには日も夜も暮れぬというファンでもなければ、『ミッション・インポッシブル』を観ておけば十分です。

なお、ネット上の評価を見る限りでは一作目の『アウトロー』の方の評判は良いようですので、そちらは観てみたいと思います。



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# by lemgmnsc-bara | 2017-10-08 18:02 | エンターテインメント | Comments(0)